秋田の女性学 「寒天使のカタチ」

写真・文 山本彩乃

1980年山梨県甲府市生まれ。写真家。東京学芸大学美術科卒業。バンタンデザイン研究所、外苑スタジオを経て2006年独立。
雑誌・広告等で活動中。写真新世紀入賞。
http://yamamoto-ayano.com

第1回 寒天使・藤原孝子さん しなやかな芯

前回に引き続き、寒天使・藤原孝子さんのお話です。
今回は孝子さんのお宅にお邪魔して、孝子さんの人となりに迫っていきます。

孝子さんが暮らす、湯沢市稲川いなかわは、田んぼや畑に囲まれた、緑豊かな場所。大きな二階建ての家の敷地内にも、広々とした畑があります。お宅にお邪魔すると、まず驚いたのが、その広さ。1階の4部屋の和室は、襖を開ければ一つになり、大勢が集まれるように造られています。

現在はここに、孝子さん、ご主人の尚毅なおきさん、そして92歳になるというお姑のマツヱさんの3人で暮らしています。

怒濤のおもてなし

「食べれ食べれ。この寒天は家で穫れだ小豆っこで作ったの。この漬物の中のミズ(山菜)も、去年採ったのを塩漬げしたの。こっちは実家の梅っこの入ったそうめんの押し寿司。こっちはカボチャのがんづき(蒸しケーキのような郷土菓子)。

まだまだいっぱいあるがら食べで。チョロギの漬物もあるよ。チョロギも畑で育てだもの。作り方は、いろいろ本なんかを見ながら。そのまんまやらねで、家で穫れるものに替えで。」

「豆なんかは保存食にするの。これ、黒小豆、黒豆。これはササギ。みんな甘ぐ煮るの。自分の家で穫れだのを、こうやって瓶さ詰めで家の縁側さ置いでおぐの。いっぺぇ穫れるがら、みんなさ、けでやる(あげる)んだ。こうやって作っておげば1年間なんとがなる。これがらまだ植えるわげ。」

「こっちは味噌漬けどが、塩麹どが、味噌どが。これは梅干し。シソは家に生えでるの使って。天日干しにするど、こういうふうに美味しぐなるの。あんまりしょっぱぐないがら、食べでみれ。

黒豆も、こうやって冷凍しておげば冬の間も食べれるべ? 冬っていうのは、こういう自分の家で穫れたものを利用して暮らすの。」

義父の尚次なおじさん

お見合い結婚で22歳で嫁いだ孝子さん。当時、藤原家は兼業農家で、尚毅さんは農業を、マツヱさんのご主人であり孝子さんの義父である尚次さんは農協に勤めていましたが、尚次さんはとても厳しい人だったそう。

孝子さんの義父、尚次さんの写真

「お義父さんどの会話は膝を付かないと(きちんと座ってでないと)でぎながった。当たり前のごどだけど、『おはえんし(おはようございます)』『おかえりなさい』『おやすみなさい』の挨拶は必ず。子どもだぢは声が小さいどやり直しさせられだりね。きちんとした人だったの。お義父さんには誰も口答えできながった。

だがら、お義父さんが寝るどやっと、子どもだぢはほっとして、居間で横になったりしてね。そういうごどもあってか、ばあちゃん(マツヱさん)どは団結してだのがもね。」

孝子さんとマツヱさん

「うぢは元はリンゴど田んぼやってだの。野菜は自分だぢで食べるのを育ででいで、数え切れないほど。ほうれん草、春菊、ニラ、セリ、フキ、ミツバ、ヤーコン……リンゴもあるし。

私は勤めに出でいだので、ばあちゃんは82歳まで家のごども農作業もしてくれでだんです。いまでも、苗を買って植えるのは私、家の周りに野菜植えで、土寄せるのはばあちゃんの仕事。消毒はお父さん。草むしりするのも、収穫するのもばあちゃん、洗っておぐのもばあちゃん、私はそれを料理するの。

役割分担は自然にそうなってるの。ばあちゃんもそういうのが苦にならないんだろうね。お互いやれるごどをやって、やれねえのはしかたないってね。」

「仲がいいどが悪いどが、意識したごどねんだけどな。娘にも小学生のころ『お母さんとばあちゃん、喧嘩したことあるか?』って聞かれだけど、喧嘩ってね……ならないんだろうね。みんな他人の集まりだすべ? 最初は自分のごどしか考えながったけど、だんだん相手の気持ちも考えるようになったんだろうな。」

ラッキーな孝子さん

「お義父さんは厳しくはあったけど、私は、いろいろな所で働いできたなかでも、人の繫がりっていうか、人間関係がみんなうまぐいってきたから、ほんとにラッキーだったど思うの。

周りがらは『人間関係がうまくいかない』って話もよぐ聞ぐんだけど、私はあんまりそういうごどはないの。良い意味で『相手に自分が合わせでいげばいい』って思って、そしたら楽になった。『もしかしたら自分ど似だ性格だったがらがなあ』ど思って考え直したりしてね。難しぐ考えすぎないのが一番いいのよ。意識しないで。」

「これ、うぢのリンゴの木。冬はこの木がすっぽり隠れるぐらい雪が降るのよ。でも雪があると他の仕事が見えなぐなるがら、これはこれでラッキーだね! 草むしらなくていいし、畑さも行がなくていいし(笑)。雪投げ(雪寄せ)で一日いっぱい過ぎるごどはあるけどね。」

「今まで、楽しみはこれと言ってながったような気がする。よそへの憧れもながったね。ただ、一生懸命子どもを育でで、働いで、ケガなぐ、それだけ。子どもにも『母さん、毎日働いで何か楽しみねえのが?』って言われるの。でも日中働いで、帰ってきて暗ぐなるまで農作業やって……ってばね。楽しみなんて言ってられない。」

「ばあちゃんはずっとお義父さんに尽くしてきたがら、お義父さんが亡ぐなって、やっとゆっくりでぎるようになったんでないがな。ばあちゃんも私も、今現在が一番幸せだって言ってるの。今は自分のできるごどをやれでるがらね。

ばあちゃんも高齢だけども、先のごどはあまり意識しないようにしてる。ただ、ちょっと疲れだどぎは、額を触ってみで『あったかいな、まだ健在だな』って確認してる(笑)。」

「今は育てるリンゴも少なぐなってきたがら、最近はばあちゃんを連れで近ぐの小安峡おやすきょうまで、温泉どが足湯に行ったり。ただ働ぐばっかりじゃダメだがら、気分転換で3人でドライブに行ったりね。

そして、家で3人でご飯食べで『さあ、今日も夜のご飯食べた。今日も無事に終われで良がったな、あどは明日だな』って言ってるんですよ。」

自ら育てたもので食の備えをしておく。人間関係も、天候も、ラッキーと受け入れて、難しく考えない。
孝子さんはそうやって、状況に抗わずに日々を過ごすための、しなやかな芯を自然に身につけているように感じました。それは、特別なことが起こる日々よりもずっと、強い生き方のように感じます。

でも、きっとそんなことすら「難しく考えないで」と笑われてしまうんだろうな。

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