秋田の女性学 「寒天使のカタチ」

写真・文 山本彩乃

1980年山梨県甲府市生まれ。写真家。東京学芸大学美術科卒業。バンタンデザイン研究所、外苑スタジオを経て2006年独立。
雑誌・広告等で活動中。写真新世紀入賞。
http://yamamoto-ayano.com

「秋田のお母さんたちは、甘いものからしょっぱいものまで、
なんでも寒天で固めてしまう、寒天使い=寒天使」。

そんな話を聞いて、見せてもらった寒天の写真。
普段、写真家として「あらゆるもののもつ輝きを写したい」という思いでシャッターを切っている私は、
その寒天の美しさにどうしようもなく心惹かれました。

そして、寒天を流し、形作っていくように、
様々な思いを秘めながら自分の生きる「カタチ」を見い出してきた寒天使たち。
同じ女性として、その生き方を学びたい、と強く思い、秋田を訪ねることにしました。

その様子を、写真と寒天使たちの言葉を通してご紹介していきます。

第2回 寒天使・佐藤ノブさん 端縫いの天使(前編)

秋田県羽後うご町。ここは、毎年8月16日から18日の三日間、「西馬音内にしもない盆踊り」が開催されることで有名な町です。日本三大盆踊りの一つでもあり、ほかにはない、とても幻想的なものだといわれるこの盆踊り。
そして、ここに参加されている佐藤さんのお宅に「寒天使」がいらっしゃるとのことで、盆踊りの開催当日、期待いっぱいに羽後町へ向かいました。

盆踊りの本番直前。佐藤さん宅に到着すると、藍染めの衣装に身を包んだ幸子さんが迎えてくださいました。そして、台所にはまさに、寒天を作っている女性が。幸子さんの実母、ノブさん(79)です。

佐藤ノブさん

カミナリ寒天

ノブ 卵がゴロゴロゴロとなるまで、しっかり混ぜるんです。
今作ってるのは卵の「カミナリ寒天」。今日は、寒天2本に対して卵10個。寒天液に卵を入れてから30分、ず〜っとかます(かき混ぜる)の。そうするとゴロゴロとしてくるの。

私は「藍染め絞り愛好会」という盆踊りの衣装を作る会に入っていて、月1回のその会のとき、みんなで食べ物を持ち寄るんですけど、そこに寒天を持っていくんですよ。今も、近くの公民館で藍染めの展覧会をやってるから、この寒天もそこに持っていくんですよ。でも、私は寒天は食べないのよ。人に作るだけ。

はじめてこの寒天をごちそうになったとき、卵がゴロゴロ入っているのに感激して、作り方を聞いてやってみたんですよ。昔は寒天1本に対して、卵が20個も入ったの! はじめは、なんぼやってもゴロゴロとはいかなくて、やっと3回目くらいでうまくできるようになりました。慣れれば簡単!

うちは必ず棒寒天で作ります。若い人たちは粉寒天とか、クリアガーとか新しい食材を使うようになってきたけど、やっぱり棒のほうがコシがあるし、棒でないのだと、プリンとかゼリーみたいになっちゃうから。

卵がゴロゴロに仕上がると、幸子さんに手伝ってもらいながら、型に流し込みます。そして、流し終えるなり、幸子さんは盆踊り会場へ向かいます。

西馬音内盆踊り

幸子 ここの盆踊りは「藍染め」と「端縫い」という二種類の衣装があって、うちはみんな母が作ってくれているんですよ。
ここに掛けてあるのが端縫い衣装。端縫いは、こんなふうに、何種類もの着物の生地をはぎ合わせて作られていて、代々受け継がれてきている衣装なんですよ。うちのにも、明治ごろからの生地が使われていますよ。

今日は雨降りなので藍染めのほうを着ます。端縫いは絹なので、生地が傷んでしまうから。
この染めの柄は、西馬音内川の流れ。「馬音川ばおんがわ」って言うんですけど、このあいだイベントで着たら、まん〜ず評判良くて。ばあちゃんが着れって言うので、本番もこれでいこうと。

ノブ 私は踊りません。よそから嫁いできた人だから。嫁いで58年。昔は農家で野菜作っていてゆとりもなくて。お父さんが亡くなってから、娘や孫たちに着物を作るようになったの。
この寒天はあとは固めておくので、今日は盆踊りをみて、明日また来てください。

およそ700年前から始まったといわれる、西馬音内盆踊り。かがり火がゆらめくなか、藍染めと端縫いの衣装に、編み笠と「彦三頭巾ひこさずきん」という黒い頭巾を被った踊り手が連なります。

勇壮なお囃子に合わせてしなやかに舞う様子は、まるで黄泉の国に迷い込んだよう。不思議な世界に包まれながら、夜がふけていきました。

受け継がれる寒天

翌日、再び訪れた佐藤さんのお宅。

ノブ これ、くるみ寒天。あのあと、みなさんが帰ってから作ったの。食べさせたくて。お彼岸のときには必ずくるみ寒天を作るんですよ。幸子さん、切ってちょうだい。四等分にしたらかわいいと思う。

幸子 秋に神社のお祭りがあるんですよ。そこでお客さんに振る舞うお膳に、お赤飯と、「寿司まま」って呼ばれる巻き寿司と、ブドウと、「みそっこ」っていう「三杯もち」、それから豆腐カステラなんかが並ぶんです。

佐藤幸子さん

そのなかに「口取り」っていって、食事のほかにデザートみたいなものが必ずついたの。それが寒天だったんです。昔はみ〜んな手作りでね。
巻き寿司は向かいのベテラン母さんから習って、今も私が巻いてますよ。
それから、うちは3人姉妹だから、お雛さんとのときのごちそうが、この卵寒天だったの。寒天って、そういう行事のときに作るの。

じつは私は農協の生活指導担当で、今、昔の料理を残していこうという動きがあるんですよ。それで、赤飯を作ったときにもう一品何か……となったときに「寒天がいいんじゃないか?」となって。

意外だったんだけど「いろんな寒天を知りたい」っていうお母さんがたの要望がたくさんあったんですよ。寒天のことは、みんなあたりまえにわかってるんだと思っていたけど、ちゃんと作ったことがないっていう人がじつはけっこういたの。それで、母の寒天の分量を参考に、レシピ化したんですよ。

ノブ どうぞ、むこうの部屋で、寒天食べながら着物も見てください。ナスの漬物も食べませんか? 「関口ナス」っていう、こっちで採れる小さいナス。みなさんに食べさせたくて、昨日漬けておいたんです。

そして案内された部屋には、藍染めや端縫いの衣装がずらり! すべて、ノブさんのお手製のものです。次回は寒天をいただきながら、これらの衣装について、ノブさんと幸子さんにじっくりお話いただきます。

材料

  • ・棒寒天 2本
  • ・卵 10個
  • ・牛乳 大さじ2
  • ・水 1200cc
  • ・砂糖 400g
  • ・塩 小さじ2強

作り方

  1. 1 寒天を10分程度水(分量外)に浸し、絞ってちぎる。
  2. 2 鍋に水と1を入れ中火にかけ、煮溶かす。
  3. 3 2と同時にボールに卵を溶いておく。
  4. 4 2がしっかり溶けたら、砂糖、塩を入れてさらに煮溶かす。
  5. 5 4に3の卵を少しずつ入れて、30分くらい焦げないようにかき混ぜる。卵がくっつき、ゴロゴロ塊ができてきたら、容器に流して固め、できあがり。

TOP