秋田の伝承学 花嫁道中

菅原さんの発案から始まり、30年以上続いてきている花嫁道中。最後に菅原さんに、この行事を続けていくための考え方、方法論を伺っていきます。

講師 「ゆきとぴあ七曲」実行委員 菅原弘助さん

Contents

  • ①花嫁道中
  • ②ゆぎふって、えがったんしな
  • ③雪と暮らすということ
  • ④つづけていくために

文=矢吹史子

元デザイナーの編集者。秋田生まれ秋田育ち、筋金入りの秋田っこ。
フリーマガジン『のんびり』副編集長。

写真=船橋陽馬

④つづけていくために

矢吹
こうやって新しい行事が生まれて、30年以上続いてきて。今年の花婿さんは23歳でしたけど、「この行事は小さいころから当然のようにあるものだった」っておっしゃっていましたよ。
菅原
嬉しいですね。「自分も将来、花嫁、花婿として出てみたい」と思っている子どもがふつうにいたりするんですよね。
矢吹
少しずつ、新しい文化が当たり前の文化になっていって……すごいことですね。
菅原
ありがたいですね。
矢吹
特にいまの秋田では、廃れたり、なくなっていってしまう文化もたくさんあって、もう食い止められないような気さえするんですが、そういうなかで、この行事を続けてこられた要因ってどういうところなんでしょう?
菅原
「地元の新しいカップルが主役」っていうのを崩さないできたことは良かったと思いますね。なかなか応募者がいないとき、焦って、全国から公募したり、有名人を連れてきたり、いろんなアイデアが出たんですけれど、そこをぐっと堪えて。それをやってしまうと商業化されてしまうような感じがしてね……。
矢吹
いろんな意見に流されずに。関わる人が多い分、大変そうですね。
菅原
この行事は、若い世代とベテラン、その中間の世代とが入り混じってやってるところがいいんですよね。「みんな」っていう言い方をしてしまうと、よくわからなくなるんですけど、一人ひとりの力が集合したうえでの「みんな」だと思うんですよ。
矢吹
うんうん。
菅原
一人の力、一人のアイデアがすごいヒントになるんですよね。それが一つ一つ改善点になっていったり、新しいアイデアになっていったりするんですよ。
矢吹
うんうん。
菅原
例えば、峠のキャンドルロード一つをとっても「ロウソクの火を消さないで長く点けるようにするにはどうしたらいいか」っていうことすら、最初はわからなかったんですよね。いまは紙コップにロウソクを入れる形に定着しましたけれど。
矢吹
一つひとつ、いろんなアイデアと工夫の積み重ねでやってこられたんですね。
菅原
一年ごとに、だんだんとですね。秋田県内のよその冬祭りも本当に素晴らしいものがありますけども、そことも共有したいですよね。「ここのところはどうやっているの?」っていうのを聞きたい、確認し合いたいっていうのはあって、そういう連携、連合体があればいいですよね。
矢吹
たしかに。よその地域との行事の交流って、なかなかないかもしれませんね。
菅原
それから、スタッフの話でいうと、役場のみなさんが関わってくれていることは心強いんですよね。峠のキャンドルの設置なんかは全部、役場職員がやってくれているんですけれど、役場は人員が変わりながらも常に人数が揃っているので、やり方がしっかり受け継がれていくんですよ。
矢吹
うんうん。
菅原
西馬音内盆踊りなんかも、商工会や役場がサポートしてるので、うまく成り立っているんですよね。加えて、民間が運営する保存会とか実行委員会とかもある。若いときは実行委員会や保存会の違いがわからなかったんですけどね。
矢吹
残す役割と続ける役割、それぞれがあるという……?
菅原
そうですね。かつての婚礼というものを見て来た人間と、それを現代に再現できる人間とが、一つの行事を作っていくわけで。一番中核の、崩してはいけない部分と時代とともに変えていくものを見極めながらね……。
矢吹
うん。
菅原
びっくりしたのがですね、中学生がこう言ったんですよ。「なんでこんなことをするんですか? 車で移動したらすぐできるのに」って。
矢吹
ふふふふ!
菅原
いまの子どもの合理的な見方からすると、そうなんですよね。だから、ちゃんと話していかないといけないんですよね。先人の生活様式や婚礼を再現することで見えてくることって、たくさんあるっていうことをね。
矢吹
それでも、「秋田でだってこういう盛り上がりを作ることができる」っていうのを菅原さんご自身も実感されているんじゃないですか?
菅原
そうですね。やっぱり自分で作っていかないとだめなんですよね。自分自身を変えていくというか……。地域おこしっていうのは結局、自分おこしなんですよね。自分のなかで燃えるものは何なのか、自分の本心で何をやりたいのか。そしてそれを形にするために、まず一人の協力者を得るっていうのが原点なんですよ。
矢吹
うんうん。
菅原
「俺はこうやりたいんだけど、力を貸してくれないか?」と伝えて、信頼のおける仲間を獲得するんです。そうすると、一人が二人になって、4人5人、10人11人にもなっていく。メンバーが集まってくると、それぞれの分野で各リーダーが生まれて、さらにいろんな組織や仲間が集まる。そうすると「こっちの人には負けないぞ」という負けず嫌いも出てきますから、全体が盛り上がるんですよね。
矢吹
うんうん。
菅原
「秋田の雪を自分のライフワークにしよう」っていう自分の初動が、いま、こういう形で実現しているんですよね。当時は断片的なものでしたけど、仲間を作って、その時その時、自分の役割を果たしていくことでいまに繋がってきていますから。これからの世代に向けても、できることは最大限頑張っていきたいと思いますね。

少子高齢化が、全国で最も早く進んでおり、祭りや行事に参加する人々の減少も著しくなってきている秋田県。
さらに、雪が多いということが、どうしてもネガティブに捉えられてしまうなかで、それを逆手にとったある一人のアイデアから、新しい行事が生まれ、長年かけて育まれ、今や町の行事としてあたり前のものになっているという様子は、これからの私たちの生き方に、たくさんのヒントと勇気を与えてくれました。

菅原さんの言葉を受け止めたうえで、最後に、花嫁道中のフィナーレの様子を、動画でもご覧下さい。

  • 秋田の伝承学 花嫁道中 終わり

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