食と暮らし学 チオベンの秋田弁

秋田が誇る「大館おおだて曲げわっぱ」。そのお弁当箱に、秋田の食材をいっぱいに詰め込んで、最高のお弁当を作りたい! そんな思いでお招きしたのが、いま、お弁当やケータリングの世界で最も注目を集める「チオベン」の山本千織さん。
お弁当の達人に、食材豊かな秋の秋田を旅していただき、最強の「秋田弁」を作っていただきます!

文・山本千織 写真・船橋陽馬

山本千織
東京・代々木上原で「chioben」を開業、お弁当の販売を手がける。バラエティ豊かなおかずの色鮮やかなスタイリング、見た目と味とのおいしい意外性、そして定番の春巻とたこめしの安定感に一度食べたら忘れられないファンが続出。メディアの制作現場やパーティ、レセプションへのケータリングなど、活動は多岐にわたる。著書に『チオベン 見たことのない味 チオベンのお弁当』(マガジンハウス)

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1日目

秋田を訪れるのは、数年前にプライベートで来て以来、これが2度目。新幹線「こまち」で秋田へ向かう車窓は、紅葉が進み、いよいよ北国の本領発揮といった感じ。前日まで台湾へ行っていた私はこれから待っている気温差20度も楽しみで、やや長い車中も、ビールを飲みながら飽きずに過ごすことができた。

旬肴酒菜 一や

着いてすぐに向かったのは秋田市にある「旬肴酒菜しゅんさかなしゅさい いちや」という和食店。「なんも大学」スタッフのみんなが、お約束の秋田らしいものをさくさくと頼んでくれる。舞茸天ぷら、がっこ、刺し盛り……。ん?! 「がっこ」って何?? 当たり前、かつ食べさせたい度が、舞茸天ぷらや刺し盛りより、明らかに強い印象。
「いぶりがっこ」の「いぶり」を、親しみを込めて取り「がっこ」と呼んでいるのだろうと待っていると、豪華な「漬け物盛り」が運ばれてきた。お店のお姉さんが5種類ほどある漬物を一つ一つ説明する。「がっこ」というのは漬物のこと全般を言うらしい。
昆布を入れているのか? 砂糖からくる粘度なのか? それぞれ違いはあるが、どれも甘く粘りがある。どの料理よりもしっかりした皿に盛られ、テーブルの中心に置かれているそれらは、食べると、印象よりずっと親しみやすい北の味だった。

きりたんぽ鍋もいただいた。秋田の人はきりたんぽのことを話すと話が止まらない(この後、がっこ、寒天、ハタハタについてもそうだということを知らされる)。しっかりした澄んだ鶏ガラベースの醤油出汁に、鶏、きのこ、ごぼう、そして根付きのセリが入っている。根付きのセリ……!それに出会えたことだけでも、この時期に来れた自分の幸運に小鼻が広がった。
根付きのセリは、セリそばが名物の銀座の蕎麦屋で食べたことがあり、それを食べて以来「根がなきゃセリはいらねぇよ」と、そこまで江戸っ子ではないが、とにかく「セリの根最強論」を展開するようになってしまったのであります。興奮する私の傍で秋田のみんなは、きりたんぽと一緒に入っている球状のごはん球「だまこ」についての「我が家の味論」で持ち切りだった。

一般的には「きりたんぽ」と「だまこ」は一緒には入らないことがほとんど。両方入っているのは、このお店のオリジナル。

ところで、今回私が秋田へやってきたのは「弁当を作る」という任務があったからだ。旅のなかで興味をそそられる食材が奥羽おうう山脈ほど出てくることは予想できるが、さらにそれらで秋田らしく、チオベンらしいものを作らねばならん!その使命は、どんなに日本酒が美味しくても忘れてはいけない!

ということで、翌日からは、秋田食材探しの旅のスタート!

2日目

秋田市民市場

まず訪れたのは「秋田市民市場」。決して人通りが多いとは言えない市場の中だが、売り場は秋の食材の宝庫。がぜんやる気になった前のめりの私へ「なた漬けを作ってるお母さんがいる!」との情報が! 見に行くと、魚屋「安亀やすかめ」のお母さんが、大根をまな板に立て、なたで大きな乱切りにしている。「なた漬け」は秋田の「がっこ」の代表格だそうで、大根の断面がスパッと切れすぎないように「なた」を使って切るのだという。味が浸み込みやすいからだとすぐ思う。菊を混ぜ下漬けをすると、蒸したもち米を炊飯器から直入れしていた。あとはよく揉み、常温で発酵待ち。明後日には食べれらるという。

数日後、完成したなた漬け。もち米の甘みがしっかり感じられる。

こんなふうに、明日食べれる、明後日美味しくなる、明々後日食べごろ、など発酵を楽しみにして過ごすから、発酵食品を食べると長生きするのかな? と、その効力より、楽しく明日を待つ気持ちが力に変わるのだなと本当に思う。

店先には秋田名物のハタハタも出始め、秋田以外の東北の海の魚も並ぶなか、目を引くのは「八郎潟はちろうがた」の文字。八郎潟で獲れたという、白魚、ワカサギ、ゴリも並んでいる。
八郎潟とは、秋田にある湖で、かつては琵琶湖に次ぐ面積があって、漁業も盛んだったそう。昭和30年代に、その大部分が干拓によって陸地化され、いまは漁業は限られたものになっているとのこと。
「海のそばに暮らしていて海の魚を食べる人たちは、八郎潟で獲れた魚をありがたく思わない。でも内陸に住む人たちは、昔から貴重な魚としてありがたく食べてくれるんだ。」と、魚屋のお父さんが話してくれた。土地と食のストーリーが見えるいい話だった。

市場を出て、秋田市の米屋に寄り道しつつ、県南方面へ。

米屋「平沢商店」では、店主の平沢さんから銘柄の特徴やその土地の環境や農法を丁寧に伺う。秋田のお米のことをきちんと広めたい、という気持ちが伝わる。こういう人生を選べた人は幸せだな。

広々した土地に、自分たちで建てたという木造の一軒家で農業をしながら食堂をされている幹男さん、真千代さん。チキンカツ定食をいただく。自ら育てた野菜がふんだんに使われた満足度の高い定食!

横沢曲がりねぎ

大仙市だいせんし太田町おおたまち横沢よこさわ地区で、秋田の伝統野菜「横沢曲がりねぎ」の農家を発見! 飛び込みでお邪魔すると、ちょうど明日からねぎの販売が始まるということで、まだ準備中のところ無理言って畑を見せてもらう。興味深いのは、1年で収穫できるねぎを掘り起こし、寝かせるように植え替え、2年かけて収穫するのだそう。そうすることで曲がって育ち、外側の硬い部分も枯れ落ち、独特の甘みや風味のねぎになるのだという。

なんとも魅力的な行程に感動してワーワー言ってる私だったが、農家のかたの「伝統だから」という、あまりにもシンプルなひと言に「バッサー」と切り口鮮やかに切られたのでありました。古くから当たり前のように作り続けている人たちには、どんなウンチクもかなわない……。そのあとの、「インターネットで予約するお客さんもいる」という言葉から現代的な一面も垣間見えて、ちょっと回復。
ねぎを受け取ると「チオベン ハ アイテム ヲ カクトクシマシタ」よろしく、なんか強くなってきたぞ!

道の駅十文字

次の目的地「道の駅十文字じゅうもんじ」へ!「道の駅大好きー!」ということで、ゆるむゆるむ、財布の紐。最終的には持って帰れず送ってもらう、というところまでしないと気が済まないのは私だけでないはず。

そして、秋田の道の駅は、魅力的な食材の天国であるとともに、寒天天国でもありました。隣で買い物中のお母さんに少しでも質問しようものなら、一気に「我が家の寒天トーク」に巻き込まれる。「自家製」というとふつうは「なんとなくの統一された完成形があって」のものなのだが、秋田の寒天においては、根本から「うちでは……」なのだ。そしてコミュニケーションツール、井戸端会議ツールでもあるのだ。寒天って、秋田ではこんなに愛されるものなのね。

国指定有形文化財にも指定されている蔵を活用した、味噌と麹の店。秋田の味噌は、塩っぱさがなく、甘さが前面にでている。

明日はいよいよ、朝から「秋田弁」を仕込む! 今日出会った食材がうまく曲げわっぱに詰まってくれますように!

第2話へつづく

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