鈴木英雄さんがクマのために仕掛けたワナは、「マタギの湯」からもほど近い、県道からほんの少し入った場所に設置されているといいます。そもそもクマのワナを仕掛けることは、マタギの猟とはまったく違って、有害鳥獣駆除という目的のため。
- 鈴木
- 昨日も一昨日も電話がかかってきたんだ、クマが出たぞって。小学校の前で目撃されて、警察に電話が入って、それでオレらにも電話がかかってくる。それから「有害鳥獣駆除」ってことで、ワナを設置することだとか、何頭まで捕獲していいという許可が出るんです。
英雄さんの実感としても、人里の方に出てくるクマが増えていますか。
- 鈴木
- 多いよ。異常だ。奥山の方がクマの影が薄いみたいだな、奥山にあまりドングリがなってないようだし。いまは、3歳グマが盛んに出ている感じがする。親から離れた若いクマがうろうろしているな。
そうしたクマの年齢まで見えてきますか。
- 鈴木
- クマっていうのは、秋に妊娠して春に生まれるんですよ。それでコグマは親にくっついて、親からいろんなことを学ぶんだけど、その親から学ぶ時間って結構少ないんだ。クマは基本、単独行動だから、親から学んだことしか知識がなくて、もしもコグマが親グマからいろんなことを教わるのが奥山じゃなくて、里山だったら、そのコグマはそのまま里山に居ついてしまう。だって、他にもう学ぶ機会がないんだから。
鈴木さんが仕掛けているワナはいくつありますか。
- 鈴木
- ふたつだけ。ひとつは山の中だけど、もうひとつは近くにある。今朝ものぞいてきたら、クマは入ってなかったから、見せてもいいけども。
もしもクマが入っていると危ないから。
- 鈴木
- というよりも、見せたくない。クマを見世物にしたくないって気持ちが個人的にはあるから。こないだ、別の人に案内をしたときには、檻にクマが入ってたんだけど、痕跡だけ見てもらって、クマは見せなかった。
クマは見世物じゃない。言われてみれば、当然、そうですよね。
- 鈴木
- そこは個人の判断だから、オレはダメだっていうだけなんだけど。
ということで、ワナのある場所へ案内してもらいました。県道からほんの少しだけ降りた場所が、草を払った広場になっていて、そこには栗の木が。この栗を狙って、山から降りてくるクマを捕獲するために、ワナが仕掛けられていました。
ワナは箱ワナと呼ばれる、檻のようになったもの。餌に誘われて手をかけると、檻の入口が閉まる仕掛けになっています。
たくさん栗が落ちてますね。
- 鈴木
- 上手に中だけ食べて、皮を出してるでしょう。糞もいっぱい落ちてるから気をつけて。
ほんとだ。あちこちに糞が。
- 鈴木
- 糞の色でクマがいつここに来たのかわかるんだ。栗をクマは拾っても食べるし、木に登って上で食べることもある。
クマ棚と呼ばれる枝を集めた場所が樹上にできるんですよね。
- 鈴木
- そうです。だけど、コグマがいる場合は、木の下に枝を落とすんです。コグマも木には登るけど、枝をうまく折れないもんだから、親が下にいっぱい落とす。そうなったらひどいもんですよ。
無茶苦茶にされてしまう。
- 鈴木
- 子どもを養うために仕方ないところもあるんだけど。
檻にぶら下げているのは?
- 鈴木
- リンゴ、はちみつ、ヌカとか。ぶら下げてるのは、他の小動物が食べないようにだな。あとは、酒粕にまた酒を入れて、練って匂いをさせたもの。オレの場合は、そこに防腐剤を入れて、檻から少し離れたところに塗ってある。防腐剤はクマが興奮する、ネコのマタタビみたいなもんだ。食べるとかじゃない。
「クマの餌、どんだけおいしいか試してみるか?」と鈴木さんのススメで、はちみつを食べてみました。養蜂家にお願いして集めているという蜜蝋。中にカスがあるものの、とてもまろやかな味。「クマが喜ぶのもわかるでしょ」。
猟で捕まえるのとこうしたワナで捕まえるのと気持ちは違いますか。
- 鈴木
- 全然違う。クマを獲ればいいって気持ちじゃないから、捕まってるクマを見てもな。
年間どれくらいクマを獲ってるんでしょう。
- 鈴木
- 猟で獲れる数なんて限られてるよ。春だったら4頭とか頭数も制限されているし、秋の猟は11月15日からはじまるんだけど、雪が降らないと足跡も見つからないし、餌がすくない年は早くにクマが穴に入ってしまうから、だいたい12月20日頃にはクマ猟って終わりなんだよ。
秋の猟期は実質、1カ月くらい。
- 鈴木
- それで昨年は1頭とか2頭じゃないかな、勝負して授かったクマというのは。ただ、ワナ猟の頭数がすごい。今年だけでも、秋田県全県でいえば9月末の時点で460頭は捕獲されてます。北秋田市でも60頭くらい。
そんなにも。
- 鈴木
- 今年は非常事態で、ほんとにいつ事故が起きても不思議じゃない状況だから、身近に入ってきたクマは捕獲しないとしょうがなくて。もう爆竹も怖がらなくなってるというし、クマが単独行動だっていうのも崩れてるかもしれない。親子のクマだったらわかるけど、大人のクマが2頭でいたりする。檻に入ってしまったクマがいるのに、まだ隣りにある木に登って、栗を食べてることもあるから。檻にクマが入ってたら、絶対に他のクマは近寄らなかったもんだけどな。
クマの習性も変わってきている。
- 鈴木
- そう感じるな。今年からセンサーカメラを設置して、木の高いところにハチミツや防腐剤をぶら下げて、クマが立ち上がったときに月の輪の写真を撮るという取り組みもはじまっている。指紋みたいなもので、月の輪は同じものがひとつとしてないから。
生態調査もやって、クマとのつきあい方を考えていこうと。
- 鈴木
- そうだな。クマのことを憎いと思ってるわけではないんだよ。何人かの秋田県人が悪さをすれば、みんなが秋田県人は悪いやつだと思うのと同じで、何頭かのクマが人里に出て人を襲ったら、クマは人を襲う怖い動物だってなってしまう。
人を襲わないまでも、里の食べ物を求めてくることもある。
- 鈴木
- 奥山に食料が少なければ、里にあるのは人が植えたものだからって判断もクマにはできないだろうから。
人とクマの関係がとても難しい状況にありますね。
- 鈴木
- 難しいな。うちは1枚だけ田んぼもやっていて、周りの人はだいたいやめてしまったんだけど、自分の家の分くらいはと思って、のこしてる。その田んぼも、クマもカラスもハトもみんな食べた後、のこった分をうちで食べようなんて笑ってるんだけど。そんな、動物がみんな食べてしまうわけじゃないんだから。
マタギは猟友会のメンバーでもある以上、クマの有害鳥獣駆除でもその専門知識が期待される存在です。ただ、里山に下りてきて事件となったり、捕獲されるクマの頭数が、近年あまりにも激増。そもそも、現在の正確な生息数がどれくらいなのか。そのためのモニタリング方法の試行錯誤も続いています。
「簡単に解決できる方法はない」という現状の中、鈴木さんの培ってきた経験や知識から意見が求められる機会も増えています。