1月17日。秋田は一段と寒さが際立つ時期ですが、この日の秋田市は、熱気に包まれます。太平山三吉神社総本宮で「三吉梵天祭」が開催されるのです。
「梵天」と呼ばれる依代を神社に奉納するこの祭り。境内を激しくもみ合いながら奉納する様子は、その勇壮さから「けんか梵天」とも呼ばれています。
まずは、その荒々しい奉納の様子を、動画でご覧下さい!
今月は、この「三吉梵天祭」について、お伝えしていきます。
最初に伺ったのは、太平山三吉神社総本宮。ここで、宮司の田村泰教さんに、三吉梵天祭の成り立ちについて伺っていきます。
- 田村
- 三吉梵天祭は、五穀豊穣、町内の安全、無事故、1年間の幸せを祈る祭りです。なかでも、このあたりは昔、農家が多かったので、五穀豊穣への祈願がとくに強かったようですね。
三吉神社は、もともとの信仰の起こりが太平山にあって、そこからの水の恵みをいただいてお米がしっかりできますように、というところから、主に、太平山が水源である太平川沿いと旭川沿いの町内が参加して水をめぐって争う、というのが祭りの根底にあるようなんですね。
太平山の頂上に奥宮があるので、そこに奉納していたのですが、どうしても冬場に登るのは厳しいものですし、昔は山は女人禁制だったもので、この里宮ができたんですね。
- 矢吹
- なるほど〜。今はどのくらいの町内が参加しているんですか?
- 田村
- 今年は全部で16町内が参加しまして、加えて企業による梵天と、周辺の子ども会によるものもあって、合わせて61団体になります。
各町内や会社をスタートすると、神社までの道のりを梵天を持って練り歩き、各町内が神社に揃うと、もみ合いの渦となって梵天を奉納します。
- 矢吹
- これは、どのくらい前からあるお祭りなんでしょう?
- 田村
- 梵天祭りというのは、じつは秋田県内各地にたくさんありまして、大小合わせるとおそらく10ヵ所ではきかないかと。ただ、いつどこで始まったかというのが、一つも残っていないんですね。
- 矢吹
- それでも、秋田県内にしかないものなんでしょうか?
- 田村
- はい、秋田県固有の祭事のようです。有名なところでいくと、梵天の装飾コンクールがある「横手梵天祭」ですとか、大曲の「川を渡るぼんでん」などがあったりしますが、どの地域の梵天もだいたい江戸時代くらいから始まった、くらいのことしかわからなくて。でも、うちの先代の言うところには、梵天っていうのは「祓う、清める」というもののようで、お祓いをするっていうことは、昔から秋田では日常的に行われていたんではないかと言われています。
- 田村
- 梵天の型というのは、元はもっと原始的なものだったと言われていて、神社などでお祓いをするときに使う、白いひらひらした紙がついた「大麻」のようなものだったり、稲でできた梵天なんかもあるんですが、元々は高い木に装飾をして目立たせて、そこに神様に降りてもらえるようにしていたんじゃないかと言われています。
- 矢吹
- 天に向けて、この梵天をあげる姿が印象的ですよね。装飾も、神様に見つけてもらうために年々華やかになっていって、今のようになっていったのかもしれませんね。
- 田村
- そうですね。今は、各町内でカラーが決まっていて、より目立つようにしていますしね。
民俗学者の柳田國男先生によりますと、「梵天」は、「ほで=秀でる」という言葉が語源ではないかとされていて「普段の場所よりも高く、神様に向けて目立たせる」ということであると言われていますね。
今の「梵天」という字は仏教の「梵天様」から付けているんですけれども、それは当て字だろうとされています。
- 矢吹
- おもしろい! 今調べてみたら、「秀」という字には、もともと「穂が出る」という意味もあるようですよ。
- 矢吹
- 梵天をあげるときの「ジョヤサ、ジョヤサ」という掛け声、他のお祭りでもよく耳にしますが、これはどういう意味なんでしょう?
- 田村
- 夜叉(猛悪な鬼神)を除く「除、夜叉」だとか、弥栄(ますます栄えること)を増やす「増、弥栄」とか、語源は諸説あるんですが。
- 矢吹
- へ〜〜〜!!
- 田村
- これは秋田や岩手あたりでしか使われないと言われていますよね。ふつうは「ワッショイ」ですもんね。
- 矢吹
- 全国的に使われている言葉だと思っていました!
- 矢吹
- 今の梵天はどんなものでできているんですか?
- 田村
- 竹籠を基礎にして、そこに布地や紙などで装飾していきます。上部にはハチマキを付けて、てっぺんには「ほおずき」と呼ばれるものが付いているのがスタンダードですね。
- 田村
- 変わったものでいうと、きりたんぽの会社では、きりたんぽ型の梵天だったり、福祉施設では、折り鶴で作られた梵天もありますし。建設業者さんのものでは、かんなで削られた薄い木でできたものもあります。
- 矢吹
- これは何キロくらいあるものなんですか?
- 田村
- 団体によりますけれど、15〜20kgくらいですね。持ってみますか?
- 矢吹
- ……わっ! 重っ! 無理です。全然腰が立たない! これを持って町を練り歩いたり、神様に向けてあげるっていうのは、なかなかハードですね。
- 田村
- これはお守りなんですが、神様の力が宿っていると言われていて、ご利益があるんですよ。それぞれの梵天に付いているものをもみ合いの際に取り合うんです。
- 矢吹
- 私は去年、会場にいた方に譲ってもらいました! 奉納された梵天はどうなるんですか?
- 田村
- 一部の梵天は神社内や観光施設に飾ったり、それ以外は解体して生地をお守りにしてるんですよ。ここにも神様の力が宿っているとされているので。あとは、「ミニ梵天」にもなっています。
- 矢吹
- 私も毎年買わせていただいています!
- 田村
- うちの神社にお祀りされている神様は、大己貴大神、少彦名大神、三吉霊神と、三人いらっしゃるんですけれども、そのなかでも「三吉霊神」は、秋田で生まれた、いわばローカルな神様、地元の神様なんですね。
非常に荒々しくて「悪しきをくじいて、弱きを助ける」というような神様なんですが。
- 矢吹
- 正義の味方!
- 田村
- はい。この神様、力の神様、勝負の神様、勝利成功の神様というような信仰がありまして、梵天のもみ合いが激しければ激しいほど、ご利益があるという信仰がありますね。
- 矢吹
- おもしろい。
- 田村
- 非常に人間的な神様で、お酒が大好きで、タバコもたしなむそうで。
太平山は、昔は「おいだらやま」「だいだらやま」と呼ばれていたこともあって、「だいだらぼっち(日本の各地で伝承される巨人伝説)」というのがありますが、三吉さんというのは、秋田における、だいだらぼっちにあたる神様ではないか? とも言われていますね。
- 矢吹
- へ〜!! 酒好きとは……秋田らしい神様ですね。
太平山や、かつての田園風景の雄大さともイメージが合いますね。
この祭りを初めて見たとき。じつは、どういう祭りかもわからないまま神社に行ったんですが「秋田の人たちには、潜在的にこういうエネルギーがあったんだ!」って、圧倒されたのを覚えています。
やはり「一番になった町内ほど強い=ご利益がある」ということなんですよね?
- 田村
- 一応、入って行く順番というのは決まっているんですが、境内に入ってしまえば、先陣争いはして良い、ということになっているんですよ。闇雲に一番になればいい、ということでもありませんし、ただのけんかではない、ということだけはみんなわかってやっているんですが……時々行き過ぎちゃいましてね(笑)。
- 矢吹
- ふふふ〜。けんかではなく……。
- 田村
- 「もみ合い」ですね(笑)。
- 矢吹
- 年に一度、それぞれの町内の勇ましさ、意気込みを確かめ合う、という感じでしょうか?
- 田村
- だいたいどの町内も毎年参加していますので、前の年に自分の町内の梵天が攻撃にあってしまったりすると、そのリベンジをしよう、というような思いはあるかと思いますね。神社側としても、祭りを盛り上げていただきたいものの、あまり行き過ぎてしまっても困る……適度に、適度に(笑)。
- 矢吹
- 祭り自体の盛り上がりは、昔とは変わってきているものでしょうか?
- 田村
- 古老の方々は「昔はもっと激しかった」と言いますね。戦前、戦中は「これが最後の梵天への参加になるかもしれない」と、より激しく、より神様の力にあやかろうという気持ちが激しかったのかもしれませんね。昔は神社付近は家が壊されてしまうので、普請(防護、修理)したりしていたそうですよ。
- 矢吹
- そんなに!? かつての様子とは変わっても、秋田の人たちにとっては一年の始めの大事な節目になる祭りなんでしょうね。
- 田村
- 寒さ厳しいなか、黙って家に閉じこもっているのではなくて、「魂の雄叫びで春を呼び込む」、三吉の神様の力にあやかって「力で春を呼び込む」、そんな祭りですよね。
次回は、祭り当日、ある町内に密着した模様をレポートします。激しい奉納に至るまで、どんなことが行われるのでしょう?