「寒天使の観点」

秋田のお母さんたちは、何でも寒天で固めてしまう。農作業の合間、運動会、婦人会……さまざまな場面に自作の寒天を持ち寄っては、自慢の味を披露します。おもてなしの心でさまざまな寒天を生み出すお母さんたちは、誰もが「寒天使かんてんづかい」=「寒天使かんてんし」。

写真:高橋希、鍵岡龍門

そんな、秋田の寒天が主役のイベントが、8月2日、東京神田にある「風土はfoodから」で開催されました。

「寒天使の観点」と題したこのイベントには、秋田県美郷町みさとちょう在住の寒天使、照井律てるいりつさんがゲストとして登場。集まった23名の来場者を前に、寒天づくりの実演やトークが行われました。司会進行は、本ウェブマガジン編集長の藤本智士。

照井律さん(右)、藤本智士(左)

イベント開始の前に、会場である「風土はfoodから」のオーナー丑田俊輔うしだしゅんすけさんに、このスペースの紹介をしていただきます。

丑田俊輔さん

「風土はfoodから」は、今年(2018年)7月23日にオープンしたお店です。といっても、ただのお店ではなく「食べられるミュージアム」をコンセプトにしていて、2階がギャラリー空間になっています。

今は秋田の寒天文化の展示をしていますが、今後は、沖縄だったり、はたまた海外だったり……いろんな地域の多様な食文化をこの空間に展示していって、より深く、その物語や作り手の方々の情熱を受け取れるような場にしていきたいなと思っています。

そして、ミュージアムで見るだけではなく、こちらのいかつい男、料理長の石丸が、その食文化を料理にして提供することで、見るだけではない「食べられる」ミュージアムになるというわけです。ゆくゆくはこの場所が、お客さんも、つくり手も、店員も、文化も、お互いに育っていく場になればと思っています。
多様な食文化がいろんな地域の風土を作っていくんじゃないか、ということで、「風土はfoodから」というダジャレみたいな名前を、藤本さんが名付けてくれました(笑)。

石丸敬将のりまさシェフ

今日は、その記念すべきオープニングイベントになるのですが、まだまだ実験的な部分もたくさんあります。その余白もぜひ楽しんでいただきながらご一緒できればと思います。

そうして始まった「寒天使の観点」。まずは、司会進行役の藤本智士と寒天の出合いについての話から。

今日は秋田から、寒天名人の照井律さんをお招きしました。みなさん「りっちゃん」って呼んであげてくださいね。

僕が秋田の寒天に出合ったのは、秋田県で発行していたフリーマガジン『のんびり』を始めた2012年のことです。2016年までの4年間、その編集長として携わってきましたが、僕は普段は兵庫県の西宮市に住んでいるので、よそ者として秋田に入って、秋田の人にはふつうでもよそ者にとってはスペシャルだなあと思うようなことを取材してきました。その『のんびり』。じつは16号発行したなかで、寒天の特集は2回もしているんですね。そのくらい、僕にとってはインパクトのあるものでした。

*フリーマガジン『のんびり』1号、5号にて寒天を特集しました。(閲覧はこちらから!

そもそも、一緒にのんびりを作っている秋田のメンバーいわく「秋田のお母さんがたは、すぐに何でも寒天に固める」と。でも、「なんでも」って言ってもなんでもな訳はないだろうと思ってたんですが、スーパーや道の駅に行くと、卵寒天とか、ミルク寒天とかのスタンダードな寒天があるなかで「サラダ寒天」というものがあるんですね。正直、僕は見たくもないんです。

サラダ寒天

マヨネーズが入って、きゅうり、にんじん、タマネギ、ゆで卵。いわゆる、ポテトサラダのポテト部分が寒天になったと思ってもらえたらいいんですけど、食べてみると、ちょっと甘いんですよ!もう、意味がわからない!でも、本当に何でも固めてしまうんですね。

しかもそれを、秋田のメンバーは美味しい美味しいと食べている。そんな地域の食文化って面白いなあっていうところから、最初の寒天特集として、取材中に「第1回寒天博覧会」というものを開催したんですね。地元のお母さんがたに寒天を持ち寄ってもらって、味や見た目を競い合うというもので、そのバリエーションの豊かさに感動したんですが、それに感化された秋田メンバーが、その後、独自に第2回を美郷町という町で行ったんです。

第2回寒天博覧会(美郷町)の様子

その開催、僕は参加できなかったんですが、秋田メンバーが「やばい!秋田の母さんがたの熱量がすごい!」って、あまりに興奮して伝えてくるもんで、録音していた音源を聞かせてもらったんですよ。そしたら、博覧会の開催後の感想を述べるコーナーで、ある方が、「まさか、寒天博覧会なんていうものが行われるなんて夢にも思っていませんでした。昔から寒天を作り続けてきたけれど、生きてて良かったです!」って言うんです。もうおわかりでしょうけど、それが、こちらにいるりっちゃんだったんですね。

そんな「生きてて良かった」なんていうお母さんに会ってみたい!ということで行なったのが、『のんびり』の2回目の寒天特集でした。そうやって出会ったりっちゃんですが……もう泣いてます(笑)。

素敵でしょ? でも、なんで秋田の人はこんなに寒天を作るんだろう?なんだったら、秋田メンバーは寒天は「がっかりスイーツ」とまで言ってるのに、お母さんがたは粛々と作り続けている。でも、よそ者の僕らからしたら美しいし、そこには何かがあるんじゃないかなと思って取材したんですね。
今日は、ここで実際に寒天を作ってもらいながら、そのあたりのお話を聞いていけたらと思います。

ここからは、りっちゃんに実際に寒天を作っていただきます。この日作ってもらったのは「りんご寒天」。数百種類あるともいわれるりっちゃんのレシピのなかでも、定番中の定番。

私が寒天を作り始めたのは、小学校3年生ですね。寒天はいつも家にありました。でも作ったことはなかったんです。

3年生の11月、初雪が根雪(降った雪が解けずにそのまま残ること)になったんですよ。そのくらい厳しい冬でした。そんな寒さもあってか、母が脳梗塞で倒れて寝たきりになってしまったんですよ。私は5人兄妹の末っ子で、みんな歳が離れていて結婚していたし、家の跡継ぎの兄夫婦も子育てとか農作業で忙しくて、私が、学校に行きながら、休み時間に家に帰ってきて、母のオムツを取り替えて、おやつを食べさせて、水分補給させて、痛い所を揉んであげて……看病していました。さらには、兄夫婦の子どもたちの子守りもしなければいけないので、おんぶして学校に行っていました。それでも、一日も休まずに、小、中、高と、私は全部皆勤賞もらってるんですよ。そんな子ども時代でした。

母は寝たきりなので、便通が悪くて悩まされていたんですね。なんとかして楽にしてあげたいと思っていた矢先に、ラジオで寒天の話が流れたんです。寒天は健康食品で、お通じが良くなるって言うんです。それで、母を少しでも楽にしてあげたい一心で、寒天を作ってみることにしたんです。

寒天は常に身近にありました。なぜかというと、私の住んでいる地域では、昔から仏事があるとお供えものとして棒寒天を20本も30本もいただくんです。法事があると一部屋が埋まってしまうくらい。
それに、私の住んでいるところは酪農もやっていて、さらには山にはリンゴの木が植えられている。だから寒天の材料は十分にあったんですよ。それで、毎日毎日、こうやればいいのかな?ああやればいいのかな? と試行錯誤しながら作りました。

りんごの寒天を母に食べさせたら、便通も良くなりました。今日作っているのは、いまの若い人向けにリンゴの歯ごたえが残るようにしていますが、母には、リンゴをやわらかく甘露煮にしたものを使いました。

母が亡くなってからも寒天は毎日作り続けていたんですが、子どものころから、いろいろ辛いこともたくさんありました。でも、そのたびに流しに立って寒天を流すんですよ。そうすると、でき上がるころには「あれ?なんで悩んでたんだっけ?」って忘れてしまうんです。自分で自分が作った寒天に感動しちゃったりして。そうやって、毎日毎日、何十年も寒天を流してきたんですよ。

*会場でも上映した、りっちゃん主演の動画「天使の寒天」をご覧下さい。

寒天が固まるまでの間、風土はfoodからの石丸シェフによるおばんざいをいただきます。この日は秋田と長野の食材を使ったメニュー!さらには、りっちゃんが育てた野菜も加わり、豪華8品をブッフェスタイルでいただきます。

鶏ハムとモロヘイヤとバーガンディの自家製なめたけ和え〜りっちゃん家のオクラタタキがけ〜
りっちゃん家のナスとピーマンの揚げ浸し
律さん家の無農薬枝豆 、野沢菜といぶりがっことキノコのおやき

ほかにも
・長野の野菜と秋田の野菜のサラダ〜ルバーブととんぶりのドレッシングで〜
・八ヶ岳のとうもろこしと律さんの枝豆とよざえもん米のおにぎり
・いろんなキノコのお味噌汁〜長野と秋田の合わせ味噌〜
など盛りだくさん!

そしてこの日は、はるばる長野県茅野ちの市から、天然棒寒天を製造している松木寒天産業株式会社のみなさんが来てくださいました。
そのなかの一人、熊沢美典くまざわよしのりさんのお話です。

熊沢美典さん

今日は、実際にこの天然棒寒天を作っている2人も一緒にきました。若手ホープたちです。この棒寒天、こんなに軽いものですから、結構軽く見られるんです(笑)。でもじつは、この見た目にそぐわない苦労があるんです。

「キムタクのところてん」。 おばんざいには、松木寒天さんから差し入れしていただいたところてんも登場!ところてんをキムチとたくあんで和えた、その名も「キムタク」!

この寒天、テングサでできています。海で採れたテングサを、どうしてわざわざ海のない長野県まで持ってくるのか?それには理由があるんですよ。
寒天は、極寒の冬、2ヵ月間しか作れません。手順としては、テングサを大きな鍋でぐつぐつ煮て、モロブタという大きな型に流し込んで、固まったところてん状のものを手で切って、それを田んぼに並べていくんですね。

それが冬の寒さで夜間にはガチガチに凍るんですが、日中は逆にお天道様に当たって解けるんですね。それを繰り返して、天然のフリーズドライが行われる。茅野で作られる理由はこの温度差。一日20度〜25度の温度差があるんです。自然の力を活かしながら、凍ったり解けたりするのを、24時間面倒みていって、ところてん状のものから、この棒寒天になるまでに2週間ほどかかかります。それをやっているのが彼らなんですよ。

極寒のなかの重労働。ものすごく厳しいなかでやっていますが、私は『のんびり』さんのご縁で秋田に初めて行って、律さんや、寒天を作っている女性たちにお会いして。ふだんなら寒天の話なんかしても誰も注目してくれないなか、秋田のみなさんは耳を傾けてくれて。秋田では、自分がまるでキムタクになったかと思いましたよ(笑)。

秋田では寒天がものすごくたくさん使われている、というのは聞いていたんですが、実際行ってみて、この棒寒天を大事に扱ってくれているんだっていうことを気持ちで感じて、感極まってしまった。嬉しい出会いでした。

その後、律さんにも茅野に来ていただいて、冬の夜中の製造現場をみていただいたりしてね。今では秋田との距離が縮まって、誰に聞かれても「一番好きな県は秋田」って言ってますよ(笑)。

そしてじつは、この日のために風土はfoodからの石丸シェフがオリジナルの寒天メニューを作ってくれていました!りっちゃんの寒天の完成を前に、その寒天のお披露目です!

『食文化の他重奏〜料理人のあたらしいかんてん〜』

比内地鶏のムース、野沢菜漬けのポタージュ、ミルク寒天、比内地鶏のつくねが、層になっています。僕はこれまで和食をやってきたんですけど、棒寒天って使ったことがなくて。煮詰め具合が難しくて、常に同じ味を再現するのがなかなか大変でしたね。西の人間なんで、甘い寒天というのは想像もつかなくて、秋田の卵寒天の甘さは衝撃的でしたね。

そして、りっちゃんのりんご寒天も完成!

秋田と長野、二つの地域の風土が支え合う寒天と、石丸シェフによる寒天。これからこんなふうにして、風土はfoodからという場から、あたらしい観点が生まれていきそうです。

【風土はfoodから HP】

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