秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:矢吹史子 写真:船橋陽馬

ハンターギャザラーの、その先にあったもの

2018.10.31

横手市IC を降りてすぐの場所にある、秋田県立近代美術館。ここでは現在、鴻池朋子こうのいけともこ「ハンターギャザラー」が開催されています。鴻池朋子さんは秋田県出身の現代美術作家。

私はこれまで、アートプロジェクトなどを通して鴻池さんの作品を何度か拝見していましたが、今回は秋田で初の大規模な個展ということで、さらにたくさんの作品に触れられる!と、勢い勇んで美術館に向かいました。この後、作品のあまりの威力に、すっかり打ちのめされてしまうとも知らずに……。

秋田県立近代美術館は、「秋田ふるさと村」敷地内にある。秋田蘭画や秋田ゆかりの作家のコレクションも充実。

ハンターギャザラー=狩猟採集民。人間は、狩猟や採集など、生きていくために自然を「人間界へ引きずり込みながら」文化を発展させてきましたが、その原型を解体し、問い直していくということが今回のテーマとのこと。

長いエスカレーターで登山をするように作品世界へ向かう。キツネのはく製がたたずむ窓の向こうには、横手盆地や奥羽山脈が広がる。
上った先のエントランスには、巨大な皮緞帳かわどんちょう。牛皮を張り合わせて作られており、幅約24m にも及ぶ。
生き物たちの喰う姿などが刻み込まれた8×6m のカービング(板彫り絵画)は、実際に触れることもできる。
秋田、北海道、モンゴルなどで害獣駆除されたという、クマ、エゾジカ、オオカミの毛皮で作られた山脈「ドリームハンティンググラウンド」。
作家自身が北秋田市の雪景色に身をおいた映像作品も。

牛皮、毛皮、鏡、板彫り……さまざまな素材で表現された作品の数々は、まさにエネルギーの塊。作品としての美しさや力強さに高揚しつつも、「観る」というよりは「立ち向かう」という姿勢でいなければ、こちらが負けてしまいそうなほど。作品を前にすると、秋田に暮らすなかでも感じる、猛吹雪のなかに立っているような、山のなかで獣の気配を感じるような、ゾクゾクした感覚が押し寄せます。

「立ち向かう」ほどに、自然や生き物たちのスケールの大きさに感服、そして、人間のちっぽけさを実感。さらには、そんな偉大な存在に手を加えなければ生きていけない人間が、どこか傲慢に思えてしまい、だんだんと「人間でごめんなさい」という気持ちに……。

しかし、この、ずずーんと落ちかけていた私を救ってくれるような出合いが、最後の部屋に待っていました。

そこにあったのは、150点にも及ぶ刺繍作品。「物語るテーブルランナー」というプロジェクトの一つであるこれらの作品は、鴻池さんが旅する各地で、その土地の人に聞いた話をもとに作られているといいます。例えばこんな作品が。

阿仁合あにあい嫁入り」

昭和30年(1955年)、私は米内沢から阿仁合に嫁いできました。嫁入りの話があってから嫁ぐまで1週間、その間、夫となる人に会ったのは1回だけでした。
冬、1月でした。阿仁合の駅に降り立ったら、物凄く雪が降っていました。私は高島田を結い、角巻をし、紋付き(黒留袖)を着て、爪皮つまかわのついた高下駄を履き、付き添いの男女3人くらいの人たちと、嫁ぎ先まで歩きました。降り積もる雪で極端に道幅が狭くなり、途中からは人の歩いた後もない長い登り坂を歩く心もとなさと言ったら…。結婚するという嬉しさよりも「どこまで連れて行かれるのかなあ」という不安の方が大きかったのでした。
私の家は貧乏だったので、嫁入り道具は箪笥が一つ。その中に母の形見の着物を持ってきました。子どもの頃から嫌と言うほど畑仕事を手伝わされてきたので、百姓だけはしたくないと言う思いがあり、夫となる人は、樽を作る木を売る商売人だと言うことで、結婚を決めたのでした。

「狐火の」

お姉ちゃんがお友達に用事があるというので、暗くなってから村のはずれに出かけた。子供心に一人で出かけるのが姉は怖かったのではないだろうか。
私が5〜6才の頃のお話だ。私は疲れたのか、姉の背中におぶさっていた。
すると山に火が見えたので、「あれ、何だ?!」と姉に聞いた。
姉は「何?なも見えね」と答えただけで話はぼやかされてしまった。何十年も経って、このテーブルランナーの制作が始まった頃にこの事を思い出して、姉に小さかった頃のあの思い出を聞いてみた。姉曰く、「ああ、あの時に狐火は自分も見えていたんだー」と。きっと小さかった私に説明する面倒さと、姉も怖かったのではないかと私は思った。

このようなエピソードがずらりと並びます。これらは、それぞれから聞いた話を鴻池さんが下絵に描き起こし、その下絵を元に、語った本人や仲間が手芸でランチョンマットにしているとのこと。昔の生活の様子、人間の情けなさや不思議な体験などが描かれたそれらをテーブルに並べると、巨大なテーブルランナーになるのです。

このプロジェクトは、北秋田市阿仁合、秋田市、青森市、石川県奥能登、オーストラリアなどで実施され、現在はフィンランドで進行中。

たくさんの方々のエピソードに触れるうちに、先ほどまでの「人間でごめんなさい」モードから、人間であることを認めてもらえているような気持ちに。

また、このプロジェクトについて、鴻池さんはこのようにおっしゃっています。「私は、よくある記憶を記録する、残す、ということに全く興味がありません。只々、その場、その瞬間に消えゆく人間の『ものがたり』に注目し続けるだけです。なぜなら、そこにこそ、今まで一度も注目されなかった人間という動物の、重要な芸術性が潜んでいると感じるからなのです。」

一時はあまりのエネルギーの強さに圧倒されてしまいましたが、自然と共存し、その恩恵を得ながら淡々と暮らす人間という生き物の姿にも、同様の尊さがあると信じられるようになりました。

高揚から平伏を経て、最後には穏やかな気持ちへ、私は激しく心を揺さぶられましたが、みなさんはどう感じられるのでしょう? ぜひ会場で体感してみてください。

鴻池朋子「ハンターギャザラー」
会場:秋田県立近代美術館
〒013-0064 秋田県横手市赤坂字富ケ沢62-46(秋田ふるさと村内)
電話:0182-33-8855
会期:2018年9月15日(土)~2018年11月25日(日)
料金:一般 1,200(1,000)円/高・大学生 800(600)円/中学生以下 無料
※( )内は20名以上の団体料金
※障害者手帳をご提示の方と介添1名まで半額
※視覚障がい者の方も触ってご鑑賞いただけます

【会期中の企画】
●11月10日(土)
「担当学芸員とABSアナウンサーによるギャラリーツアー」
14:00~14:40頃 当館5階中央ホール集合、要観覧券、申込み不要

●11月24日(土)
「鴻池朋子アーティストトーク」
  13:30~15:00 場所:5階中央ホール(予定)
参加無料/要事前予約/0182-33-8855 ※先着順

<鴻池朋子さん、秋田県立美術館の今後の予定については、以下でご確認ください>
鴻池朋子さんHP
秋田県立近代美術館HP