日本酒業界の超新星は72歳!
じさまの酒から学ぶライフシフト

文:藤本智士 写真:高橋希

「じさまの酒、ってご存知ですか?」
 そう言われたのは今年の2月、秋田県ではなく、宮城県仙台市のとある居酒屋にいたときでした。

 いまや秋田のセリに負けないほどに有名な宮城県の仙台セリですが、秋田名物きりたんぽ鍋にはセリが欠かせないゆえ、きりたんぽ鍋のパックに入れられて東京に流通されていました。しかし、そんな仙台セリを、『仙台セリ鍋』のプロデュースをもって仙台名物に育て上げた、セリ農家の三浦隆弘さん。その三浦さん自らが鍋奉行をつとめてくださるという、最高のセリ鍋会でのことでした。

 冒頭の一言は、そんなセリ農家 三浦さんの言葉でした。

 じさまの酒? じさまって、爺さま……? はて? と、最初はなんのことかよくわからずにいたのですが、「秋田で造っているお酒なんですよ」と持ってきてくれた一升瓶をみて納得。ラベルには、その場にいた全員が思わず笑みをこぼしたほどに愛らしいおじいさんのイラストと「じさま 純米」の文字が書かれていました。

 じさまの酒というから、なんだかドッシリとしたタイプかなと思っていたら、実に繊細な甘みと香りを含んだ爽やかなお酒! その軽やかさにびっくり。そしてさらに僕の心を鷲掴みしたのが、「これも、じさまの酒のラベルなんです」と、出してくれた一枚の細長い紙。A3サイズのコピー用紙を細長く二つ折りしたもので、これが瓶に巻かれてラベルになっていたとのこと。広げてみるとそこには、このお酒に対する造り手の思いがびっしり書かれていました。

 そこでわかったのは、このお酒はまさに、じさま(爺さま)が醸しているということ。そしてそのじさまとは、秋田県の大仙市にある「福乃友酒造」の蔵人さんだということ。

これは行かねば!

 と、すぐさま秋田の編集チームに連絡したのが今回のインタビューのきっかけです。

 酒造りがはじまる前の夏のある日、じさまに会うべく、秋田県大仙市にある福乃友酒造へと向かいました。そこで僕は、想像をはるかに超える学びと気づきをいただくことになります。

 人生百年時代の最先端を行く、超かっこいいじさまが秋田にいました。このインタビューを読み終えたら、きっとみんな「じさまの酒」を飲みたくなるんだろうなあ〜。

福乃友酒造 工場長・一星邦彦いちぼしくにひこさん。株式会社「福乃友酒造」の先代社長で、現在はその座を息子さんに譲り、「工場長」として一から酒造りに励んでいる。

じさまとの出会い

一星
どうぞどうぞ、座ってラクにしてください。今日は藤本さんがいらっしゃるということで、こちらを作ってみました。
藤本
え! 「じさま通信」臨時号!? これ、今日のために作ってくれたんですか? ヤバい! うれしすぎる!!!
一星
日頃の話をいろいろとまとめたようなもので、本当に大したことはやってないんですよ。だからこれも。ここにも書いてますが、取材を受けるのははじめてなんですよ。
藤本
ほんとですか? 光栄です。ていうか、これは最高に嬉しいです。ほんとにありがとうございます。実は、僕が初めて「じさまの酒」を飲んだのは、今年に入ってからなんです。仙台のセリ農家さんが自らセリ鍋を作ってくれるという会を仙台の居酒屋さんでやったときに「こういうお酒があるのご存知ですか?」って出してくれたのが、「じさま純米」だったんです。
一星
そうでしたか。
藤本
僕は、かれこれ6年ほど秋田での仕事を続けていて、今でも月に1度は来てるんですね。だから秋田のほとんどの銘柄を飲んでるつもりだったんですけど、「じさま純米」のことは全然知らなくて。
一星
これは、仙台にある日本酒とワインの専門店「酒のかわしま」さんのプライベートブランドなので、秋田では販売していないんですよ。
藤本
そうなんですね。知らなかったのも当然だ。
一星
最初は、試しに1本だけ造ってみた酒なんです。私好みの味で。それで、昔から知り合いだったかわしまさんに、「これ売れっかよぉ?」って聞いたら、1年目は「ダメ!」って(笑)。2年目に「うーん、80点くらいかな」って答えがきて、3年目にやっと「うん、これなら売れる!」ということで、販売が始まりました。
藤本
へぇ〜! それはつまり、かわしまさんのご判断で、ということですよね。
一星
そうです。彼にはテイスティング能力があるし、率直な意見をくれるので信頼しています。それから酒の名前の話になったんですが、特に何も決めてなくてね。そしたら、 「 “じさま”ってつけたらいいんでねぇが?」って(笑)。
藤本
ははは!
一星
結局、他に何も思いつかないってことで、「じさま純米」になったわけです。
一星
最初は、おそるおそる売っていましたよ。でも、後日開かれた試飲会に立ち会ったとき、酒をきちんとみられるお客さんが「飲めるね」って言ってくれて安心しました。
藤本
かわしまさんがキーマンだったんですね。
一星
はい。こういう試験的な販売というのはなかなかリスクがあるので、普通は嫌がられるものですけど、ちゃんと理解した上で受け入れてくれました。
藤本
いま、福乃友さんではどれくらいの量をつくっていらっしゃるんですか?
一星
最近は少なくて、300石くらい。一升瓶だと3万本ほどですね。
藤本
「じさま純米」だけだと?
一星
「じさま純米酒」は本数にすると、去年は120本くらいです。でも、喜んで飲んでくれる人が120人いるなんて、素晴らしい宝です。酔って満足、見て満足(ラベル)、になればいいかな。

ラベルの秘密

藤本
この手書きラベルと、「じさま純米」っていう名前のインパクトは相当でした。で、なにより半分に折られたA3サイズの「じさま通信」!
一星
最初はあんまり本数も出なくて、でもまあいいや、と思っていましたが、やっぱり面白くない。そこでなにかしてやろうと、ラベルを手で書くことを始めました。普段から、毎日メモをとっているんですよ。
藤本
日記みたいなものですか?
一星
そう。ノートに、「今日は変なお兄ちゃんが来て、いろいろ話聞かれたよ」とかって書くの(笑)。
藤本
もはやネタ帳ですね。
一星
まさにそう。あとで見返して、ここからネタを選ぶんです。
一星
私らの世代は、『少年画報』のような漫画雑誌が流行った時代でね、12月特大号なんかは必ずパンパンに付録が入っていたんです。私がやっているのは、それと同じ。付録みたいなものですよ。あとは、おまけ付きグリコに付いてくるおもちゃみたいなもの。「あれ? 何か変なもの入ってるぞ」っていう。
藤本
ちょっとした、プラスαの喜びみたいな。
一星
そうです。大したもんじゃないけどね。でも一番はね、金がないってことですよ(笑)。予算がないので、いつもコピーでラベルを作っているんです。こういうやつ。
藤本
わぁ、見せてください!
一星
最初はこれだけで満足していたんだけど、だんだん瓶に巻くようになって。最終的にモノトーンじゃ寂しいってことで、こういうハンコを作るようになったんです。
藤本
これ消しゴムハンコだったんですね!
一星
そうそう。特別な技術があるわけでもないから、子ども騙しみたいなもんです。でも、印刷したものじゃない生のハンコってやっぱりいいんですよね。生の字が出る。
藤本
そうですよね。手仕事の力というか。あと「じさま通信」って、いろいろなものを擬人化して語られるじゃないですか。あれが僕は最高に好きです。
一星
さりげなく、ね(笑)。
藤本
楽しいんだよなぁ。もちろん、こういう絵も一星さんが描かれているんですよね?
一星
そんな、絵ってほどのものでもないですよ。
藤本
僕、別のラベルで「かわいいクマやな」って見ていた絵があったんですけど、最後に「これは犬です」って書かれてて衝撃を受けました(笑)。
一星
ははは! あれは、クマに似た犬だね。ちょっとハンコやってみましょうか?
藤本
お願いします!
一星
ラベルの空いている所に、こうやってハンコを押すんです。
一星
なんも、どうっちゅうことはないんです。ただ、ペタペタと押すだけ。こういうハンコの色って、あたたかいですよね。ムラが出たり変な線が入ったりしますけど、いちいち手直しするようなものでもないし。
藤本
それがまた、味になっていいですよね。
一星
じさま通信はね、最初に出したのが「G1」で。これは、2回目だから「G2」。
藤本
Gはやっぱり「じさま」のGですか?
一星
そう。本当はJかもしれないけど、Gのほうが響きがかっこいいでしょ?
藤本
確かに(笑)。
一星
それで、最後にこの「純米」のハンコを……。
一星
そして、これを折って瓶に巻いてやる、と。
藤本
ちょうど酒瓶のラベルサイズになるんですね。
一星
このラベルが真似されそうであんまりされないのは、手間がかかるから。しかし逆に言えば、面倒くさいもののほうが、捨てずに大事にとっておいてもらえる気がします。
藤本
そもそも、お酒造り自体が手間のかかるもの。そこにラベルまで人の手が加わることで、造り手の思いがさらに伝わってきます。

書くことで伝わること

藤本
やっぱり、ここまで造り手を感じられるお酒ってなかなかないですよね。
一星
私もそうですが、飲み手側にまわると、造り手のことも知りたくなりますよね。なので私は、造り手として出せることを書いているだけなんです。
一星
もちろん、ルール上書けないこともありますが、技術的なことや内輪的な話も含めてなるべくオープンにして。ちょっと楽屋を覗くような気分でね。そして、こういう文章は新聞と同じで、鮮度がなくてはいけないと思うんです。となると、注文が来たときの話がいいかな、と。
藤本
ていうことは、ラベルは出荷日ごとに書くんですか?
一星
そうです。出荷日ごとに書いて、必ず日付をうって。そこにハンコを押して楽しんでいます。
一星
以前、社会見学に来た近所の小学校の子どもたちが、手書きのお礼状をくれたんです。やっぱり、そういうのを見ると気分もほぐれるし、「やってよかったな」と思うわけです。手で書いたものっていうのは、その人のことがちゃんと伝わるんじゃないか、と。だから、基本は手で書いたものを読んで欲しい。
一星
私の場合は字が下手だし、誤字脱字もあるし、たまに「もっと丁寧に書きなさい」って指摘されることもありますが(笑)。それはそれとして、自由に好きなことをやってますよ。
藤本
最近は、杜氏さんや酒蔵の思いを、一生懸命伝えようとされる酒販店さんが増えてきたと思います。仙台のかわしまさんも、きっと、そういう思いをお持ちなんだと思うんですけど、でも、僕たち飲み手が一番接するのは、酒販店さんより、居酒屋や飲食店ですよね。
一星
ええそうですね。
藤本
だけど観光客的な立場で行くと、せいぜいラベルのデザインを見せてもらっておしまいなんです。でも「じさま純米酒」の場合は、たとえ居酒屋の大将が説明してくれなくても、一緒に飲みに行く地元の知り合いがいなくても、そのラベルだけで思いがすごく伝わる。
藤本
僕は普段、文章を書いたり本や雑誌を作ったりするのが仕事ですが、商品自体もひとつの媒体、「メディア」だと思っています。だから、造られた人のストレートな思いが書かれているのを見て、まさにこれが原点だと思いました。「これがいいんだ!」って。
一星
おっしゃる通りです。いろいろな日本酒の飲み方を提案するのが、私の仕事。昨今の日本酒のレベルは格段に上がりましたし、外国の方にも喜ばれる時代ですが、うちの酒は酒販店さんを通じて、「なんだか変なオヤジがいるなぁ」って、リラックスしながら飲んでもらいたい。酒は酔うものですからね。
一星
そして、そのなかでなるべく日本酒のことを伝えてあげたい。立派なラベルを貼るのもいいけれど、それよりは、この酒が出来上がるまでのちょっとした失敗談とかを書いたりしたほうがいいな、って。ものを書く以上は責任がありますから、いわゆる嘘偽りは書かない。ありのままを書く。その代わり、ネタはその辺に落ちているような日常のことばかりです。みんなに共通するようなことでいいんじゃないかな。

造り手と飲み手

藤本
仙台の「酒のかわしま」さんは、ワインの取り扱いも多いんですよね。
一星
そうです。ワインと地酒が専門ですね。秋田の酒だと、『刈穂』とか『雪の茅舎』とか、結構置いてくれていますよ。
藤本
ヨーロッパの小さなワイナリーって秋田の蔵に近いなあとか、ワインの知識が豊富だと、同じ醸造酒として共通点を感じることも多いと思うんです。だからこそ、その一方で日本酒ももっとこうなればいいのに、というイメージをかわしまさんはお持ちなのかな? って感じました。
一星
ワインってラベルが個性的ですよね。絵画のようなラベルもあったり、私もそういう部分に触発されますよ。
一星
きっちりと、四字熟語みたいに筆文字で書かれているのも日本酒らしくていいと思うんですよ。でも一方で、別の角度からお客さんにアピールする日本酒もあっていいんじゃないかな。
藤本
僕ら飲み手としては、選択肢があればあるほど幸せです。

1からやってみたい

藤本
実は「じさま通信」のなかで、「このお酒を醸すようになって10年」って書かれていてびっくりしたんです。
一星
ええ、まだ10年ちょっとです。私は昭和21年(1946年)生まれ、今年で72歳。ビートたけしさん世代ですね。
藤本
ちなみに僕の父は22年生まれなので、近いですね。
一星
そうでしたか。もともと私は、経営者として杜氏さんが造ったものを売る、要は営業活動もしておりました。でも、息子が経営をやりたいということで、任せることにして。
藤本
それはおいくつのときですか?
一星
私が60歳のとき。息子が30そこそこだったかな。普通であれば老境に入るところですが、周りに同世代の仲間がたくさんいることだし、私は少しずれようと思ったわけです。5、6年くらい遅れて年寄りの世界に入ろう、と。
一星
ということは、その間若くいなければいけないので、下の世代の人たちと付き合っていこうと決めました。だけど、スマホも何も持ってなくて……。そう、この“らくらくホン”しかないわけです。そしたら、できることって「書くこと」しかないんです。
一星
やっぱり20代、30代のときが一番感性が豊かですよ。最近、秋田ではそのくらいの年齢の経営者が増えているので、より活発になったと思います。でも、昔はなかなか交代しないものでね。
一星
横綱は引退すればただの人ですけど、我々はね……。また1からやるってことで。社長をやったからどうのこうのではなく、もう一度最初から「蔵人」という形でやっていくことにしました。
藤本
1からのスタート。
一星
そうすると、やっぱり面白い。「これまでの考え方は、本当は違ったんだ!」ということがたくさん出てくる。うわぁ、恥ずかしいな、って。だからいま、私は若い杜氏と一緒にやってるわけです。日々新しい発見がある。
一星
そしてもうひとつ、改めて酒造りの奥深さがわかりました。実は、『由利政宗』の齋彌さいや酒造さんの高橋藤一たかはしとういちさんは私と同世代なんですが、高橋さんは、ずっと杜氏の道を歩んできた大杜氏さんです。かたや私は、10年前に酒を造り始めた。だから、あの方がいる場面では、私はずっと端っこのほうにいる。
一星
もう、尊敬の気持ちしかないんです。自分が酒を造るようになって、杜氏さんのすごさがわかりました。もちろんあの域に達することはできないけれど、自分なりに何か面白いことがしたい。虎視眈々と。
藤本
息子さんと経営を交代されたとき、杜氏さんは他にいらっしゃったんですか?
一星
ええ。でもご年配の方で、そろそろ引退するころでした。
藤本
そういうタイミングでもあったんですね。
一星
息子はちゃんと醸造学を学んできたのでね、それなら彼に頼もう、と。自分が20代、30代のときに思ったんですが、こういうことは若いときにやったほうがいい。本人に「やりたい」という気持ちがある以上は、どんどんやってもらったほうがいい。
藤本
すごいなぁ。そういうときって、「あとは任せた。俺は引退だ」ってなるじゃないですか?
一星
そうですね。でもやっぱり、「1からやってみたい」という気持ちが強くてね。例えば、新政酒造の佐藤祐輔くん。まだ若いのになかなかの人物で、彼は彼のよさでどんどん突っ走っている。でも、そこで私はぐっとその下へ来て、「よし、今度は俺があいつを追っかけてやるぞ!」っていうね。
藤本
は〜! すごい!
一星
彼がやろうとしていないことを、自分がチャレンジしたいっていう気持ちがありますね。

じさまのライフシフト

藤本
面白いなぁ。この少子高齢化の時代、いろいろな不安が大きくなりがちですが、僕は単純に「寿命が伸びるっていいことじゃないかな」って思っていて。
一星
ええ。
藤本
最近『LIEF SHIFT(ライフ・シフト)』という海外の本が話題になっていて、そこには、直にみんなの人生が100年という時代になりますよ、ということが書いてあるんです。最近テレビをみてても思うんですけど、明石家さんまさんが還暦で、ダウンタウンさんも55歳とかじゃないですか。でも、僕らが子どものころ、欽ちゃんは50代くらいでもうテレビから少しずつ身を引いていた気がするんです。
藤本
つまり、すでに、これまで以上に働く期間が長くなってるってことだと。先の『LIFE SHIFT』によれば、僕ら世代(40代)の半数は95歳以上。いまの20代の半分以上は100歳以上生きるという予測が出ているそうです。そんな風にどんどん寿命が伸びている僕たちが、今後の人生を長く楽しんでいくには、これまでの経験をリセットする気持ちで、新しいことに挑戦していくことが大事だと思うんですね。
一星
そう。楽しく生きることに年齢は関係ないのでね。
一星
うちにも20代の子はいますが、私はあんまり「ゆとり世代だね」なんて思いません。できないことがあっても、それはたまたま目上の人がそうやって勉強させたからであって。
一星
例えば、礼儀作法を知らなくてもそれは学ぶ機会がなかっただけで、「そういうときはこうすればいいんだよ」って、いま教えればいいんです。共生するというか、お互いに知恵を出し合って。
藤本
本当に。まさにそう思います。
一星
「なるほど、若いもんはこういう感覚でものを見るのか」という感覚でいたほうが、いろいろなことが見えてくる。ほら、缶コーヒーのCMで「この惑星の住民は……」ってありますよね? 外国の俳優さんが出てるやつ。
藤本
BOSSのCMですか?
一星
そうそう! まさにあの方の心境ですよ、私は(笑)。
藤本
じさま通信のなかで、醸しだして10年、最初の3年は「作業」として頑張って、次の3年はようやく「仕事」になってきて、いまようやく「面白み」に気づいてきた、っていう言葉が書いてあるのを読んだとき、本当にすごいと思いました。
藤本
昔は、作り手は杜氏さんであって、経営者はあくまで経営者ということで、酒造りの部分はあまり教えてもらえなかったそうですね。
一星
はい。そういう風習は、いまも少なからずあると思います。それはそれで、守っているものがあるのでいいんです。
ただ、我々もヨーロッパのワインと同じで、小さくても醸造し続けるチャンスはいくらでもあるんじゃないでしょうか。いま、酒蔵は全国で1200ほどありますが、案外減らないんです。
藤本
それこそ、佐藤祐輔さんはじめ、「NEXT5(*)」と呼ばれる方々はじさまの息子さん世代だと思うんですが、経営者兼杜氏という境遇はどちらかというと一星さんと似ていますよね。

*NEXT5…秋田県内の5つの蔵元が、技術交流、情報交換などを目的に結成したグループ。共同醸造を行うなど、従来の酒造りからは一線を画す動きで注目を集めている。
一星
そうですね。ただ私の場合は、グループでなくて「ピンでいいよ」っていうタイプかもしれない。
藤本
なるほど。でもときに相談しあいながら高め合うことができないと、つらくないですか?
一星
逆に、ひとりで自由に好きなことができると思います。やりたいことがあれば、誰かに相談する必要なく、自分で決断して動ける。グループの良さももちろんわかりますし、みんながそれぞれの持ち味を突き詰めていければいいと思うんです。そうして、知らないうちに芽が広がって、秋田の酒造りの世界は元気でやっている、という姿を飲み手の皆さんに見てもらえれば、それに越したことはないです。
藤本
そうですね。
一星
そういえば、息子宛にZOZOTOWNっていうところから箱が届いたんですよ。
藤本
ZOZOTOWN、はい。
一星
なんだか不思議な名前なので、ずっと気になっていてね。そしたら、そこの社長さんが、プロ野球球団を持つ云々ってニュースになったでしょう? そこで私は、「なるほど、このお兄さんならやるかもしれない」と思ったんです。
一星
スポーツは、それ自体が楽しいのはもちろんですが、そこにエンターテインメント性が加わることで、さらに面白いことが球場の外でも生まれていきます。既存のものの角度を変えて面白くできるというのは、日本酒にも通じるところがありますね。一生懸命造ることは大前提ですが、違う目線を持って「いかに見てもらうか」を考えるのもすごく重要です。
藤本
そのとおりですね。
一星
私も以前は、きちんとしたものを書かなきゃいけないという意識があったんですが、最近ある方に、「 “下手うま”って言葉があるんだよ」と言われましてね。
藤本
ふふふ。
一星
確かに、ちょっと下手っぽいイラストでも、何を描こうとしているのかさえ伝わればいいのかもしれません。
藤本
むしろそっちのほうが、面白かったりしますよね。
一星
それに、同じものを繰り返しても、つまらないと思うんです。うちの酒を飲んでくれている方に、もっともっと楽しんでもらいたい。グリコのおまけでもね、「今回は何が入っているかな」って楽しみがあるでしょう? あれと同じように、もっと人を楽しませたいし、喜ばせたい。それがいま、必要なことじゃないでしょうか。
藤本
ひょっとしたら、この「楽しませよう」っていうシンプルな気持ちが、この業界にはあまりなかったのかもしれないですね。
一星
いまの私は、特別な役職も何もない。要するに、まっさらな状態で思っていることを言える。
一星
これがもし、商工会の副会長とか何かの委員長になってしまったら……。大きい声では言えないですけど、そういうのも嫌で辞めたんです。何時間もかけて会議を開いても、ただお弁当だけ食べて帰ってくることもあって。それなら私は、役職は要らないと思いました。
一星
立派な立場なんてなくても、自分の思うままに生きたほうが、そっちのほうが面白い。体が自由な状態でいると発想も自由になってきて、自分の心に合った火が、胸のあたりにポッポッと灯り始める。そうすると、今日みたいないい出会いも生まれます。
藤本
こちらこそ、本当にありがたいです。ちなみに、やっぱり今日は「じさま純米酒」は買って帰れないんですよね?
一星
本当に申し訳ないですが……それはできません。でも、今後何か別の形でご一緒できたらいいですね。
藤本
ぜひ、やりたいです!
一星
やっぱり私自身も、秋田でもっと大きくなれたら刺激になっていいと思うんです。何かやってみたい!
一星
酒は、楽しいことを想像しながら、笑いながら飲むのが一番。百薬の長ですよ。今日はどうもありがとうございました。
藤本
こちらこそです。勇気をいただきました。
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