秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:矢吹史子

写真:矢吹史子、船橋陽馬

写真提供:小倉ヒラク、鈴木了

八森・ハタハタフィーバー!!

2019.01.09

毎年12月になると、秋田県沿岸に産卵のためにやってくるハタハタ。秋田ではこれを「季節ハタハタ」と呼びます。
かつては漁獲量が2万トンを超える時代もありましたが、近年は1000トンを下回るまでに激減。しかし、全盛期に培われた秋田県民のハタハタ愛は今も健在! この時期になると、秋田はハタハタで沸き立つのです。

2018年12月。今年も季節ハタハタのシーズンがやってきました。そして、水揚げがあったとの知らせが!

ということで向かったのは、秋田県沿岸の最北端にある八峰町はっぽうちょう。この町で、ハタハタに沸き立つ人々をレポートします!

漁港の選別フィーバー!!

ご覧あれ! これぞ季節ハタハタ!! 水揚げされたハタハタは、ここからオスとメスに選別したのち出荷されます。秋田では「ブリコ」いう卵を持ったメスが好まれ高値が付くのです。漁港周辺で行われる住民総出の選別作業は、秋田の冬の風物詩ともいえます。

季節ハタハタは、漁船による定置網漁や刺し網漁が主ですが、漁港は連日、家庭用にとハタハタを求めてやってきた釣り人でぎっしり!

次に訪ねたのは「ひより会」という漁協女性部の加工グループ。この日は加工場で、獲れたてのハタハタで作る魚醤ぎょしょう「しょっつる」の仕込み作業をしているとのこと。

ひより会のしょっつるフィーバー!!

加工場に入るなり、ありました!大量のハタハタ! この日は5名の女性が「新鮮なうちに仕込まねば!」と言わんばかりに、ものすごい勢いで作業しています。声をかけるのもはばかられるくらいの活気のなか、お話を伺いました。

ひより会
ここにあるハタハタは昨日揚がったもので、これを、洗って、水切りして、計量して、塩を加えて、撹拌かくはんして……。撹拌は、月に1回くらい、頻繁にやるんです。ハタハタを丸ごと漬け込むのは年に1回。今日だけなんですよ。

——1年で今日だけ?! それは、良いときに伺えました。

ひより会
これが1年以上経ったもの。身が解けるにつれてだんだんドロドロになって、骨と身と液体に分かれるんです。その液体のサラサラの部分をして商品にします。
1年漬け込まれて、粉々になった骨は底に沈んでいる。

——わ〜!! ハタハタの影も形もなくなるんですね。加えるのは、塩だけなんですか?

ひより会
あとは酵素を入れます。これは発酵を促進させるためのもので、添加物にはあたらない自然のものを使っていますね。
今年は20kgずつ20樽漬けます。自分たちの手で作るので、この場所でやるにはこの量がちょうどいいんです。いま漬けたものは、1年かけて来年商品になるんです。

——1匹丸ごと、 内臓も取り出さないんですね。

ひより会
そうですね。今日仕込んでるのはそのまま。でも、ほかに「吟醸ぎんじょう」っていって、身だけで漬けるものも作っています。この小さいハタハタから内臓を取っていくのって、すごい手間なんですよ。だから吟醸はちょっと高価なんです。味は丸ごとのほうがコクも香りもあるけれど、吟醸はまろやかで上品なかんじかな。直接、ドレッシングにも使えるし、おにぎりの味付けにしてもいいんです。ひより会の商品は、道の駅「はちもり」とか、秋田空港にも売ってますよ。
ひより会のしょっつる。左が吟醸。「10年熟成」という商品まであるそう。

——もともと、しょっつるは、みなさんの家庭で作られていたんでしょうか?

ひより会
作っている家もあったんですが、そんなに多くはないですね。家庭でやるには大変な作業なんですよ。私たちは「郷土の伝統食を伝えていこう」とこの会を結成したんです。しょっつるは、地元の山本地域振興局の講習を受けて、平成14年から始めたんです。最初は臭みも強かったんだけど、振興局の農業改良普及員の方と何回も試作を繰り返してここまできました。
ひより会では、しょっつるのほかにも、ハタハタ寿司や佃煮とか、ほっけのすり身……八森で獲れたものを加工して商品化しているんですよ。

——今年のハタハタは食べましたか?

ひより会
食べましたよ〜。もちろん、しょっつる鍋にして。このあたりの人たちは、具はほとんど入れないの。昆布出汁にこのしょっつるを加えて、ハタハタとネギを入れるだけ。そして、一人で一度に8匹も10匹も食べるんですよ。

 大量のハタハタを目の前に、一心不乱に仕込みをしていくひより会のみなさんですが、その真剣な姿の奥に、どこかお祭りのような高揚感がにじみ出ているのを感じずにはいられません。

その後、近くにハタハタ寿司を漬けているお宅があるという情報をキャッチ! 早速訪ねてみることに。
ハタハタ寿司とは、ハタハタを、麹、野菜、砂糖、塩、酢などで漬ける飯鮓いずし。秋田では、大量に獲れたハタハタを寿司にして食べる習慣があるのです。

干場さん家のハタハタ寿司フィーバー!!

やってきたのは、八森にお住まいの干場憲三ほしばけんぞうさんのお宅。突然の訪問ながら、奥さんの次子つぎこさんとともに、気さくに迎えてくださいました。早速、ハタハタ寿司を漬けているという小屋へ案内していただきます。

——わ〜!麹のいい香り。

次子さん
これは、友だちや家族の分。それぞれ名前を付けて漬けてるんです。できた寿司は毎年みなさんに送っているんですよ。

——味のある樽ですね〜。昔から使い込んでいるものなんですか?

憲三さん
そうです。昔からずっとこれを使ってます。うちの寿司は、鮮度と重石おもしが命!

——結構な量の重石をかけてますね。

憲三さん
これで歯ごたえが決まるの! 最初の食感、それがどうなるかで善し悪しが決まるんですよ。うちのはかなり硬いと思います。噛んで噛んで、だんだんコクが出てくる。お酒を飲む人にはいいと思いますよ。毎日重石の傾きを調整してるんですよ。

——毎日?! 熱の入れようが違いますね。

次子さん
開けてみますね。これは、少し前に沖合で獲れたハタハタを漬けてます。沖で獲ったのと、丘(沿岸)のでも肉質が少し違うんですよ。沖のほうが脂が乗っていてコクがある。丘のはさらっとした感じ。ほんとのちょこっとの違いなんだけどね。
次子さん
これはもう漬かっているので、このあと食べていってください。
憲三さん
こちらは、明日漬け込む分。これは昨日沿岸で獲れたもので、まずは、頭や内臓を取って、洗わずに、そこにがばっと塩をする。それを今朝、山へ持っていって山の水で洗ってきて、いまは5杯酢に漬けています。明日、これを取り出して、麹と炊いたごはん、にんじんとショウガと一緒に2週間くらい漬けていくんです。すると、だんだんれてくる。うちのはお砂糖は入れない。みりんを少しだけ入れますが、麹で甘みを出すようにしているんですよ。

ご自宅におじゃまして、先ほどの寿司を早速いただいてみます。

—1匹そのまま漬けているんですね。

次子さん
今年は大きいのは高くてね……だから、小さいのを、切らずに1匹まんま漬けるんです。どうぞ、お口に合うかわかりませんけど。

——いただきます。ん! この食感! このきゅっと締まった歯ごたえがちょうどいい! こだわりが出てますね〜。甘すぎず、しょっぱすぎず……バランスがものすごくいい! とっても上品な味ですね。

憲三さん
これは、嫁が母から受け継いだ味。
次子さん
母と一緒にやりながら覚えたんです。
憲三さん
私は兄弟がたくさんいるんですが、市販のハタハタ寿司を食べても「これは寿司ではない!」って言うんです。

——ご自宅の味が一番!と。この味はお子さんたちにも引き継いでいるんですか?

次子さん
やりませんよ〜。面倒な作業なのでね。でも、食べるのは好きみたいですね。

——今も漬けているお宅はこのあたりはたくさんあるんでしょうか?

憲三さん
今はもうほとんどなくなってきていますね。ハタハタも高くなってしまったし。
次子さん
昔は、漁師さんから大量に譲ってもらえるくらい、たくさん獲れてたの。
憲三さん
私は郵便局に勤めていたんですが、電話がくるんですよ「ハタハタもらいにこい!」って。そうすると「箱持ってこいよ」って、必ず言われるんです。10キロ入る木箱。当時は箱のほうが高いんですよ。リヤカーに箱を積んで取りにいきましたよ。そうすると、女性陣はブーイング。
次子さん
そのぶん、漬けないといけないからね(笑)。
憲三さん
ハタハタはもらう魚だったからね。この時期、漁港には行けないんですよ。「いいどごろさ来た!」って顔を見れば「ハタハタやる」って。もらう分がただの量じゃないから、こうやって漬けるんですよ。

——秋田の人にとっては、ハタハタはなくてはならない魚ですね。

次子さん
そう。禁漁したときも(秋田県では平成4年から3年間、資源回復のために全面禁漁を行った)、秋田では獲れないんだけど、青森では獲ってるから、そこまで買いに行きました。
憲三さん
かつては、漁師にとっても、ハタハタはボーナスだったから。漁期が1〜2週間くらいしかないんだけれど、その間で200万、300万と稼いでいたんですよ。

——そんなに!?

憲三さん
ハタハタが獲れるか獲れないかで、私のいた郵便局への貯金の額も変わるので、重要なんですよ(笑)。

——ははは! なるほど。

次子さん
八峰町には、やっぱりハタハタがないとね。

聞けば、全国各地の熟れ鮨や発酵食を食べ歩いているという干場さんご夫妻。ハタハタ寿司のさらなるレベルアップにも余念がないようです。
漁獲量は減っているとはいえ、ハタハタを目の前にした秋田の人々の熱狂ぶりはまだまだ衰えていないようです。

次回は八森漁港で開かれているという「はちもり観光市」に潜入! ここでもハタハタフィーバーは繰り広げられていました。

*ハタハタをもっと知りたい方は、こちらの記事も併せてご覧ください!(なんも大学  食と暮らし学「ハタハタ」)