

始まりは一本の糸
秋田の自然が編み出す世界
2019.02.06

これは、羊歯植物をイメージして作られたピアス『shida-maruba 02』。クルミの皮で染めた一本のレース糸を切ることなく、一筆書きのように編まれています。

作者は、かぎ針編みアクセサリー作家・藤田美帆さん。
天然の植物の色素を使って自ら「草木染め」をした糸で、自然をモチーフに編み出される作品の数々は、全国各地の雑貨店や受注会で注目を集めています。


極細の糸で編まれた繊細さの中に潜む、自然界の力強い生命力。さまざまな要素が絡み合った作品が生まれる様子を確かめるべく、秋田県潟上市にある藤田さんの作業場へお邪魔しました。

- これは、草木染めする前の糸で、精錬は終わっています。
——精錬?
- 中性洗剤を入れたお湯で、糸を1時間ほど煮詰める作業です。そうすることで、細かい汚れが落ちて染料がうまく入っていき、ムラなく染めることができます。
特に、私が使っている綿は、こうしてあげないと中まで色が入っていかなくて。最初は色が入っているように見えていても、退色が進みやすくなるんです。

- 精錬したら、下処理として糸自体にたんぱく質を染み込ませます。
——たんぱく質ですか?
- そうです。たんぱく質が染料と反応して繊維に色をつけるんです。なので、動物性の糸(絹やウール)だとすごく染まりやすいんですが、私が使っている植物性の糸(綿100%)は濃い色に染まりにくくて。だから、大豆を使ってたんぱく質を染み込ませます。
——へぇ〜!
- 大豆をふやかしてミキサーにかけたら生の豆乳を絞り出して、それに糸を浸しておくと1時間ほどでたんぱく質が染み込んでいきます。

- そして、染液を作ります。基本は、植物を煮出して抽出した染液を濾して、熱いうちに糸を浸します。ただ、使う植物によって染め方もいろいろ変わってきますね。
染色したら、退色防止と発色を良くするためにまた別の液体に浸して、また煮汁に戻して、最後に天日干しをして完成。もっと濃い色に染めたい時はこの工程を繰り返すので、場合によっては1日で終わらないこともあります。

——編む前からいろいろな行程があるんですね。糸の下準備というスタートのところから自然の力で作られていて、こだわりを感じます。
- 自分でできることは、なるべく自分でやりたくて。もちろん手間ではあるんですけど、そういう作業もなんとなく楽しかったりします。楽しみや感動を体験しながら、それを作品に落とし込んでいくというか。
それがないまま全部市販のもので作って、色も既成のものを使うというのは、私の中では少し違う気がしています。

——ふだん、どんな植物で染めるんですか?
- いろいろありますよ。藍の葉っぱ、小鮒草、クルミの皮……そうそう、栗のイガで染めるとグレーっぽくなるんですけど、渋皮煮を作ったあとの煮汁で染めると少し紫がかってとてもきれいです。


- この黄色の糸が、小鮒草で染めたものです。八丈島の伝統工芸「黄八丈」で使われるものと同じですね。
——緑の葉っぱだから緑色に染まるとか、そういう単純な仕組みじゃないんですね。想像と違った色が出てくると楽しいですね。
- そうなんです。初めての植物はどうなるかわからないので、きれいに染まると感動します。

——草木染めのやり方はご自分で調べたんですか?
- 7年くらい前、大学でお世話になった先生の奥様に教えていただいたのがきっかけです。編み物をやり始めたのは10年前くらいで、最初は市販の糸で編んでいたんですが、色が少しキツいと感じていました。
でも、草木染めの自然な色合いは好きだったし、編んでいた作品のモチーフも自然のものだったこともあって、それから少しずつ覚えていきました。

——では、学生の頃から染色の勉強をしていた、というわけではなかったんですね。
- はい。大学では、生産デザインを勉強していました。平面じゃなくて、立体物系というか……どちらかというと、工業製品寄りですね。
でも、それはいずれ「デザイン」の方向で生かされていくもので、実際に形にするのは自分じゃなくて職人さんなんですよね。それに気付いた時、「自分の手を動かしてものを作りたい」という気持ちが少しずつ強くなっていきました。





——なぜ糸を切らずに作るんですか?
- もともと編み物というのは、ひと繋ぎの一本の糸で編んだりするので、なんとなくその流れをくんでいます。
でも個人的には、モチーフを繋げた時に枝の部分にコブができたり、つなぎ目が目立ったりするのを避けたくて。

——それにしても、糸も針も本当に細いですね。
- 細い糸できっちり編むことで洗練されていくというか、編み物独特の「あたたかさ」が抜けるんです。
糸はフランス製のものを使ってるんですが、日本製の糸より艶があってしっかりしているので、ほっこり感が抑えられますね。


——作品の温度を下げることを徹底されているんですね。それに、この作業場も「実験」とか「研究室」みたいな雰囲気で……もしかして、「風の谷のナウシカ」とかお好きですか?
- 大好きです! 植物がたくさんある地下室の雰囲気とか。
——私も好きです! ナウシカが作った秘密の地下室ですよね。植物の胞子が飛んでいて、試験管とかビーカーがある感じ。

——藤田さんの作品を見ていると、不思議な感覚になります。キノコや植物のような自然のものを、糸で再構築しているような。
- 再構築! なるほど、そうかもしれません。
アクセサリーを作る時、ブローチなどよりは耳元で揺れる房のようなものを好んで作るのですが、家の周りにもアカシアや藤の花のような揺れる房状の植物が多くて。小さい時から身近にあって、触れていたからかもしれませんね。
——艶やかな花よりも、淡々と自生する植物の方が気になるというか。
- そうですね。この辺りにはいろいろな植物が生えていて、夏場は近くの林がジャングルみたいになります。キャンプも好きでよく行っていたので、常に野生の中にいる感じ。それと私、貝殻とか石も好きなんです。

- 近所の出戸浜の海で貝殻を拾ったり、友だちと一緒に荒川鉱山跡地(秋田県大仙市)に行って石を拾ったりしてました。最近は熊が怖くてあまり行けてないですが……。
——一つひとつ丁寧に並べられてますね。愛を感じます。

——こういった自然のものからインスピレーションを受けて、作品に反映されるんですね。
- そうですね。最近は、鉱物の硬さを少しでも作品に込められたらと思って、試しにこういうのを作ってみました。

- あとは、キノコも好きです。去年、ホームセンターにエノキの栽培セットが売っていたので、観察しながら育てて、ちゃんとおいしく食べました(笑)。
——植物、貝殻、鉱物、そしてキノコ。藤田さんにとって、秋田は素材の宝庫ですね。
- 今後はアクセサリーじゃなくて、もっと大きいのを作ってみたいんです。こういう標本箱の中身をびっちり埋めるくらいに。

——まるで本物のエノキみたい! こういう密集したものがお好きなんですね。
実は私、集合体がちょっと苦手なのですが、なぜか藤田さんの作品は見ていたいんですよね。怖いもの見たさというか……(笑)。
- そうなんですね(笑)。やっぱり私は、ぎゅっと束になってるものとか好きなのかもしれません。このエノキも、気付いたらどんどん増えて成長しちゃって。

——草木染めがしたいとか、石の硬さを探求するとか、藤田さんが好きなものの根っこに近づけば近づくほど、この土地に根付いていく感じがしますね。それこそキノコみたいに……
- 菌糸を広げてる感じ(笑)。
——そうですね。より土地に、生活に近くなっていく感じ。

- モチーフが、当たり前のように身近にあったのが良かったですね。わざわざ遠くまで出かけなきゃいけない環境だったら、こうはならなかったかも。草木染めも生活の一部というか、自然な流れでできるところに楽しみを覚えます。
でも、自分ではまだまだ浅いと思ってます。いろいろ試行錯誤しながら、それでも大事にしたい芯の部分は変えないで、もう少し根を広げていきたいんです。
それこそもっと太い糸で編んでみたり、暖色系の色の糸を増やしたり、素材をコットンじゃなく麻にしたり。これからやりたいことがたくさんありますね。

藤田 美帆 / Miho Fujita
http://fujitamiho.petit.cc/