秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

文:成田美穂 写真:高橋希

木都能代の木の実屋
ナッツとドライフルーツのお店「木能実」

2019.04.10

秋田県北部に位置する能代のしろ市。古くから天然秋田杉の産地として栄え、製材業が大きく発展した明治のころには、「東洋一の木都もくと」と呼ばれていました。

いまも多くの製材所が立ち並ぶまちの一角に、ナッツとドライフルーツのお店「木能実きのみ」がオープンしたのは2017年9月のこと。

ナッツとドライフルーツのお店「木能実」。
ほんのりと木の香りが漂う店内。店舗設計、施工、商品棚の製作などは、地元の建設会社や木工家具職人が手がけたもの。
うれしい試食コーナー。秋田杉で作られた丸いお重と木の実は相性ぴったり。

木能実・高濱遼平たかはまりょうへいさんは、東日本大震災から半年後の2011年9月、神奈川県の小田原で黒糖とナッツの専門店「wara no bag」を始めました。

そして2017年、奥様の奈保子なおこさんの故郷である能代市にお店を移転し、2018年に店名を「木能実」に変え、秋田県内の果物や野菜を使ったオリジナル商品を次々に開発しながら、自然素材の魅力を伝えています。

木能実・高濱遼平さん、奈保子さんご夫妻。

ナッツくん、黒糖マカダミアに出合う

——お店でいちばん人気の「黒糖マカダミア」をはじめ、クルミやアーモンドを使った商品もたくさんありますね。巷では、遼平さんを “ナッツくん” の愛称で呼ぶ人もいるとか。

遼平さん
そうですね。小田原にいた頃からそう呼ばれていました(笑)。確かにナッツは好きでしたけど、まさか自分で商品を作ってお店まで出すなんて、思ってもいませんでしたね。
wara no bag時代からの人気商品「黒糖マカダミア」。

——小田原でお店を始めるまでは、どんなことをされていたのでしょうか。

遼平さん
学生時代は、食材生産から製造、流通、販売までの幅広い知識を身につけるために、宮城大学の食産業学部に通っていました。

食や環境問題についてはもともと関心があって、昔から漠然と「地球にも人間にもやさしいことがしたいな」と思っていました。

うまく言えないんですけど、人の健康を究極まで突き詰めたら、それは地球の健康にも繋がるんじゃないか……みたいな。ただ、それをどう形にしたら良いのかずっとわからなかったんです。
遼平さん
就活中だった大学3年生の時、教授に紹介していただいた会社の入社試験に落ちてしまったんです。その時、「あれ? 僕が本当にやりたかったことって何だっけ?」と思ったと同時に、なぜかふと「白川郷に答えがある」と感じて……。

——え? 白川郷って……岐阜県の白川郷ですか?

遼平さん
そうです。意味わかんないですよね(笑)。でもどうしても気になって、卒論で猛烈に忙しいなか、先生に頼み込んで飛び出しました。

するとそこで、とあるお坊さんに出会って、合掌造りの屋根から雪解けの雫がポタポタ落ちる美しい景色のなかで、何時間も立ち話したんですよ。

——白川郷でお坊さんと立ち話……。

遼平さん
実はその当時、お坊さんの生き方にも興味があって、頭の片隅に「出家」の二文字も浮かんでいたので、思い切って相談してみたんです。そしたら、「社会に出て働くことが何よりの修行だ」と言われて、そこで就職活動を再開する決心がついて、入社したのが全国規模の牛丼チェーン店でした。

——あっという間の展開ですね。でもそこは、遼平さんが目指すところとは真逆の世界なのでは?

遼平さん
その通りです。でも、人間の健康にも地球環境にもやさしくて、その土地の食材を生かして丁寧に作られるスローフードを極めたいからこそ、真逆のファストフードの現場を見るのも面白いかな、と思って。

大学卒業後の2年半だけですけど、渋谷、横浜、町田、いろいろな環境で働いて、接客の基本や組織のしくみを学んで、「世の中、こうやって成り立っているんだ」と知りました。

いま思うと暗黒時代でしたけど(笑)、その経験のおかげで、いま、どんな仕事でも楽しめるようになりました。

——確かに、真逆の世界から得る学びは相当大きいと思います。

遼平さん
そんな感じで仕事に追われていたある日、大学時代の恩師がハワイに留学すると聞いたんです。昔から、ことあるごとにお世話になっていた方で、なぜかその時に会わなきゃいけない気がしたので、奇跡的に取れた8連休を使ってハワイに行っちゃいました。

——「行きたい」「会いたい」と思ったら即行動!

遼平さん
そうなんです(笑)。ハワイのマカダミアナッツって、食べたことありますか? 日本で買うより安いうえにすごくおいしいんですよ。それで毎日ポリポリ食べていたら、ふと「黒糖と和えたらおいしいだろうな」と思ったんです。

——ふと、ひらめいたわけですね。

遼平さん
というのも、熊本出身の父の影響で、黒糖とクルミを混ぜたお菓子を小さい頃から食べていたから、なんとなく味に馴染みがあったんです。それで、「クルミが合うならマカダミアナッツもきっといける」って。

それで帰国したあと、スーパーで買ったマカダミナッツと黒糖を試しに混ぜてみたら、やっぱりおいしかった。ただ、黒糖は産地によって味が全然違うと聞いていたので、手当たり次第取り寄せてはマカダミアナッツと和える作業を続けました。その結果、沖縄の波照間島の黒糖が相性抜群だったんです。
遼平さん
波照間島の黒糖は、サトウキビの搾りかすを燃料にしているので、石油や石炭と違って環境への影響がゼロだし、なんかもう……自分が思い描いていた理想が、そこで一気に繋がっちゃったんですよ。

それに、ハワイから帰国したすぐ後に震災が起きたこともあって、「これからは自分の好きなことをやろう」と会社を辞めて、お店を始めました。

小田原から能代へ

——奈保子さんも、高校卒業後に能代を出て、遼平さんと同じ宮城大学へ通われていたんですね。

奈保子さん
そうです。私は「事業構想学部」というところで、地域のビジネスプランニングやマーケティングを学んでいました。だからいまは、商品の製造や加工については遼平さんが担当で、私は主に経営の部分を見ています。

——いずれは故郷である能代へ戻りたい、という気持ちはあったのでしょうか?

奈保子さん
そうですね。それに、お店が小さすぎたのでナッツや果物を加工する機械が入らなくて、小田原での製造自体に少しずつ限界を感じていました。小田原はいいところでしたが、「じゃあここで他の物件を探そうか」という気持ちにもなれなくて。
遼平さん
もともと、ふたりとも縁もゆかりもない土地だったけど、住まいや職場の関係上ちょうど良い位置にあるのが小田原だったんですよね。
奈保子さん
そこで、能代で美容院を経営している私の母に相談したら、「うちのお店の土地でやったら?」って。
奈保子さん
でも、価格帯がほかのお菓子と比べて高めのため、受け入れてもらえるか不安でした。だから最初は、店頭での売り上げよりも、通販や卸の方がメインになると予想していました。

でも、ふたを開けてみたら、直接お店に買いに来てくださるお客様の方が断然多かったんです。皆さん、プレゼントやお土産として選んでくださって。

——たしかに、軽くて日持ちもしますし、プレゼントや手土産にぴったりですね。それに、体にやさしい素材ばかり。誰かに贈りたくなる気持ちがわかります。

ギフトラッピング用のメッセージタグやリボンも種類豊富。選ぶ楽しみが増える。

——周囲の環境やお客さんの雰囲気は、小田原時代とは違いますか?

遼平さん
うーん……僕としては、同じ延長線上にあるというか、小田原でできた繋がりはいまも大切だし、あまり大きな違いは感じません。

ただ、食べ物と水がおいしいのは間違いないです。初めて秋田の水道水を飲んだ時は感動しました!
奈保子さん
私はここが地元なので、お世話になった先生や近所の方々がお客様として来てくれるのがうれしいですね。それは、小田原では経験できなかったことかな。

自然の恵み、そのままに

——果物の加工品というと、ジュースや缶詰が多いイメージがありますが、特に秋田では、「ドライフルーツ」という選択肢が新鮮に感じる農家さんも多そうですね。

遼平さん
そうですね。でも、いちばんシンプルな加工方法だし、素材の良さや農家さんの取り組みも伝えられるし、本当にいいポジションだと思います。

能代で大きな乾燥機を買ったのを皮切りに、県内の農家さんを10カ所以上巡って、たくさんの素晴らしい農産物に出合いました。いまなら、木能実オリジナルの秋田セットが作れますよ!
上段左から、キウイ(八峰町)、柿(能代市)、枝豆(大館市)。中段左から、梨(男鹿市)、キイチゴ(五城目町)、りんご(鹿角市)。下段左から、いちじく(にかほ市)、いちご(鹿角市)、ぶどう(横手市)。そして、小皿に乗っているのはクルミ(藤里町)。

——色とりどりですごくきれい! これ全部、秋田の自然の恵みなんですね。

遼平さん
そうです。秋田は素材の宝庫ですよ、本当に。
縦半分に切って乾燥させたまっ平らのいちごは、2枚で一粒分。おいしさがぎゅっと詰まっている。
酸味も甘さもそのまんまキウイ。種のプチプチした食感がたまらない1枚。

——小田原にいたころから、秋田の農産物を生かせることはイメージできていたのでしょうか?

遼平さん
それがまったく! 正直、秋田がここまで果物の栽培が盛んだったとは知りませんでした。果物よりもむしろ、お米のイメージが強かったです。
奈保子さん
はじめは、「秋田の素材を使った商品ができたらいいな」としか考えていなかったですが、いまお世話になっている農家さんはみなさん本当に良い方ばかり。
収穫期に限らず、もっと足を運ぶ機会を増やして、これからも信頼関係を築いていけたらと思っています。

点と点をつなぐ、架け橋として

遼平さん
最初は黒糖で和えるところから始まって、いまでは燻製にしたりチョコがけしたり、いろいろやっていますね。フルーツは、皮をむいたりスライスしたりしたものを、生のまま乾燥機に入れて、素材のおいしさをなるべく生かしたい。

——そういった加工のノウハウは、どうやって習得されたんですか?

遼平さん
なんとなく……です(笑)。毎日毎日、実験を繰り返した結果ですね。やっぱり、手足を動かして試行錯誤するのが好きなんです。
遼平さん
僕、ふだんから興味をそそられるものが多くて、いろんなことに手を出したくなるので、すぐ「なんでも屋」になっちゃうんですよ。でもいまは、頼れる経営者が隣にいるので。「ものごとは集中と選択だ」、といつも言われています。
奈保子さん
ある程度までやったら、「いい加減やめなさい」とね(笑)。基本は“木の実”という軸があるし、私たちは主役ではなく、生産者さんとお客様をつなぐ架け橋という役割がありますから。

——いま秋田で、能代で暮らしてみていかがですか?

奈保子さん
もう10年以上離れていたこともあって、まちの見え方は昔とだいぶ変わりましたね。

子どものころは、「能代=木」というイメージは特になかったけれど、帰ってきて改めてまちを見てみたら、製材所がたくさんあるし、木をふんだんに使った建物もよく目にします。こういう環境で木の実を売るというのは、他の場所でやるよりも想いが伝えやすい。
遼平さん
発信の問題というか、いくらネット社会とはいえ、ほかの地域にまったく届いていない情報ってたくさんありますよね。秋田は豊かすぎて、「別に発信しなくても困らない」みたいな感覚がすごく強いと思いませんか?

——そうですね。ぼんやりしているというか、危機感がないというか。

遼平さん
だからこそ、常に新鮮な気持ちで、よそ者目線で見ていたい。これからも、能代のことや生産者さんの取り組み、そして、ナッツやドライフルーツの魅力をどんどん広げていきたいです。

【ナッツとドライフルーツのお店 木能実】
〈住所〉能代市字彩霞長根35
〈TEL〉0185-88-8670
〈時間〉10:00〜18:00
〈定休日〉水曜日・木曜日
〈HP〉https://www.akita-kinomi.com/