

「農醸」という「現象」。
2019.05.29
「農醸」という日本酒があります。これは、「農家がつくる日本酒プロジェクト」という企画から生まれたもので、米が種の段階から日本酒になっていくまでの過程をみんなで共有し、味わおうというもの。
この酒を注文した方は「メンバー」となり、年3回にわたりできあがった日本酒が届けられ、さらには限定のコミュニティに参加できるなどの特典を得ることができます。

今年で7年目になるというこのプロジェクト。2019年5月19日。ちょうど、今年の田植え体験が行われるということで、この酒米を作っている「大潟村松橋ファーム」を訪ねました。







この日の体験をすべて終えたところで、「農醸」のプロジェクトについて、松橋拓郎さんにお話を伺います。
プロジェクトのはじまり

——松橋さん、お若い印象ですが、おいくつですか?
松橋さん- 今年、33歳になります。
——就農されたのは?
松橋さん- 2011年です。
——このプロジェクトは2013年に始まったということですから、就農されて2年目には始められたということですね?
松橋さん- そうですね、プロジェクト自体は就農1年目の終わりころから構想して、2年目の秋に企画をリリース、実際に種を蒔いたのが3年目の春でした。

——就農して間もないころから、すでにこのプロジェクトのイメージがあったんですね。
松橋さん- 僕だけで考えたものではなくて、僕の大学の先輩がやっている「つむぎや」 という一般社団法人、酒販免許を持っている(有)ダイサンさんも含めて、みんなで一緒に形にしていきました。
そもそも、うちの父親は、自分の米でお酒をつくりたいという思いがあったんですが、当時、うちでは酒米は育てていなくて、あくまで「うちで穫れているうるち米でつくれないかなあ」という思いつきのレベル。具現化するまでには至らずにいました。

——それが、実際にプロジェクトになったのには、どんな経緯があったのでしょう?
松橋さん- もともと、僕は「農業を通して人と人とが繫がる」「コミュニティを形成する」というようなことをやりたくて、それをつむぎやさんと話しているときに「お酒をつくるという形をみんなでシェアしていったら面白いんじゃないか?」という話になったんです。

松橋さん- 「どうせやるなら」と、しっかり計画を練り込んで、資料を作って、酒蔵にプレゼンをして……。
酒の仕込みは、五城目町の「福禄寿」という蔵にお願いしているんですが、蔵のほうからも「せっかくやるならば、より良い日本酒にするために酒米をつくって欲しい 」と言われて。これまでやっていなかった酒米を始めることにしました。
構想2年目からすぐに栽培をすることもできたんですが、あえて翌年に見送って、具体的にどういうふうに販売していくか、というところまで話し合いながらじっくり形にしていきました。

お酒もない、種も蒔いていないのに。
——そういうなかでできた一年目のお酒は、どういうものでしたか?
松橋さん- 感慨深いものがありましたね。2012年の9月にリリースして、2013年に種を蒔いて、収穫して、お酒になって届いたのが2014年の5月。
リリースした時は、お酒どころか、種も蒔いていないわけです。そして、メンバーになってくださった方は、お金を払ってからお酒が届くまで1年7ヵ月も待っているんですよね。さらには、1年目の酒ができる前に2年目の種まきをしないといけなかったので、かなりプレッシャーを感じつつやっていましたからね。

松橋さん- 農醸が飲めるお店ではイベントもやっているんですけれど、第1回の開催はまだ栽培もしていない時期でした。それでも40人、満席になるほど集まっていただけたんです。 乾杯の挨拶の際に福禄寿の渡邊社長も「お酒がないどころか、種も蒔いてないのに、なんでこんなに人が集まってるんですか?」って笑ってましたね。
——みなさん、何もなくても、これから動き始めるワクワク感があれば十分だったのかもしれませんね。
松橋さん- そうかもしれません。でも、最初の頃はよく問い合わせが来ましたね。「お酒はいつ届くの?」って。当たり前のことではあるんですが、お金を払えばすぐにお酒が届くと思う方が多いんですよね。なので「今、米が育っているので待っていてください」ということを丁寧に言い続けて、ようやくわかってもらえるようになってきました。

「自分ごと」にしていく。

松橋さん- このプロジェクト、もともとわかりにくい仕組みなので、わかりやすく伝えるためにいかに簡略化するか?ということを考えていた時期もあったんですけれど、それはもう止めました。
——どういうことですか?
松橋さん- そうすると、おのずと説明が必要になるんですよね。そこで、一人ひとり、個別にメールするくらいの気持ちで伝える。

松橋さん- そうしていくと、飲食店の方から「カウンターにいた人が農醸について話していて、自分たちよりも詳しいくらいでびっくりした」みたいなことが聞こえてくるようになってくるんですよ。
それってもう「自分ごと」じゃないですか。僕はそういうものづくりがしたいんですよね。そして、この仕組みでどこまで発展していけるかっていうことに興味があるんです。なので、広告は打たないっていうのは決めています。どこまで口コミでいけるかっていう。


松橋さん- メンバーは、初年度は140人で、6年目を終えた今で240人くらい。6年間毎年リピートしてくださっている方が、だいたい50人くらいいらっしゃいます。
——考え方がしっかり届けば、これについて語れる仲間が240人もいる、ということにもなりますからね。
「農醸」という「現象」
松橋さん- 農業に留まらず、食べ物とか飲み物なんかも、生産者と消費者の距離が隔絶してるってよく言われますけれど、僕はその「生産者と消費者」「生み出す側と消費する側」っていう関係性があんまり好きじゃなくて。「共に生み出して共に分かち合えばいいじゃん」って思うんです。

松橋さん- 「世の中をこうしたい」とか、マクロなビジョンっていうのは特にはないんですけれど、農業が自分ごとになっている人が増えて、そういう事や人が世の中に増えたほうがみんな単純にハッピーになれるんじゃないかと思っているんです。

——それぞれのなかで充実感が深まっていく、というような?
松橋さん- そうですね。この「農家がつくる日本酒プロジェクト」って、組織ではないんですよね。あくまでプロジェクトであって、昔は「代表・松橋拓郎」って名刺に肩書きを入れていたんですが、なんか違うなって思って「代表」というのを取ったんです。ただの構成員でなければと思うんですよね。
——ある行程を担う一人、というような?
松橋さん- 「事務局兼、米づくり」みたいな。酒蔵があって、酒販店の方々がいて、飲食店さんがいて、メンバーのみなさんがいて……それぞれがそれぞれの専門性を活かしたゆるい繫がり、というのがこのプロジェクトだと思っています。

松橋さん- なので、「農醸って何なんですか?」って言われると、もちろん日本酒なんですが、僕のなかでは、そこに起きている「現象」だと思うんですよ。みんなのエネルギーが「農醸」という液体を通して表出しているかんじですね。
きれいごとだけでなく、もちろん、どうやってこの酒を売って行くかっていうことは考えないといけません。でも同時に、僕自身がどうしたいということよりも、みんなの意見も取り入れながら、これがどんな現象になっていくのかを見続けていくことを楽しみにしています 。
「農家がつくる日本酒プロジェクト」
http://noukanosake.strikingly.com/