秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

文:成田美穂 写真:高橋希

枠も垣根も越えていく
井川町がつなぐ9年間の学び舎

2019.06.26

秋田県で2番目に面積が小さいまち「井川町いかわまち」。
人口約4,600人のこのまちに、「県内初にして唯一」と呼ばれる学校があると聞き、早速やってきました。

それがこちら、「井川町立井川義務教育学校」です。
あまり聞き慣れない「義務教育学校」とは、いったいどんな学校なのでしょうか?

お話を伺ったのは、井川義務教育学校教頭・小玉克男こだまかつお先生。
小玉先生
小玉先生
義務教育学校というのは、小学校から中学校までの9年間の義務教育を一貫して行なう制度のことです。
今年度の全校生徒の数は、246人。学年ごとに時間割りが違うので、授業の開始・終了を知らせるチャイムは鳴らない。
小玉先生
小玉先生
ここ「井川義務教育学校」では、小学生にあたる1年から6年までを「前期課程」、中学生にあたる7年から9年までを「後期課程」としています。ですから、入学式は1年生のとき、卒業式は9年生のときに一回ずつ行なうんですよ。

——6年生で「卒業」するのではなくて、7年生に「進級」するんですね。なんとも不思議な感覚です。

木造平屋建ての校舎。各教室がすべて同じ階にあり、一つの空間としてまとまっている。
小玉先生
小玉先生
この制度自体、2016年度からはじまったばかりの新しい学校の種類*で、全国では現在100校ほどあります。秋田県であるのはまだ井川町だけですから、なかなか聞き慣れないかもしれませんね。

学校教育法等の一部を改正する法律(文部科学省)
校舎中央にある中庭。主に前期課程の子どもたちが遊ぶ遊具が設置されている。
放課後の体育館で部活動に励む後期課程の生徒たち。
校長の三浦智みうらさとし先生。小中一貫教育を行なう義務教育学校では、校長先生はひとりだけ。

——ここができる前は、町に小学校や中学校はいくつあったんですか?

小玉先生
小玉先生
小学校と中学校が1校ずつあったのですが、少子化の影響でだんだんと規模が小さくなっていきました。教員は学級数に応じて配置されるので、生徒だけでなく先生の数も徐々に減っていきまして……。

このままではいけないということで、前町長さんの頃から「小学校と中学校を統合して、小中一貫教育を取り入れよう」という動きが徐々に高まり、昨年2018年4月にここが開校したんです。この春でようやく1年経ったのですが、私たちもまだいろいろな面で模索中です。

9年間の学び

——でも、義務教育学校という新しい制度を取り入れるのは、町としても大きな決断だったのでは?

小玉先生
小玉先生
そうですね。少子化への危機感もありましたが、じつは、取り入れたいちばんの目的は「基礎学力の向上」なんです。

——小中一貫教育が学力向上につながる、ということですか?

1〜9年生までの全教室が並ぶ全長133mの廊下。
小玉先生
小玉先生
たとえば、従来の小学校では、各クラスの担任の先生がすべての教科を教えて、中学校から教科ごとに先生が変わりますよね。しかし、この学校では5・6年生のうちから「教科担任制」を取り入れて、英語、音楽、体育などを教えています。

——へえー! 確かに、中学校にあがった途端に授業のやりかたが変わって、最初は慣れるまで大変だった記憶があります。授業時間も長くなりますし。

小玉先生
小玉先生
そのようなギャップを解消するためにも、早い段階から少しずつ専門的な内容を取り入れて、子どもたちが安心して学習環境の変化になじむための工夫ができますね。
各学年向けの蔵書がある図書室。毎日、全校で「昼読書」の時間を設けるなど、本との触れ合いに力を入れている。
小玉先生
小玉先生
それに、義務教育学校の先生は基本、小学校と中学校両方の教員免許を持っているんです。9年間通して長期的な指導ができるので、生徒一人ひとりの得意・不得意な部分のフォローはしやすいですね。

——なるほど。9年間続けて教えることで、変化や成長も見えやすいかもしれませんね。

小・中の垣根を越える

小玉先生
小玉先生
以前は、学校の規模が小さくなるにつれて、どうしても全教科の先生が揃わないことがありました。5教科(国語、社会、数学、理科、英語)はまず問題ないとしても、家庭科や音楽などの「技能教科」の先生が不足しがちになります。

そうすると、ひとりの先生が複数の教科を兼任したり、外部の非常勤講師のかたにお願いする必要も出てきます。

——なるほど。先生の負担もおのずと増えてしまう……。

小玉先生
小玉先生
しかし、小学校と中学校を統合することで、連携して指導できる部分も出てきます。

たとえば、2020年から小学5・6年生で英語(外国語)の教科化が始まりますが、中学校の英語教員免許を持っている小学校教諭は、全国でもまだ少ないんです。

でもここでは、中学校の英語の先生やALT*の先生もいますから、前期・後期課程の先生同士が連携して授業内容を組むことができます。

*ALT:Assistant Language Teacherの略で、外国語を母国語とする外国語指導助手のこと。小中高等学校で外国語の授業をおこなう日本人教師の補佐をする。

——小中一貫で教育するということは、先生同士の連携が大切になってくるんですね。

小玉先生
小玉先生
そうですね。まだまだ「小学校の先生」と「中学校の先生」という意識が残りつつありますが、そこの垣根を取っ払ってうまくつないでいくことがこれからの課題です。

縦のつながりが生み出すもの

——ここでは、6歳から15歳までの子どもたちが同じ校舎にいるんですよね。統合前と比べて、生徒のあいだで何か変化はありましたか?

小玉先生
小玉先生
少人数ということもありますが、横のつながりだけではなく、縦のつながりが強くなりましたね。

ここでは、1年生から9年生までの各学年が所属するグループを15班つくって、入学式や運動会などの学校行事に参加する「縦割り班活動」が盛んなんです。
「縦割り班活動」の様子。
入学式や運動会では、9年生の生徒が1年生の手を引いて一緒に入場する場面も。
小玉先生
小玉先生
学習面で学年の枠を飛び越えることもあります。
昨年の11月に、5年生と7年生が同じ教材を使って国語の授業を受けた時は、5年生の意見に対して、7年生がさらに深い読み取りでアドバイスをしていましたね。

——先生とは違う視点でのアドバイスがもらえそうで面白いですね。

小学生にあたる5年生と、中学生にあたる7年生が一緒に授業を受けている様子。
小玉先生
小玉先生
ただ、最初はどうしても、「小さい子たちの面倒を見させられている」という感覚が、上級生の子どもたちにはあったようです。

でも、今年の8・9年生たちはこの環境にも慣れてきて、下級生の子たちとも自然とコミュニケーションが取れるようになってきました。明確な役割ができることで、誰かのためになっている、貢献できているという気持ちにつながっているようです。
小玉先生
小玉先生
それに、下級生の子たちは上級生と距離が近いぶん、成長が早い気がします。間近で先輩たちの姿を見ることで、「こんなふうになりたい」という憧れから、勉強や部活動での目標がより明確になっていくようです。

——そういう意味では、縦のつながりって大切ですね。9つの世代が同じ空間で毎日過ごすってなかなかないので、貴重な経験だと思います。

小玉先生
小玉先生
学校行事の場面では、1年生から9年生までが楽しげに交流する姿が見えてうれしい限りです。今後はさらに、学習面での世代間交流も増やしていきたいですね。

——この学校は、たくさんの「つながり」のうえに成り立っているんですね。

小玉先生
小玉先生
そうですね。学校の方針がまさに、「『ともに』そして『つなぐ』」なんです。
まずは、小学校と中学校をつなぐというのが前提にあって、さらには生徒や先生、そして地域の皆さんとのつながりを大切に学校づくりを進めています。

——さらに少子化が進むであろう秋田にとって、地域ぐるみで子育てや教育に取り組む姿勢は欠かせませんね。

小玉先生
小玉先生
やはり今後は、学校単独ではなく地域と連携していくことで、子どもたちの学びも豊かなものになると思っています。

【井川町立井川義務教育学校】
〈住所〉南秋田郡井川町坂本字山崎38
〈TEL〉018-855-6012