秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:矢吹史子 写真:高橋希

宿泊客の7割が外国人。人と自然をまたぐ宿「ORIYAMAKE」。

2020.01.15

北秋田市根森田ねもりだ地区。住民は28世帯80人という小さなこの地区に、「ORIYAMAKEオリヤマケ」というゲストハウスがあります。
ここは、織山英行ひでゆきさん、友里ゆりさんご夫婦が営む宿。2018年にオープンし、約2年が経ちますが、これまでの宿泊客の約7割が外国人。

今回、このORIYAMAKEを訪ねてお話を伺ったところ、このように外国人が利用する宿になるまでには、織山さんたちによるさまざまな試行錯誤があったことがわかりました。そしていま、この宿を軸に、周辺地域や自然環境が循環しはじめているんです。

英行さんの祖父母が暮らしていた古民家を改修したORIYAMAKE。宿泊は1組限定で、2泊3日からの利用を原則としている。
リビングには、この地域で狩猟を行う「森吉マタギ」が討った熊の剥製や骨、かんじきや火縄銃のレプリカなどが飾られている。
宿泊客の食事はキッチンでの自炊が基本となる。樹齢250年という大きな木のテーブルが印象的。
広々とした寝室には、最大8名まで泊まることができる。浴室はシャワーのみのため、近くの温泉なども案内している。長期滞在者向けに、洗濯機や乾燥機も。
トイレはあえて和式に。外国人には、これも一つの異文化体験として楽しんでもらえているそう。
この地域では、木造の壁にアオゲラという鳥がやってきて、穴を開けていく習性があるとのこと。こちらが実際にアオゲラが穴を開けたもの。
これにならって、外壁には敢えてドリルで穴を開けてデザインとして取り入れている。日中は光が差し込み、星のように演出してくれるとともに、灯り取りにもなっている。
縁側は、蔀戸しとみどと呼ばれる戸の形を取り入れており、このように全開放できるようになっている。外では、織山さんの娘の董子とうこちゃんと芽子めいこちゃんが全力で雪遊び中。

ここからは、英行さん、友里さんにお話を伺っていきます。

秋田県鹿角市生まれの英行さんは、小、中、高校生の間は秋田市で暮らし、進学とともに上京。社会人時代に和歌山県出身の友里さんと出会って結婚した。
英行さん
英行さん
ここには小さい頃から遊びに来ていたんですが、そのときから感じていたのが「良い所だけど、観光客が少ない」ということ。
50〜60代くらいまではお金を貯めて、ゆくゆくは民宿とか、外の人を呼び込む場所を作りたいという思いはずっとあったんです。
英行さん
英行さん
でも、ノウハウがないので、最初は県外の観光地でやってみてから……と考えていたんですが、探しているうちに東日本大震災が起きて、当時暮らしていた東京都の中野区には取水制限がかかってしまったんですよ。

その頃、子どもが産まれて間もなかったんですが、乳幼児を育てるには厳しい状況なうえに、また地震がくるかもしれない。もう東京には住めないけれど、宿をやるのに条件の合う場所が見つからない……。

そうしていたら(友里さんが)「ゆくゆくは行くつもりなら、秋田に行ったらどう?」と言ってくれたんですよ。
友里さん
友里さん
子どもが小さいうちに、知らない土地で育てるのは不安だったのもありますね。こっちだと、秋田市にはおじいちゃんおばあちゃん(英行さんの両親)もいるから。
英行さん
英行さん
それで、2011年の7月にこちらにやってきたんですが、この家は、祖父母が亡くなって10年近く空き家になっていたので、修繕するところだらけ。
資金もないので、地元の宿で働いたり、森吉山ダムで働いたりして、修繕資金を借りられるようになったのが2〜3年前でした。

外国人の力ってすごい!

——はじめから、外国人向けの宿にしようと考えていたんですか?

英行さん
英行さん
宿を始める前、行政のやっている農村体験ツアーに関わっていたんです。
きりたんぽ鍋って、鶏を実際にさばいて食べると別物みたいに美味しいんですよ。それを、外から来た人にも体験してもらいたいということで、集落の人たちと一緒に提供していたんです。
英行さん
英行さん
女子限定、秋田県内の方、首都圏の方……と、ターゲットを変えてやっていくなかで、あるとき、秋田大学に来ている留学生を対象にやったんです。そのときの集落の人たちの反応が、それまでとは全然違っていて……。
英行さん
英行さん
外国人から「ここは日本で一番美しい場所だ」「こんな美味しいもの、今まで食べたことない」と言われて、おじいちゃんおばあちゃんたち、すごく嬉しかったみたいで「今まで70年、ここで生まれて育って、この景色をきれいだと思ったこともなかった。でもこうやって言われてみると、たしかにきれいかもしれないな」って言うんです。

——外から認められてはじめて気付くことってありますよね。

英行さん
英行さん
「外国人の力はすごいな!」って思いましたね。自信を取り戻すというか、誇りに思ってくれるというか。なので、外国人をターゲットにして、根森田をもっとざわざわさせたいなと思ったんですよね。

地域と循環する宿

英行さん
英行さん
それと、宿をやるにあたって、周りの民宿のお客さんを取っていると思われるのも嫌だなと思っていました。でも、このあたりの民宿のほとんどが外国人の受け入れが進んでいなかったんですよ。
英行さん
英行さん
そして当時、北秋田市の宿はほとんどが1万円前後でした。でも、観光客を増やしていくためには、1泊2000円台もあれば10万円の宿もあるとか、バラエティがないといけないと思っているので、自分では安い宿をやろうと思ったんです。

でも、そういう安い宿にしてしまうと、外国人よりも日本人の50〜60代の層が流れてきてしまう。そうならないように、「外国人が来やすく日本人が来づらいやり方」を考えていったんです。
英行さん
英行さん
まずは、ここは2泊3日からしか受け付けない。そして、予約はインターネットだけ、支払いはキャッシュレスのみ……。そういうハードルを設けていったんですね。

そうやって外国人向けのやり方で固めていくことで、周りの民宿も「外国人向けなら助かる」と、うちを応援してくれるようになったんですね。この地域の宿として、うちだけでお客さんを集めようということではなく「うちはうちの役割を」と、決めてやっています。

森の港

——外国人がお客さんとなると、大変なことも多いのでは?

友里さん
友里さん
2人ともほかに仕事をしながらやっているので、いまは1ヵ月に2組くらいしか入れていないんですよ。なので、のんびりやれています。

——言葉はどうされているんですか?

友里さん
友里さん
英語が基本。私は少しだけ語学留学をしたことがあったので。
英行さん
英行さん
僕は中学生英語。覚えようかなとも思ったんですけど、お客さんから「そのままでいい」って言われて。「東京だとどこでも英語が通じて面白くない。自分たちも日本語を覚えたいから」って。それで、英語を覚えるのをやめました(笑)。
英行さん
英行さん
いまは「一人でも多くのお客さんに来てもらいたい」というよりも、まずは「外国人が来て、このくらい楽しんでいってくれている」というのをきちんと形にしていきたいんです。

なので、カメムシやアブや蚊が多い時期は営業せずに、田舎の良い所、過ごしやすいところがより伝わりやすい季節に絞って、無理せずやっています。

——アクティビティも用意されているんですよね?

英行さん
英行さん
はい。何種類かあって、森吉山ダムの湖でカヌー体験もできますし、一緒に山に行ったりもしています。
リビングにある囲炉裏では、宿泊客一緒にときりたんぽ鍋を作ることも。作り方は、近所に暮らすおばあちゃんから教わった。
英行さん
英行さん
カヌーはレクチャーができる団体にお願いしているんですけれど、山に行く時は、冬ならばかんじきを履いてスノートレッキングをして、山の中で焚き火をして、ごはんを食べたり、お味噌汁を炊いたり、熊肉を焼いたり……。
英行さん
英行さん
ここを始める際に、改修してくれた建築家さんから「森の港」というコンセプトをいただいたんですよ。
「ここで一時休んでもらいながら、こちらはこの地域の話をするし、お客さんは自分の地域の話をしてくれる。そんな宿にしたい」という話をしたら、「船がついて、荷物を下ろして、またどこかへ出航していく……港みたいな場所ですね」って言われたんですよね。

まさにそういうイメージで、帰ってからも「日本の秋田の森吉には、こんなところがあった」と、話したくなるような体験をしてもらいたいと思っています。
銀はがしになっている地図は、宿泊客が自分の国を削っていけるようになっている。台湾やヨーロッパからの客が多い。
英行さん
英行さん
そのためにも、どんなニーズにも、「はい、できますよ」と言うようにして、お客さんに満足してもらうために、予約は毎日は入れずに、自分たちに余力を残しておくようにしているんです。

自然との循環

——英行さんは、マタギでもあるんですよね?

英行さん
英行さん
はい。狩猟免許を持っています。最初は「この地域にはマタギの文化があるなあ」というくらいだったんです。でも、ある日、友だちに誘われて、鈴木英雄さんという現役マタギと一緒に山を歩いたんですけど、すごいんですよね。

その辺りに生えている植物でいろんな遊び道具を作ったり、次の人が歩きやすいようにって、枝を折りながら歩いていたり。

マタギにイメージしていた「孤高の狩人」というよりも、「山が大好きな人。山を保全してくれている人」なんですね。
リビングには、かつてマタギだった方から譲り受けた熊の剥製が敷かれている。
英行さん
英行さん
一方で、この根森田には、当時マタギは1人しかいないかったんです。なのに、熊はこのすぐそばを歩いているんですね。だから、地域の人は山に恐いイメージを持っていて、普段から誰も山に入らない。

——鈴木英雄さんのように、山を楽しんでいる方もいるのに……。

英行さん
英行さん
なので、自分がやらないといけないかなと思って、31歳のときに狩猟免許をとったんです。今年で6年目になります。

やっていくなかで、佐藤一二三ひふみさんというマタギから教わったのが、「自然と人間の世界の間をまたいで立っているのがマタギだ」ということ。そして「四季をまたいで山と関わっていくのがマタギだ」ということ。
英行さん
英行さん
僕は、これからマタギ文化が必要になってくると思っていて。というのも、秋田にはいなかったイノシシと鹿が、最近、このあたりに増えてきているんですね。

だからといって、駆除一辺倒ではなく、循環狩猟を目指したいんですよ。イノシシや鹿にも居場所があって、人間も変に警戒するのではなく、良い距離感を持ってやっていきたい。
英行さん
英行さん
それは、昔からマタギがやってきたことで、討って終わりではない。ハンターとは違うんですよね。動物を授かって(討って)、お金になったので木を植える、そうすると動物が住みやすくなって動物が増える。それをまた授かって……と循環してきたんですよね。それが森吉マタギの新しい姿になればいいなと。
英行さん
英行さん
それで、鳥獣管理士という資格も取ったんです。そこでは、行政と住民の間に入って、獣による被害の状況をみたり、罠の効果的な張り方や、廃棄野菜は獣を呼ぶことに繫がりやすいので、その処分方法を指導をしたり……。アドバイザーのようなことをやっているんです。

——こういった取り組みに興味のある外国人も多そうですね。

英行さん
英行さん
ここに来る人たちは、自然が大好きな人が多いんですよ。宿をやりながらも、マタギの文化や鳥獣管理士としての取り組みを外国の方に伝えていきたいと思っています。

【ORIYAMAKE】
〈住所〉北秋田市根森田字仲ノ又131
〈HP〉https://www.oriyamake.com/