

仙人の郷?? 東成瀬村で仙人修行が行われる理由。
2020.03.11
村に入るとすぐに現れる「仙人の郷」という看板、橋のたもとや、公共施設の前などには仙人の像……そして、毎年「仙人修行」まで行われているという東成瀬村。
ここまで「仙人推し」なのはいったいなぜ? かつてここに仙人がいたとでもいうのでしょうか?


その真相を探るべく、仙人修行の窓口になっているという、一般社団法人 東成瀬村観光物産協会(東成瀬村役場内)を訪ねました。

お話しいただくのは、会長の谷藤司さんです。
——まずは、この村と仙人の関係についてお伺いしたいのですが。
谷藤さん- 東成瀬役場の住所に「仙人下」とあります。これは、役場の裏にある山に「仙人様」と呼ばれる神様を祀っている小さな祠があって、ここがそのふもとに位置するからなんですね。
——仙人がいた訳ではなく、地名が仙人ということなんですね。でも、ここまで「仙人推し」をするようになったのには、どういう背景があったのでしょう?
谷藤さん- そのはじまりが「仙人修行」になるんですが、昭和59年に、県が全国に向けて観光キャンペーンをするということで、各市町村で観光誘致企画を持ち寄ったんです。
その時に、うちの村では、「須川温泉に泊まってもらって、うまい酒でも飲んでもらおう」というような企画を出したらしいんですが「ありきたり」と言われてしまって。

谷藤さん- さらに検討していくいちに「“仙人下”という地名を活かして、何かできないかな?」「仙人といえば修行だよな」ということで、発案されたそうなんです。
——なるほどー。
谷藤さん- 「何人集まるかもわからない。本当に大丈夫か?」という心配のなか、ダメ元で始めたそうなんですが、最初の年には4名の参加がありました。それが村としては「意外と来るもんだなぁ」という良い反応で(笑)。
そこから参加者も年々増えていって、東日本大震災の際の中止を除き、去年で35回の開催、トータルで788人の参加になりました。
——修行というのはどんなことをするんですか?
谷藤さん- 毎年、8月の上旬に2泊3日の行程で行っています。
最初に永伝寺という寺で開講式をしますが、そこから断食が始まります。座禅をしてから、地元の人に教わりながら滝行の際に履くわらじ作りをして、その後、仙人様までお参り。その日は、龍泉寺という寺に泊まります。


谷藤さん- 2日目の朝食は、おかゆと梅干しとがっこ(漬物)を食べることができます。その後、写経、そして滝行をします。滝に打たれる時間は男性は2分、女性は1分。


谷藤さん- 昼からは少し豪華な食事に。なるせ赤べごの焼肉、山菜料理など。
そこからの体験はその年によって変わりますが、去年は、今工事中の「成瀬ダム」の見学をしてもらいました。工事真っ盛りの現場を見てもらって、ダムに水没してしまう神社に参拝して。そうやって、修行に絡めて村のこともご紹介できるようにしています。
2日目の夜は、やっとホテルに泊まることができるんですが、そこでは、参加者やボランティアのみなさん、担当職員などで交流会をします。
そして、3日目は最後に座禅をして、閉講式。

——集まるのは、どんな方なんでしょうか?
谷藤さん- 県内の方、県外の方、半々くらいなんですが、遠くは台湾からも参加いただいています。
繰り返し参加されている方もいて、5回以上参加されると「名誉仙人」の称号が与えられます。名誉仙人はこれまでに22名。さらに、20回以上参加されている方が2人。
——20回!?
谷藤さん- 20回以上の方は「白龍仙人」となります。その2人というのは親子で、お母さんのほうが先に20回達成して、息子さんは一昨年20回になりました。
——半信半疑で始まった企画だったかもしれませんが、何年も続いて、たくさんの仙人が生まれているんですね!
谷藤さん- そして、この仙人修行が始まってから、「仙人」を村のシンボルとして売り出していくようになって、仙人像やキャラクターができたり、湧き水には「仙人水」、村で作っている米にも「仙人米」とつけたりするようになったんですよ。


参加者のなかの一人に電話でお話を伺うことができました。秋田市在住の阿部まみ子さんです。
- 阿部さん
- これまで4回参加しています。50代後半に差し掛かったころからなんですが、新聞で開催を知りました。
「60歳を前に、何かに挑戦できるのは最後かもしれない」と思ったのと、その頃、妹が病気をしていたんですが、写経を綴る際に願いを書くことができると聞いて、病気が治るように願いたいなと思って。

- 阿部さん
- 元々、旅行など、一人で出かけるのが好きなんですが、それは、非日常が体験できて気持ちがリセットできるから。心の財産ができて、当たり前の日常に感謝できるようになるんですよね。
仙人修行も同じで、修行をするという非日常が新鮮で、さわやかな気持ちになれるんです。
ただ、体力的にはかなりきつくて、できれば今年も挑戦したいと思っていますが、難しい年齢に近づいてきています。寂しい気持ちもあるんですけれど、そのぶん、若い人が参加して、続いていくことを願っています。

その後、修行の場の一つである永伝寺を訪ね、仙人修行についてさらに伺ってみたところ、この開催の目的には、別の側面もあることが見えてきました。

お話いただくのは、住職の武藤直哉さんです。
武藤さん- 私は、千葉県の船橋市から38年くらい前にこちらに来たんですよ。
——仙人修行は35回になると伺いました。武藤さんがこちらに来て間もなく、仙人修行が始まったということですね?
武藤さん- 仙人修行は、役場の担当者と私も一緒に考えたんですよ。私がこちらに来たころは、村の若い人たちに元気がなかったんですよね。
村外の情報や価値観に触れる機会も少ない印象だったので「全国から若い人を集めて、村の若い人と交流させられたらいいんじゃないか?」というのも目的の一つだったんですよ。

——そうだったんですね! 繰り返し参加される方も多くいらっしゃると聞きました。その魅力というのはどこにあると思いますか?
武藤さん- 若い人や学生さんの参加も多いんですが、ふつうの若者なら友だちと旅をしたり、もっと違うところへ遊びに行くものでしょう?
そう考えると、ここへ来るみなさんは多少の悩みやストレスを抱えているんでしょうね。都会で暮らしている人だったら、雑音や情報からストレスが溜まるはず。
でも、ここには自然しかない。自然の中でぼーっとしていられたら、ただそれだけでもいいんでしょうね。

武藤さん- それに、滝に打たれたり、断食したり、そこまではキツいんですよ。だけど、その後、2日目の夜にはお酒を飲んで郷土料理を食べることもできる。
そういうメリハリがあるのが一番良いんじゃないないでしょうかね。お酒が入れば本音も出せるし。
——20年も通っている方もいるとのこと。年に一度ここへ来ることが習慣になっているのかもしれませんね。
武藤さん- そうですね。仙人修行の時期でなくても遊びに来る方もいますし、ここで知り合って結婚した人もいましたよ。私も結婚式に呼ばれてね。

——修行以上の広がりが出てきているんですね!
武藤さん- 同じ目的へ一緒に向かっているから、数日過ごしているうちに仲良くなりますよね。
それに、滝行にしても、自分が終わったからいいんじゃなくて「自分が終わったら今度は応援する側に立ちなさい。そして、声援でもなんでもいいから声をかけてあげなさい」と伝えているんです。
——自分自身の修行でもありつつ、チームワークを育む場でもあるんですね。
武藤さん- 今流行の「ワンチーム」ですよ。そういう面でも面白いんでしょうね。
——県外からいらした武藤さんからみた、「東成瀬の魅力」というのはどういうところでしょう?
武藤さん- 自然が豊かなところですよね。でも、秋田の最南端にあって、雪が降ると道路も閉鎖されて、どん詰まりになってしまう地域。だから気持ちも籠ってしまうんですよね。そして、籠るから排他的になってしまう……。
なので、ほかとの考えの違いをなかなか受け入れることができないようなところもあるように感じます。

武藤さん- この仙人修行には、全国や世界からの参加者もいるんですよね。県内の人ももっと参加して、外から来た人たちと真摯に話し合って、考え方や文化の違いなんかをすり合わせていくべきだと思うんです。
——この仙人修行というのは、参加した人たちのためのものかと思っていたんですが、村や秋田の人にとっても必要なことでもあるんですね。
武藤さん- 秋田には素晴らしい資源がいっぱいあるんだから、それをもって、もっと根本的な、深い所で交流していく必要があると思いますね。

【一般社団法人 東成瀬村観光物産協会】
〈住所〉東成瀬村田子内字仙人下30-1
〈TEL〉0182-38-8411