秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:矢吹史子 写真:高橋希

学力日本一の村に学ぶ。〜その①「感情や心」を耕す〜

2020.03.25

東成瀬村が全国に誇るものの一つとして挙げられるのが「学校教育」。文部科学省が行った全国学力テストでは、小、中学校ともに、長年トップクラスの成績を収めており、その取り組みは、全国のテレビや新聞、書籍などでも、たびたび取り上げられてきています。

さまざまな実践のもと「学力日本一の村」と呼ばれるようになった東成瀬村。その学校教育のなかに、秋田が持つ少子高齢化や人口減少などのネガティブなイメージを転換し、普段の生活にも活きるようなヒントがないものでしょうか?

それを探るべく、村の学校教育のキーマンであるお二人を訪ねたところ、素晴らしいお話を伺うことができましたので、2回にわたってお伝えしてまいります。

最初にお会いしたのは、村唯一の小学校、東成瀬村立東成瀬小学校の校長の加藤久夫さんです。

ふるさと先生

——秋田のネガティブなイメージを転換するためのヒントが、この村の教育にあるのではないかと思うのですが、いかがでしょう?

加藤さん
そうですねぇ……。さまざまあると思うんですが、この村の教育は、地域との関わりなしには語れないんです。その一つとして、この村では「メンター」の活用を大事にしているんですよ。

——メンター?

加藤さん
メンターというのは、「助言者」「支援してくれる人」のことで、この村のメンターは村民全員です。我々は、メンターを「ふるさと先生」と呼んでいますが、ふるさと先生には、例えば「ふるさと教育」という授業の中で、年中行事の体験や校外学習などで協力してもらっています。
加藤さん
例えば、「栗名月くりめいげつのときはこういうものをお供えするんだよ」ということを地域のお年寄りに教わる。
ほかにも、端午の節句の成り立ちを学んだり、パークゴルフを指導してもらったり、雪中田植えという行事をしたり、イワナの放流なんかも行っています。
ふるさと教育には、年間約40ものカリキュラムがあり、村の人口約2500人に対して、ふるさと先生は延べ224人(平成29年度)にのぼる。
加藤さん
子どもは一学年15人ほどで、何もしなければ家と学校の往復だけになってしまうんです。そのためにも、ふるさと教育を通して、家族以外のさまざまな人たちと交流する機会を設けているんです。

「ない」から「ある」へ

加藤さん
こうして、ふるさと教育で暮らしに役立つことを学ぶことで、子どもたちは、ふるさとの良さを再発見できるようになる。

東成瀬村は山だらけで何もないように見えるけれど、そうじゃない。この村の人たちは、その中に入れば、そこにどういう樹木が生育していて、どういう鳥がいて……ということを知っているんです。
加藤さん
それを知ることで、「これはほかの地域にも置き換えられるんじゃないか? 」という発想になっていくんですね。「違うものは何なのか?」「 共通しているものはなんなのか?」 と。

——自分の地域を知ることで、よそにも興味が湧いてくるんですね。

加藤さん
卒業生の佐々木賢太君は、県外の国立大学に進学したんですが、卒業してから「村に恩返しがしたい、この自然の良さを絶やしてはダメだ」ということで、村に戻ってきて、今は役場に勤めているんですよ。
佐々木賢太さん。「この村を一度離れてみたら、こちらでの暮らしが気持ちの面で豊かに感じられるようになりました。ものはないかもしれませんが、“何もない空間がある”というのが、この村の魅力だと思っています。」

——どうしても、ほかと比べてしまったり、都会にあるものに惹かれてしまいがちですが、今いる土地を知ることで、暮らしている場所が誇らしくなってくるんですね。

加藤さん
それに、この村では「子どもは自分たちが支援していかなければいけない」という思いがみんなにあるんですね。

——その思いはどこから来るんでしょう?

加藤さん
ふるさと教育で関わることで変わってきたところもあるとは思いますが、元々、村のみなさんの中にあったんじゃないでしょうか?

会えばどこの子かだいたいわかるんですよね。三世代同居家族が多いこともあるかもしれませんが。

——村全体がもはや家族みたいになっているんですね。

頼りにされる喜び

——この「ふるさと教育」があることで、支援している側の「ふるさと先生」にも変化がありそうですね。

加藤さん
今、ふるさと教育で学んでいる地域の行事というのは、これまでは誰かに教えるためにやってきたものではなく、習慣としてやっていたものなんですね。でも、それぞれにきちんと意味があるから続いてきているんですよ。

この取り組みが始まるまでは「自分たちがいなくなったら、この行事は無くなるんだろうな」って思っていた人もいたと思いますが、こういう機会ができたことで、やりがいが出てきたんじゃないでしょうか。

——役割があるというのは、自信になりますよね。

加藤さん
人間というのは、「頼りにされる」というのが大事なんですよね。「この時期になると、また自分が呼ばれる」というのは、長生きの秘訣にもなりますよね。
加藤さん
ふるさと先生には80代の方もいて、この方はたくさんの行事を担当しているんですが、最近では、行事の様子をビデオに撮ったり、記録したりするようになってきたんですよ。

それまでは、その時々で伝えるだけだったんですが、後継者づくりを自然に行うようになってきたんですね。こうやって、「行事」が「伝統」になっていくんですよね。

——自分では些細ささいと思えることも、誰かのために活かせるかもしれないし、役立つことが自分自身の生き甲斐にもなってくるんですね。

最近は、リアルな学びの場だけでなく、オンラインサロンなども増えてきています。村の取り組みのように、自分が持つ知識を発信したり、学びの場を求めていくことが、暮らしの充実に繫がっていきそうですね。

見えないを育てる

加藤さん
氷山というのは、見えているところは全体のごく一部だと言われています。それを支えている見えない部分は、氷山の6倍とも10倍とも言われています。学力というのも同様で、テストで得られる結果というのはほんの一部で、本当に必要なのはそれを支える「見えない学力」だと思っています。

——見えない学力。

加藤さん
勉強しかしていなくて、それを支える部分がなければ、ボロボロになってしまいます。

ふるさと教育などを通して異なる世代の方々に触れて、「感情や心」を耕すことで、いろいろなことがイメージできるようになる。 見える部分で100点を狙うためには、その下の部分を養っていかないといけないんですよね。

例えば「栗名月」と一口に言っても、そこから学ぶことというのは一つじゃない。行事のそのもののやり方はもちろんですが「昔の人も同じように月を見ていたんだろうな」と昔のその場の雰囲気を想像したり、一緒に作業をするなかで、おじいさんやおばあさんとの会話が生まれたり。

夢の木

加藤さん
こういった教育に触れることで、将来の夢を話す際も、ただ「警察官になりたい」ということではなく「人を助けるために警察官になりたい」などと、具体的な夢を持つようになるんですよね。
校内には、将来の夢を書いた「夢の木」が掲示されている。
加藤さん
「給料がいいから」とか「安定してるから」じゃなくて、その子には「人を助けたい」という気持ちがベースにあることがわかる。
加藤さん
進学するなかで、保育士になりたい、介護士になりたい、消防士になりたい……と、選ぶ職業は変わっていくかもしれない。でも、「人助けの職業を選びたい」という思いは残っていく。その気持ちを育てるのが大事なんですよね。

——我々大人は、自分の仕事について、例えば私だったら「○○な編集者」の「○○」に何が入るのかを考えてみるのも良さそうですね。

お話を伺っていると、人口の少なさや高齢化は、この村では良い効果になっている部分もあるように感じます。コンパクトなほど深く届く授業ができるし、年齢を重ねた方々が多いことで伝える文化に厚みも出る。

加藤さん
人口が少ない分、都市部の人たちよりも、一人が何役もこなさないといけないんですよね。それによってかなり鍛えられるし、村の中でお客さんのようには過ごせなくなる。自主性が生まれて能動的になるんです。

それは小さい村だからできる、小さい村だからやらなければいけないことではあるんですが、大きな都市でも、「自分からやる」ということは仕掛けていけばできると思うんですよね。

加藤さんのお話から、たくさんのヒントをいただくことができました。
そして、この後お会いしたのが、東成瀬村教育委員会、教育長の鶴飼孝つるかいたかしさんです。ここでも、にたくさんの学びを得ることができました。ぜひ、併せてお読みください。

学力日本一の村に学ぶ。〜その②「多様な価値観」に触れる 〜 

【東成瀬村立 東成瀬小学校】
〈住所〉東成瀬村田子内字上野8番地
〈TEL〉0182-47-2313