

学力日本一の村に学ぶ。〜その②「多様な価値観」に触れる 〜
2020.03.25
「学力日本一の村」として全国から高く評価されている東成瀬村。
その学校教育のなかから、秋田が持つ少子高齢化、人口減少などのネガティブなイメージを、ポジティブに転換するようなヒントが得られないものか? それを探るべく、東成瀬村の教育の現場へお邪魔してきました。
前回の東成瀬小学校校長、加藤久夫さんのお話に続いて、今回伺ったのは、東成瀬村教育委員会、教育長の鶴飼孝さんです。

できないことがあるのは、当たり前
——加藤先生へも同じ質問をしましたが、秋田のネガティブなイメージを転換するためのヒントが、この村の教育にあるのではないかと思うのですが、いかがでしょう?
鶴飼さん- まず、私たちは、子どもの可能性は無限大だと思っているので、その土台を、教育という場を通して育てていく必要があると思っています。
土台というのは何かというと「個性」。走るのが速い子もいるし、遅い子もいる。5回でわかる子もいれば、10回の子もいる。
それを、「人っていうのはそうなんだ」と思えることが大事なんです。「こうであるべき」と思うことは良いけれども「みんながこうでなければいけない」となってはいけない。

——他の人についていけなかったり、人と比較して落ち込んだり。それは大人でもあります。
鶴飼さん- 私だってそう。でも、それは当たり前。誤解がないように言うと、「泳ぎが得意だからそれだけをやる」ということではなく、もちろん、基礎的なことはやります。
その上で、その子ならではのものを見つけて自信を持てるようにしていく、認めてあげる、ということが大事なんですよね。
掲示物から得られる自信
鶴飼さん- そのために実践していることの一つが校内の掲示物です。廊下や教室には、ノート、作品、いろいろなものが展示してあります。子どもたち全員分のものが必ず展示されていて、大きな特徴として、そこには必ずコメントが書いてあるんです。



鶴飼さん- コメントは主に先生、そして、子ども同士、もしくは先輩から。「この字のハネ、トメがいいね」とか「文章構成がいいね」とか「今度はここに目をつけてみたらどう?」とか、内容は多彩です。
——「自分のやったことに対して、自分以外の人の意見を受け止める力がつく」ということでしょうか?
鶴飼さん- そうそうそう。そして、自分の頭で練り直して、振り返ることで、初めて自分のものになる。
——小さな部分も評価してもらえたり、自分のことをしっかり見てもらえたということも嬉しいですよね。
鶴飼さん- そして、それらが掲示してあることで、学校全体が「学びの空間」になる。これによって「多様な価値観に触れること」ができるようになるんですよ。

鶴飼さん- 人は、さまざまな感性や刺激を受けることで「知っている」「わかる」というものができます。でも、それに留まっていてはそのレベルで止まってしまう。
自分たちの登ったことのある山以外にも、富士山がある、エベレストもあるということを知ると、「さらに登ってみたい」「さらに調べてみたい」となるんですよね。
「わからない」が言える環境
鶴飼さん- それに、子どもたちは、始めは口が重くて、順序立てて話すことができない。だから、しばしば喧嘩が起きるんですよ。
腹の中には感情のマグマがいっぱいあるんだけれど「こういうわけでこうなんだ」という説明ができないから、怒りばかりが先に行ってしまう。そして、「自分のことをわかってもらえない」となってしまう。
——それは、大人にも心当たりがあります……。
鶴飼さん- この村を出て「君、どう思う?」って言われたときに「うんと……あの……」ってなっていては生きていけない。そのために、私たちが取り組んでいるのが、このようなやり方です。

鶴飼さん- 一つの課題について、自分がどう考えたかを発言します。さらに、A、B、Cさん、それぞれの意見も聞く。そして、それぞれが「どうしてそう思ったのか」の根拠を述べる。そのうえで、そのときの正解がAさんのものだったとする。
それでも、根拠まで述べることで「Bさん、Cさんのような考え方もあるのか」「こういうときはAさんのような考えが良いんだな」と認めるができる。それこそが学びなんですよね。

——「自分の考えだけが正しい」ということで、他人の意見を聞けないというのは、大人もしばしばあることですよね。
鶴飼さん- それから、子どもっていうのは発達途上だから、わからないし、間違えるのよ。でも、それを周りが笑っちゃダメ。みんな笑うんだよな、バカにして。人はそうやって、自分のほうが上だと思いたいのよ。
——これもまた、大人にも心当たりがありますね……。
鶴飼さん- だから、村としては、小、中学校のうちからセッションだとか、討論会だとかをいっぱいやって、人前に出て話す機会をたくさん作るんです。
そしてそれを、笑ったり、バカにしたりしたら、うちでは授業はストップします。これほどダメなことないと考えていますから。
——私も、間違えて恥をかくのが嫌で、自分の言葉で話せないことがたくさんあります。
鶴飼さん- 間違うこともあるんだ。それでいいんです。そのうえで、自分の言葉で喋って、人の言うことも聞いて、自分との違いを考えていくことで「こういうふうに言えばいいのか」「こういう順序で伝えればいいのか」と考えられるようになる。


鶴飼さん- 小学校では、ドリル学習を毎日行っていますが、それを学期に1度テストして、100点が取れたら名前を貼り出すんです。
でも、100点が取れない子もいる。そうしたら、その子には、100点が取れるまで教えるんです。これは、取れないことを否定するということではなくて、「やればできる」という自信を付けるためなんですね。

鶴飼さん- 東成瀬中学校では、1日の終わりに、その日勉強した授業を理解できたのかを振り返る時間を設けています。
このうち、とくに、数学と英語については「家に帰って一人でもできる」「友だちに聞けばわかる」「先生に聞かないとわからない」そういう基準で、自己評価をするようにしています。
そして、「先生に聞かないとわからない」という子については、放課後、先生に教えてもらえるようにしています。
——わかるまでやる、わからないと言える、わからないことが恥ずかしくならない、という環境づくりに徹底しているんですね。

——このような教育をすることで、東成瀬は「学力日本一」と呼ばれるほどの村になっていますが、義務教育を終えてからは、みなさん、どのような進路を辿っているのでしょう?
鶴飼さん- 村の中学校を卒業すると、全員が高校に進学しています。その後、年にもよりますが、7割くらいが大学や短大などの高等教育機関に行っています。そこからで、村に戻ってくるのはだいたい40%くらい。
——「優秀な人は外に出てしまって、村に戻ってこない」ということを危惧するような声も聞くことがあります。
鶴飼さん- 費用対効果。よく聞かれることです。それについては、はじめにお伝えしたとおり、その子の可能性の土台を築いて伸ばしてあげるのが教育であって、その結果「村に残る」「世界に羽ばたく」など、それ以降はその子たちの人生。
例えば、「パイロットになりたい」といっても、この村に居たのではなれない。でも、「この村で板金屋になりたい」というなら、日本一の板金屋になることだってできるかもしれない。
場所がどこであれ、それぞれの将来の可能性が花開くように、義務教育段階で知力、心、技術……人として生きる土台というのを作るのが私たちの役目です。

鶴飼さん- それでも、村に戻ってきてもらいたい気持ちもあります。なので、加藤先生が話していたように「ふるさと教育」の実施で村の良さを体験してもらう。それから、一昨年からは「子ども議会」というのをやっています。
——子ども議会?
鶴飼さん- そこでは「この村をより良くするにはどうするか?」さらには「自分たちはそれに対してどう関わればいいのか?」というところまでを考えていきます。
そうやって、主体的な態度を目指すような議会にしているんです。
——主体的に考えることで、たとえ村から離れても、離れた場所から村にできることを考えることに繫がりそうですね。
鶴飼さん- 10年後、20年後に戻ってくる人もいるかもしれない。でも、ほかの土地で生きて行く人もいる。そのときに「今暮らしている土地や東成瀬村と、自分はどう関わることができるか?」という発想を持ってくれたらそれでいいじゃないですか。
そして、そのときに、他の人との違いを受け入れることや、自分の考えを順序立てて話せることが活きてくるんです。
そういう、人間としての基礎を育てることを続けていきたいと思っています。
