秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:矢吹史子 写真:高橋希

誰かの「こうしたい」に寄り添って。あくび建築事務所。

2020.05.13

パン屋、菓子店、鮮魚店……。ここ数年の間で秋田市にオープンし、巷でも話題になっているいくつかの店舗。

「ベーカリースコップ」
「さとう菓子店」
「鮮魚かねもと」

どれも素敵な佇まいの店ばかりですよね。じつは、これらの店には、ある共通点があるんです。

それは「あくび建築事務所」が手掛けているということ。あくび建築事務所は、筒井友香つついゆかさんが2年前に起業したもので、住宅や店舗のリノベーションを中心にさまざまな物件を手掛けています。

数々の魅力的な店舗は、どのようにして生まれているのでしょう? 同じく、昨年手掛けられたという、秋田市の喫茶店「交点」の一角をお借りして、お話を伺っていきます。

ライフスタイルに触れる面白さ

筒井さん
筒井さん
もともと、建築には全然興味がなかったんです。一応、高校時代も建築の勉強をしたんですが、高校を選んだ理由は制服が可愛かったから(笑)。建築は専門的で難しくて、向いてないなぁと思っていました。

卒業してからは、秋田市内でアルバイトをしながらプラプラしていたんですけれど、「このままではいかんなぁ」と思って、21歳で東京に出ました。当時はインテリアに興味があったので、内装デザインのキャリアスクールに行ったりしつつ、建築の仕事にまともに就いたのは、25歳の時でした。

——その会社では、どんなことをされていたんですか?

筒井さん
筒井さん
そこは、戸建てやマンションのリノベーションを専門にしている会社でした。
ちょっと勉強した程度の私を雇ってくれたわけなんですが、小さい会社だったので、入社当初から「一人で現場行ってきて!」と、責任を与えられて、わからなくてもやらざるを得ない状況でしたね(笑)。

でも、スタッフや大工さんはみんな優しくていい人たちで、仕事をしていくうちに、どんどん面白くなっていきました。

——「面白さ」というのは、どういうところに感じましたか?

筒井さん
筒井さん
今でもそうなんですけど、お客さんと話すこと自体が楽しいんですよね。アルバイトしている時から洋服とか飲食とか、接客業ばかりしていたことも影響しているかもしれませんが。

話しているうちに「みんな同じじゃない」というのがわかって、それがすごく面白くて。自分が経験したことのないことをしている人がいっぱいいるし、作りたいものがそれぞれ違う。いただくリクエストも、こちらにとっても新しいチャレンジだったりするんですよね。
筒井さん
筒井さん
楽しすぎて止められなくなって。「この仕事を一生やっていけたらいいなぁ」と思うようになったのが、27〜28歳の時ですね。

——筒井さんは不思議な話しやすさがありますよね。きっとお客さんも相談しやすいんでしょうね。

筒井さん
筒井さん
そうですか?あまり意識してはいないんですけれど、「接客、接客」みたいな感じだと、お客さんも言いたいことが言えないよなって。ある意味、友だちのように話している方が引き出しやすい部分もあると思うんです。

家業は、建築とビール??

2015年に秋田に戻り、秋田市内のデザイン事務所に勤務。店舗デザインなどを中心にさまざまな案件を手掛けたのち、2018年、「あくび建築事務所」として独立した。

——屋号に「あくび」と付けたことには、どういう思いがあったんでしょうか?

筒井さん
筒井さん
うちは、建築とビールを家業にしているんですが、「あくび」はそこから生まれた造語なんですよ。

——建築と……ビール??

筒井さん
筒井さん
旦那さんがクラフトビールの醸造所をやっているんです。ビールのほうは私もイベントの時や細かい作業は手伝うし、建築のほうは彼にも意見をもらったりもしているんですよ。実務上はそれぞれの仕事なんですが、2人で2つの仕事をしているような気持ちでやっています。
ご主人の智成ともなりさんが営むクラフトビール醸造所「brewccoly(ブリュッコリー)」。最近は、カーゴバイクで、近所へビールのデリバリーもしている。
筒井さん
筒井さん
建築は英語で「architecture(アーキテクチャー)」、それと「beer(ビール)」をくっつけて、「アーキビアー」というところから「あくび」になったんです。じつはこれ、もともと旦那さんが考えていたもので、譲ってもらったんです(笑)。
筒井さん
筒井さん
それから、あくびって、うつるって言いますよね。なので、そんなふうに私たちの考えが伝わっていけばいいな、共有してもらえたらいいなって思うのと、あくびは覚醒するときに出るものでもあるんですよね。そういう意味でもいい名前だなぁと。 そして、あくびが出るような、リラックスできる空間を作れたらとも思っています。

交点こうてん」という喫茶店

——今日お邪魔している秋田市の喫茶店「交点」も、昨年、筒井さんが手掛けられた場所。こだわった部分など聞かせていただけますか?

筒井さん
筒井さん
私に依頼してくださる方は、みなさん「こうしたい」という意志がはっきりしている人が多いので、プレッシャーもあるんですが、交点さんで一番にこだわったのはカウンターですね。
筒井さん
筒井さん
素材そのものはすごくシンプルなんですけれど、オーナーの五十嵐さんご夫妻って、所作がとっても綺麗なんです。コーヒーを淹れる手の動きなんかとくに。それを見せないわけにはいかないと思って。作業スペースは隠したがる方が多いんですけれど「敢えて出していきましょう」と。

——お店の方をより美しく見せる、ステージのような。

筒井さん
筒井さん
そうですね。五十嵐さんたちに限らず、私に依頼してくださる方はとても雰囲気のある人たちが多いし、作っている人の顔が見えるってすごく大事だと思うんですよね。
だから、いつも「この空間に、最後に店主が入ることで出来上がり」というイメージで設計しています。

——それは、筒井さんがコミュニケーションを重ねて、それぞれの方の魅力をしっかり感じているからこそできるんでしょうね。

「交点」の五十嵐さんご夫妻にも
お話を伺いました。

私たちは関西からこちらに来たので、当初は向こうの知り合いの建築士さんにお願いしようかなって思っていたんです。でも、brewccolyさんを通じてあくびさんのことを知り、筒井さんと話していくなかで、自分たちの感覚を理解してくれるのを感じたので依頼しました。

リノベーション中の店舗の様子(写真提供:交点)

店の工事の際に、自分たちでDIYをすることを提案していただいたんです。「空間に、より愛着が湧くから」って。
筒井さんに教わりながら、壁のペンキ塗りと、床張りを自分たちでしました。床張りは難しくて、やり始めてから後悔しましたけど(笑)、おっしゃるとおり、やってみたことで愛着も出ましたね。

——DIYをするとなると時間も労力もかかるのに、敢えておすすめするんですね。

筒井さん
筒井さん
私は、DIYはできるだけやってみたほうがいいと思うんです。コストの意味でも、愛着が湧くっていう意味でもそうなんですけれど、店や建物って、この先、長い付き合いになるものですよね。そうすると、絶対にいつか傷みます。そういうときに、一度経験をしておけば補修もしやすくなるんですよね。

——施主さんの立場に立って、そこまで考えるんですね。交点さんとは一緒にイベントもされたとか。

筒井さん
筒井さん
それは、brewccolyが主体になってやったことではあるんですが、そうやって、brewccolyから建築に繫がったり、建築からbrewccolyに繫がったりしていますね。

——店舗を作るところで終わりではなく、その後もご縁が続いていく。筒井さんが手掛けることで、街が循環しているようにも感じます。

brewccolyのビール瓶ラベルのデザインは、毎回異なる知人や仲間に依頼しているという。建築やビールを介して、街や人との繫がりを大事にしているのが伺える。

秋田の住宅の「なぜ?」

——独立してから手掛けられているのは、ほとんどが店舗ですか?

筒井さん
筒井さん
はい。9割くらいが店舗ですね。住宅のリノベーションも、もっとやっていきたいんですけれど、秋田はすごく難しい印象があって……。住宅に対して、どこか意識が低いように感じるんです。

——それはどうしてなんでしょう?

筒井さん
筒井さん
秋田はマンション自体もそんなに多くないから「自分の家を建てたい」という方は圧倒的に多くはある。でも、そこに「直す」という選択肢がなかなか入ってこないんですよね。

建ててから数十年、ほとんどメンテナンスをしていない家も多くて、それを直すとなると、そりゃあ高額になりますよね。すると「そんなに高額なら建てかえよう」となってしまう……。
筒井さん
筒井さん
それに、新築やリノベーションなら自分好みの空間を作ることもできるけど、低価格で自由度の低い建売物件が多く選ばれます。

——先ほどのDIYの話もそうなんですが、「住まいに手を加える」とか「住まいを自分ごとと考える」というような発想や方法が、あまり認知されていないのかもしれませんね。

筒井さん
筒井さん
そうですよね。免疫がないというか。私もそれを伝えるための事例をまだ見せられていないので、モデルハウスとして、まずは自分の家を手掛けてみることも必要なのかなって思ったりもしています。

——お手本にできる場所があるのは大事ですよね。

筒井さん
筒井さん
まずは、これまで手掛けた店に足を運んでいただくことで、そのきっかけを作れたらいいなと思いますね。例えば「交点さんみたいな家にしてください!」って言われたら、喜んで考えますし。
筒井さん
筒井さん
でも、見てもらいたいのは見た目だけじゃないんです。私は元々、住宅建築をやっていたから、「動線」を一番に考えています。奥様目線で「キッチンから洗面所へはどう動く?」とか「洗濯はどういう流れでする?」とか、毎回考えています。

もちろんお店の場合も同じなんですが、そのあとに見た目が付いていく。手掛けた店も、そういう視点で見てみてもらって「こんな風にもできるんだ!」というのを感じてもらえたらいいですね。

——住む人が「どう暮らしていきたいか」が大事なんですね。

筒井さん
筒井さん
今の世情的にも、家で過ごす時間が増えてきています。とても厳しい時期ではあるんですが、こういう状況をきっかけに、家のことをゆっくり考えたり、住まいに意識を持ってくれる人が増えたら嬉しいですね。

【あくび建築事務所】
〈住所〉秋田市旭南2丁目4-15-342
〈E-mail〉yuka@acubi-design.com
〈Instagram〉acubi_architects
〈HP〉acubi-design.com

【brewccoly】
〈住所〉秋田市中通3丁目4-27
〈E-mail〉brewccoly.beer@gmail.com
〈Instagram〉brewccoly_tomonari

【交点】
〈住所〉秋田市保戸野通町6-2(2F)
〈TEL〉018-838-7275
〈HP〉www.kouten-akita.com