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株式会社つむぎ秋田アニメLab - 11見えない物語を魅せる。アウトクロップ・スタジオ、始動。
編集・文:矢吹史子 写真:高橋希
見えない物語を魅せる。アウトクロップ・スタジオ、始動。
2021.01.06
先日、なんも大学で取材をした「沼山大根」。長い間、その栽培の歴史が途絶えていたものの、数名の生産者の手によって復活を遂げたという伝統野菜です。
2020年、この大根にまつわる短編映画『沼山からの贈りもの』が完成しました。
これは、秋田市にある国際教養大学の学生が在学中に制作したもので、さらに、この制作をきっかけに、彼らは「株式会社アウトクロップ」を立ち上げ、秋田を拠点に動き出そうとしています。
オフィスである「アウトクロップ・スタジオ」を訪ね、代表の栗原エミルさんにお話を伺いました。
映像の先に見えたもの

——『沼山からの贈りもの』は、いつ頃撮影されたものなんですか?
栗原さん- 2019年の8月からですね。大根の種を植え始めた8月から収穫する12月までと、そこから、その大根でいぶりがっこを漬けていくところも含めて3月まで撮影して、その後、編集をしていって、出来上がったのが2020年の7月なので、1年くらいかけて完成しました。
——この撮影、どのようなきっかけで始まったんでしょう?
栗原さん- もともと、生産者の遠山さんと菊地さんは知り合いだったんですが、沼山大根への取り組みは、当時はまだあまり注目されていないなか、みなさんすごく頑張っていて。
同時に、大学の仲間とも「卒業して、秋田を離れる前になにか作りたいね」と考えていたので、沼山大根をテーマに映像制作を始めることにしたんです。本当に、スタートは自己満足でしかありませんでした。

——「学生時代の記念」のような思いから始めた撮影ということですが、長期間携わるなかでなにか変化があったんでしょうか?
栗原さん- 撮影には、秋田市から生産者さんのいる潟上市や大仙市などへ、トータル20回くらい通いました。直接足を運んで関係構築しながら撮っていくうちに、食に対する課題が見えてきて、それについて自分たちも考えるようになっていったんです。
農業人口が減っていたり、大都市に売るための野菜を地方で作らなければならなかったり、生産者の高齢化だったり……。

栗原さん- それに、長く関わっていると、さらに踏み込んだことやパーソナルなことを聞いていくようにもなっていって。そうすると、使命感や責任感が芽生えてくるんですよね。
関わったからにはとことんやりたいし、撮ったから終わりじゃなく、秋田にいる間はずっと沼山大根を追いかけていきたいですし、他のことでも広がりを作っていきたいと思うようになっていきました。

——この『沼山からの贈りもの』を全国で上映するために、現在、クラウドファンディングをされているそうですね。
栗原さん- はい。これは「いい映像ができたから見せたい」ということではないんです。
先ほどお伝えした、この映像を作る工程で見えてきた食に対する課題。これは、日本の中のいろんな地域が抱えていることで、こういう現状を知ってもらった上で、日常的に食を選ぶ、消費者という立場の人たちともディスカッションして、現代の食のあり方についてみんなで考えたいと思うようになりました。
そのためのフレームワークとして、まずはこの映像を見てもらって、そこからみんなで考えて、実際に食べて……という体験を一緒にしたいと思ったんです。

——映像の、その先を体感してもらう。これは、沼山大根の生産者さんをずっと見てきたからこそできる発想ですよね。沼山大根を通して、本当に大事なことに行き着いたような。
栗原さん- そうですね。「五感を使って食について考える」ということは、取材させてもらった生産者の方々から学んだことで、それを、やりたいし、やるべきだし、伝えたい、と思ったんですよね。
仲間とともに「遠く」へ
——そこから起業するまでに至るというのも、すごい展開ですね。
栗原さん- どうしてこうなっているのか、じつは自分でもまだよくわからないんですよ。もう3年くらい経ったらわかるのかもしれません。偶然か必然かわからないんですけれど、いろんなことが重なって……。
僕は、自分で挑戦したり、切り開いていくような気持ちはもともとあったんだと思います。将来はメディアに関わる仕事に就いてドキュメンタリーを作りたいという思いはあったんですが、それは「いつか」のことと思っていて、こんなに早くそうなるとは思いませんでしたね。

栗原さん- これまでは、大学を卒業してからは安定した職に就きたいと思っていたんですよ。大学まで行かせてくれた親に対しても、自分のプライド的にも。
でも、こういう作品を作ったことで、たとえアルバイト生活になったとしても、やりたいことをやれるんだったら、自分のプライドなんてどうでもいいなって思えるようになって。
それよりも、今チャンスがあるなら、やったほうが自分の成長にもなるなっていう腹落ち感があったんですよね。
——思いを同じくした仲間に出会えたことも大きいのでは?
栗原さん- 「早く行きたいなら一人で行く、遠くまで行きたいならみんなで行く」っていう言葉がありますけれど、僕は遠くまで行きたいんです。
一緒に活動している松本隆慈は、大学院に行って、そこで、政治心理学と政治哲学を研究して、論文を出していきたいと思っていたらしいんです。でも、そこで伝えたいことが映像でもできるっていうことに気づいたんですよね。僕も彼もハーフというのもあって境遇も少し似ていて、共感できる部分が多くありました。

——二人とも、同じように伝えたい何かがあって、その手段として、映像というものに同じようにたどり着いた。
栗原さん- はい。「どちらが誘った、誘われた」ではなく、同じタイミングで一緒にやろうと思うようになったんです。
——先ほどの、「遠くまで行きたいならみんなで行く」という言葉、とても素敵なんですが、栗原さんにとっての「遠く」というのはどういうものでしょう?
栗原さん- 自分一人だったら自分の型にはまってしまって、これまで通りの振れ幅のままだと思うんです。でも、一人、二人……って増えたら、2倍、3倍どころじゃなく、もっと伸びることができる。現状、すでにそうなんですけれど、5年後にやりたかったことが、来年にはできるかもしれない。
もっと言ったら、僕は秋田で映画を作りたいと思っているんですが、それは自分一人だったら途方もなく先の話になってしまうところ、仲間がいればそれが叶えられるかもしれない。
そういう意味で、僕の中の「遠く」っていうのは、「未来」のことかもしれないですね。

——結果的に、一人で行くよりも早く着くということにもなりそうですね。
栗原さん- そうですね。そうやって、仲間がいることで、いつも見えない景色を見せてもらえるんですよね。それに、実務的にも精神的にもいいんです。一緒に面白いことをやろうって思える人がいる、新しいアイデアが出たらそれを投げる相手がいる、意見が対立することもあるけれどその都度話して改善していける……そういう仲間がいるというのはとても大きいですね。
見えない物語を魅せる
——これから、どんなことを大事に制作をしていきたいと思っていますか?
栗原さん- 社名の「アウトクロップ」というのは、本来地質学に由来する名詞で、「大地に埋まっている原石や鉱石などが、なんらかの作用で表土に出てくること」を意味します。僕たちはそこから言葉を借りて、日本の地方に埋もれている価値を「アウトクロップする(掘り起こす)」と動詞として使っているんです。
人、もの、ことの本来の価値がより正しく評価される社会を目指して、「見えない物語を魅せる」をスローガンに活動していこうと思っています。

栗原さん- 昔からバックパックが好きだったり、高校の卒業のプロジェクトの一環で、インド先住民族のことを調べるために現地へ行って、電気も水もガスもないようなところに暮らしている人たちに出会ったときに「生き方がこんなにも違うんだ」「まだ知られていない世界がある」ということに感銘を受けて。そういうことが自分のコアにあって。


栗原さん- そういう経験があったから、大学進学もこれまで行ったことがなかった、東北の秋田という土地を選んだんですよね。土が近くて、雪深くて、「未知」という意味では、どこかインドでの経験とリンクするようなイメージがあって。
そういう、ローカルな場所にこそ本当の魅力があると思ったし、都市ではなくて、地方のほうが、食文化、伝統文化、工芸品……いろんなものが残っていて、そういうものを発信したい、伝えたいというのがありました。
——沼山大根もその一つだった?
栗原さん- そうですね。沼山大根のような、まだ注目はされていないけれど、自分たちが「すごいな、いいな」と思うもの、人、ことを、自分たちの映像を通して他の人に見せていける。そこのメッセンジャーになれるんだっていう実感が、沼山の撮影ではあって、これは面白いって思えたんですよね。

栗原さん- そういう、常にメディアに出ている人ではなくて、例えば、ずーっと漬物を漬けているおばあちゃんとか、有名ではないけれどある地域ではみんなが知ってるような人を追いかけていきたいと思っています。
それは「それを通して何かを販売するための映像」ではなくて、その人の生き方とか、価値観を伝えていくものとして。そして、その映像を観た人が何か変容したらいいなと思うんです。

栗原さん- 「おじいちゃんおばあちゃんのところに帰りたくなった」とか「新しい場所に行ってみたくなった」とか、小さくてもいいので、そういう変化があったらいいなと思うんです。それが自分がやっていく意義なのかもしれません。
あくまで、映像は手段ですが、自分の興味のあるものに寄り添うための一番の方法なんじゃないかと思っています。
——そういうものに寄り添いたいと感じるのは、なぜなんでしょう?

栗原さん- 自分は小さいころから、マイノリティとして見られてきた感覚があって、そのなかで、良いことも悪いこともいっぱいありました。そういう自分だからこそ「日の目を見ていないもの」に興味があるかもしれまん。そういう人たちのことを伝えるのが、義務というか、仕事の垣根を越えて、人生を通してやりたい。
今は秋田を拠点にしていますけど、日本のいろんな場所や世界のどこかに、知られていないものや、虐げられている人たちがいる。そういったところに足を運んで、そのことを伝えるものを作っていきたいと思っています。

【株式会社アウトクロップ】
https://www.outcropstudios.com/