秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:矢吹史子 写真:高橋希

不妊治療の未来を変えるために

2021.05.12

今、日本では、夫婦の5.5組に1組が不妊治療をしている、もしくは経験者であるといわれています。また、日本人の体外受精の実施件数は世界でもトップで、16人に1人が体外受精で産まれているといわれています。
しかし、体外受精をするためには頻繁な通院が必要。働きながらの治療は非常に難しく、そのために離職するというケースも多くみられます。

秋田市にある「NPO法人フォレシア」は、そんな不妊治療の課題と向き合い、仕事との両立を支援している団体です。
代表理事の佐藤高輝こうきさんご自身が、不妊治療をされた経験から立ち上げたというこの法人。その取り組みについて、伺っていきます。

「言えない」環境を変えるために

佐藤さん
佐藤さん
不妊治療というのは、大きく3段階あるんですが、一つ目は、基礎体温を計ったりしながら妊娠しやすい周期を病院と一緒にみていくもの。
二つ目が人工授精で、ここまでは通院頻度は少なくて、1カ月に1〜2回くらいです。
でも、三つ目の体外受精となると、1週間に1〜2回通院しなければならなくなる。この段階で離職する方が多くなってしまうんですよ。

——週に1〜2回というのは、かなり難しいですね。

佐藤さん
佐藤さん
そして、不妊治療をしている当事者は、そのことを会社には言っていない方が多いんです。
先日、秋田県職員にアンケートを取ったんですが、職員約3300人のうち、回答してくれたのが1354人。そのうち、不妊治療をしている、もしくは経験者が8人に1人。そのうち78.4%の方が職場に治療していることを話していないという回答でした。

——そんなに!?

佐藤さん
佐藤さん
全国的にみても、言えないがために離職している、言ったとしても職場に休職制度がないがために離職せざるを得ないという方は4人に1人という数になっています。

——佐藤さんご自身も不妊治療を経験されたとのこと。

佐藤さん
佐藤さん
私は、27歳までは会社員をしていて、独立して庭作りの会社を作ったんですが、その頃、プライベートで不妊治療を経験したんです。

うちは人工授精を6回やってダメで、体外受精に移ってやっと妊娠できたんですが、お腹の中にいる段階で亡くなってしまって死産の扱いとなり、泣かない子どもを産むという経験をしたんです。
不妊治療をやめて二人で過ごすのもいいかな……と思った時期もありましたが、しばらくしてもう一度体外受精をしたら授かることができて、長女が産まれました。

——そのとき、奥さんは仕事をしながら治療されていたんでしょうか?

佐藤さん
佐藤さん
はい。でも体外受精に入るまでは会社には伝えていませんでした。不妊治療は必ずしも成功するわけではないので言いづらかった、というのがあるかもしれません。

——先ほどの県職員へのアンケートでも「言っていない」と答えた方には、そういう思いの方が多いのかもしれませんね。

佐藤さん
佐藤さん
実際、妻は体外受精に入る前「両立は難しいから仕事を辞めたい」と言っていました。でも、辞める覚悟で会社に伝えてみたら、時短勤務にして引き続き働ける環境を作ってもらえたんです。それにはとても感謝していますね。

でも、長女が産まれたとき、「この問題に誰も手を付けなければ、この子が大きくなったときにも状況は変わらない。次に残さないために、今やらなきゃ!」と思って、フォレシアを設立したのが2017年。2019年から本格的に動き出しました。
佐藤さん
佐藤さん
業務は大きく三つあります。一つ目は、企業に向けての、不妊治療の現状を知ってもらうための研修。二つ目は、不妊治療をする社員への企業としての対応の仕方のサポート。三つ目が、不妊治療に理解のある企業に特化した求人サイト作りです。

——「企業」を対象とした取り組みをされているんですね。

佐藤さん
佐藤さん
全国には、治療をしている当事者や、国へのアクションを起こすための団体はいくつかありますが、うちのように企業をフォローする機関はまだほとんどありません。
まだまだ発展途上の業界ではありますが、当事者、国、企業、それぞれに役割分担ができていて、繋がりながら取り組んでいるんですよ。

日本の不妊治療の今

佐藤さん
佐藤さん
こちらが、世界でみた体外受精の件数です。

——日本が圧倒的に多いですね!

佐藤さん
佐藤さん
2位のアメリカの倍くらいなんですね。これは10年前のデータなので、今はもっと差が出ていて、約45万人が体外受精をしているといわれています。でも、残念なのが、出産率でいうと日本はダントツで最下位なんですよ。

——45万人が体外受精をしていても、実際に出産できる方は少ない?

佐藤さん
佐藤さん
はい。60カ国の統計でみても最下位なんです。この原因の一つに、日本人は生殖に関する知識レベルが世界的にみても最低水準であることが挙げられます。実際、不妊に関する勉強ってしたことがないですよね?

——……ないです。

佐藤さん
佐藤さん
ほかの国はちゃんとしているんですよね。体外受精をしている方の年齢は、日本は39歳がトップ、アメリカは34歳がトップなんですが、35歳からは流産率が一気に上がって、40歳で体外受精をしても、授かることができる方は100人中8人くらいの確率になってしまうんです。

——そんなに低いんですね……。

佐藤さん
佐藤さん
みなさん知らないんですよ。まずは、不妊治療の開始年齢を下げなければならないことがわかりますよね。

秋田県の、今

——秋田県だけでみても、不妊治療に対する意識は低いという印象ですか?

佐藤さん
佐藤さん
じつは、秋田県は、日本で一番不妊治療の費用が安いんですよ。

——おお!

佐藤さん
佐藤さん
不妊治療は保険が適用されないので、1回体外受精するのに全国平均で50〜70万円かかり、助成金を使っても40万ほどは自己負担しなければならない方が多いんです。でも、秋田県の場合は助成金を使うと自己負担額は約8万円。約10分の1なんですよ。

——すごい!

佐藤さん
佐藤さん
さらに、潟上かたがみ市などは、その自己負担分も補助してくれます。不妊治療は自由診療なので、全国的にみると100万円を超えるところもあるなか、この対応は特別だと思います。

——それは、希望が持てますね!

佐藤さん
佐藤さん
ただ、秋⽥県で助成金を使い体外受精までできる認定病院は、大仙市に一つと、秋田市に二つだけ。

——3軒しかないんですか?!

佐藤さん
佐藤さん
その中でも、秋⽥市の2施設に集中しているのが現状です。

——秋田県内の企業へのサポートはどのような状況ですか?

佐藤さん
佐藤さん
当団体の相談窓⼝を設置した企業もありますが、まだまだ声をかけられていないのが実情です。状況を周知して、啓発して、そこから具体的に動いていく……という流れなので、非常に時間がかかるんですよね。

——企業側も体制を作るためには課題が多そうですね。

佐藤さん
佐藤さん

今まで60社ほどの経営者に向けて研修をしてきたなかで、みなさん「協力したい気持ちはある」とはおっしゃるんです。
でも実際には、不妊治療をしていることを職場で伝えている人は少ないので、社内で危機的な状況を顕在化するのが難しい。だから企業側では「今すぐやらなければ」というところにはなかなか辿り着かないんですよね。
佐藤さん
佐藤さん
でも「子どもが熱を出したので休む」というような育児の支援は当たり前のようにあるじゃないですか。そう考えると、企業の意識や方法論の問題なんですよね。

実際、取り組みを始められた企業は「今現在の会社の負担がどうこうというよりは、長期的にみて、一人の社員が会社に貢献してくれるのであればお互いさまで、助け合うべき」という考え方をされています。

——「共に生きていく」という考え方ができるかが大事になってきそうですね。ただ、最近は一つの企業に長く勤めるという考え方も変わってきているので、どこまで支援すべきか、判断に迷うのもよくわかります。

不妊治療を長期化させない未来へ

佐藤さん
佐藤さん
これからは、「高度な不妊治療をしなくもいいようにすること」「未来の当事者を減らしていくこと」も目指していかないといけないと考えています。

——そのために、どんなことができるのでしょう?

佐藤さん
佐藤さん
AMH検査」というのがあるんですよ。これは、簡単にいうと、卵巣の中に卵子がどれくらい残っているかを調べるための検査です。 ご自身の卵子の数を調べることで、将来子どもを望んでいる方は妊活時期を早めるきっかけになりますし、早く妊活を始めることで不妊治療をしなくても授かることができたり、高度な治療の長期化を予防することにも繋がります。

——まずは自分の体について知る環境を作る。

佐藤さん
佐藤さん
はい。これは、血液検査だけでわかるんです。今はその検査によって行動変容がどの程度起きるかの実証データを集めているところです。
「この検査をすることで、将来、高度な不妊治療をする人が何%減る。だから、治療以前にお⾦をかけたほうが結果的に社会保障費も減る」ということがわかれば、国の政策にも働きかけができるのではないかと思っています。そして、検査にも保険が適⽤されれば、多くの方に検査機会を提供できる。

——将来子どもを望んでいる方にとって、妊活時期の目安がわかることは⼤事ですよね。それを血液検査で知ることができれば、計画的に考えることもできるようになる。

佐藤さん
佐藤さん
例えば、大学生のときにこの検査を受けられれば、将来、治療との両立がしやすく、キャリアを築きやすい就職先を考えることもできるかもしれない。
もちろん自分がしたい仕事もあるでしょうし、これはあくまでも任意での検査となりますが、まずは、このような検査があるということや、日本の不妊の現状を認知させていくことが大事なんですよね。

実際、20代で治療を始めて3年ほどで離職をしてしまっている方も多いんですよ。

——こういう知識を、学生の段階から持っておけたらいいですね。

佐藤さん
佐藤さん
「プレコンセプションケア」というんですが、将来の妊娠を考えながら、女性やカップルが自分たちの生活や健康に向き合うこと、妊娠、出産に関する正しい知識を事前に得ていくということが大事なんですよね。

学校の授業では、避妊の勉強はしても不妊の勉強はしていない。そのことで「避妊しなければすぐに妊娠できる」という意識を持たせてしまっているところもあるように思います。世の中には妊娠できない人が大勢いる、そのことも併せて伝えていくべきですよね。
うちでも、大学生向けに不妊とキャリアの研修をしたりしているんですよ。
佐藤さん
佐藤さん
深い、深い問題がたくさんありますが、今の当事者を支えながら、未来の当事者を減らしていくために動いていく。それを企業や行政に認知してもらって環境を作ることで、安心して働くことができる……そんな未来を考えながら、日々取り組んでいるところです。
NPO法人フォレシアの活動へは、普段使用している電力や光回線の利用を通じて寄付をすることができる。(詳細はフォレシアHPにて)

【NPO法人 フォレシア】
〈HP〉https://forecia-japan.com/