秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:矢吹史子 写真:高橋希

精巧精緻・愛嬌満載
真坂人形の世界とは?

2021.07.21

そのとぼけた佇まいに、思わずニヤリとしてしまう「真坂まさか人形」。これは、秋田市の真坂あゆむさんが制作している土人形です。

とくに秋田県内では大変な人気で、展覧会には人形を求めて初日からファンが押し寄せるほど。不思議と心を掴まれてしまうこの人形の魅力に迫ろうと、工房を訪ねました。

工房へお邪魔すると、8月に開催される東京での個展に向けて制作中の人形たちがずらり。

「文化を守らなければ」でなくていい

——この人形はいつ頃から作られているんですか?

真坂さん
真坂さん
2016年、秋田公立美術大学の3年生の秋から。僕は、美術学科の「アーツ&ルーツ」というコースを専攻していたんですが、そこではその土地の文化や歴史をリサーチしながら作品制作するんですね。
真坂さん
真坂さん
秋田市には、「八橋やばせ人形」という土人形の郷土玩具が古くからあるんですが、2016年の夏、その工房をなんとなく訪ねてみたんです。

——八橋人形といえば、職人だった方が亡くなられたものの、その後、保存会を作って技術を受け継いでいるんですよね。

八橋人形の展覧会の様子(写真提供:ココラボラトリー)
真坂さん
真坂さん
はい。そこでは、作っている様子を見たり、歴史を聞いたり、「あんまり上手じゃないね」とか言われながらも手伝ったりしていました(笑)。

最初は、そこでしばらく手伝っていようかと思っていたんですが、やっていくうちに自分でもやれそうに思えてきて。大学での自分の制作として土人形をやってみることにしたんです。

——最初に人形を発表されたのが、美大3年生の専攻展(各専攻コースの成果展覧会)の場でしたよね?

真坂さん
真坂さん
はい。そのときは、福助、天神様てんじんさまなど、昔ながらのモチーフで、手びねりで作りました。
最初に発表した「天神様」。

——そこで作品を拝見したんですが「秋田の土人形を踏襲した新しい人形が現れた!」ととても驚いたのを覚えています。でも、今日お話を聞いていると「土人形の文化を守らねば!」という思いでのスタートではなかったんですね。

真坂さん
真坂さん
守るんだったらそのまま手伝い続けてましたよね。むしろ、ライバルが増えてしまった(笑)。

真坂人形のできるまで

精巧精緻・愛嬌満載がモットーという真坂人形。実際、どのようにして作られているのでしょう?制作工程を伺います。

原型を粘土で作る。
同じ形を量産できるように、石膏で型を作る。
型に沿って1センチほどの厚さの粘土を詰めていき、上下の型を合わせてから外し、継ぎ目などを整える。
型は現在30個以上となった。始めは手びねりで作っていたが、生産が追いつかなくなり型へ移行した。
700度の電気窯で1日かけて焼いていく。小さな窯なので、一度に焼けるのは多くて50個ほど。
焼き上がったものに、胡粉ごふんという白い下地を塗ってから、水干すいひ絵の具という日本画で使用する絵の具にニカワを混ぜて絵付けしていく。
途中まで絵付けされた「緑のタヌキ」。このあと目を入れて、底面にサインをしたら完成。

「笑っておしまい」でいい

——想像以上に手間がかかっているんですね。日本画の絵の具を使うのにも驚きました。

真坂さん
真坂さん
大学に入った当初は日本画をやりたいと思っていて、その道具を持っていたというのもあるんですが、八橋人形のリサーチをするなかで、昔は当然チューブ絵の具はないのでこういう絵の具を使っていたことを知って。なので、これを使うほうが自然だなと思えたんですよね。

——日本画をやりたかったところから人形へ移ったのは、なぜなんでしょう?

真坂さん
真坂さん
絵だと、何を描いていいのかわからないんですよ。コンセプトとか、哲学とか、とくに、現代の作家って「なんとなく描きました」じゃダメだったりして。そういうロジックは自分には作れない。

人形だったら、モチーフがタヌキでもゾンビでも、「これを作った理由は?」と聞かれる前に、クスッと笑ってもらって終われるんですよね。そういう、気楽に作られるものがあってもいいんじゃないかなと思って。

——大学を卒業してからは、地元企業で働きながら制作をしていたそうですね。

真坂さん
真坂さん
今はその会社も辞めて、人形作りだけで生活しています。大学を卒業する頃はどうしても作家になりたいわけでもなかったし、会社には会社のメリットはあったんですが、制作が追いつかなくなってきたこともあって。

今はこういうものを作りながら生きていくのもいいなって思えるようになってきましたね。

——秋田県外に出ることは考えませんでしたか?

真坂さん
真坂さん
楽しそうだなって、今でもたまに思うんですが「秋田が嫌だ」とか「秋田でなければ」という衝動もこだわりも特にはないんですよね。

王道でもない、突飛でもない

——始めたころは伝統的なモチーフで作られていたようですが、最近は現代的なモチーフも取り入れていますよね。どんなふうに決めているのでしょうか?

真坂さん
真坂さん
王道すぎてもつまらないし、突飛すぎても変だし、その中間のような。「ちょっとだけずらす」という感じでしょうか。

——「ゆるい」とも「かわいい」とも違う魅力がありますよね。

真坂さん
真坂さん
「ほら、ゆるいでしょ?」と思って作ってはいないし、自分で作っているのでかわいいと思うけれど、かわいさを売りにしているわけではないんですよね。
月のだんごを食べながら月を見ているウサギ。昼間に見える月からイメージして作ったもので、体はその時の空の色に。
スミを被ったタコ。誰かにかけられたのか、自らかけたのか。
サンタクロースの型を流用して作ったという「怪盗」。
秋田の人形道祖神をモチーフにしたもの。実際の道祖神はワラで作られているが、ここではカラフルに着色。

郷土玩具でも、アートでもない

——型や日本画の絵の具を使っていたりと基礎の部分がしっかりしているからか、モチーフが個性的でも、とても品の良さを感じます。海外の方にも喜ばれそうですね。

真坂さん
真坂さん
実際、僕のInstagramにも海外の方から「どこで買えますか?」というメッセージが届いたりもしますね。

——ご自身は、どんなところが魅力と感じていますか?

真坂さん
真坂さん
どうなんでしょう……。心がけているのは、あまり表情を持たせないということですね。
だいたいみんな、泣くでも笑うでもない、よくわからない表情で。目が丸くて口がぽかんと空いていて、まっすぐ見ている。
あまりお芝居をさせすぎると飾りにくいし、白々しく思えてしまうんですよね。

——敢えて表情を持たせないことで、どんな感情のときに見ても気持ちにフィットする、というのはありますよね。手にされた方からの反響はどうでしょう?

真坂さん
真坂さん
「家で守り神のようになってくれている」とか「真坂人形はプレッシャーがなくていい」と言っていただいたこともありますし、「いいものはいい!」と値段も見ないで買っていかれる方もいますね。

——確かに、歴史やいわれがある物は、その背景まで味わえるものの、それを持つことで背負うものもあるように感じます。その点、真坂人形は気軽に、フィーリングで買っていけるのかもしれませんね。

真坂さん
真坂さん
でも、これは郷土玩具ではないんですよね。郷土玩具はもっと手軽に作れて手軽に買えることが大事だと思うんです。それよりは作品に近い。

——郷土玩具は、昔は朝市で野菜と一緒に販売していたなどとも言われていますよね。

真坂さん
真坂さん
でも、アート作品となると、作家のロジックや背景も含めて価値をつけていくことになる。真坂人形は郷土玩具でもアートでもない「気軽に手に入る変なもの」という立ち位置がちょうど良いのかもしれませんね。

「真坂人形の人気の秘密、ここにあり!」というものを見つけたいと思い向かった取材でしたが、話を聞くほどに、文化を守るために始めたわけではない、作品に深いメッセージがあるわけでもない、王道でも突飛でもない、ゆるいでもかわいいでもない、郷土玩具でもアート作品でもない……その実態は掴めそうで掴めないのです。

でも、それこそが真坂人形の魅力。掴もうとなんてしなくて良い、気楽でいることを認めてくれるような人形だからこそ、多くの人の心の中にすっと入って、愛され続けているのかもしれません。

【真坂人形】
〈HP〉https://masakasyouten.jimdofree.com/

【近日開催の展覧会のお知らせ】
真坂人形展『思いもかけないサマーショッピング』
●2021年8月4日〜15日(月・火休み)
●会場 :DECOLA(東京都足立区綾瀬4-31-7 2F)