秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:矢吹史子 写真:船橋陽馬

あふれんばかりの、冷めることなき愛。
チャイナタウンの「秋田チャンポン」

2021.10.20

これからやってくる、長く厳しい秋田の冬。心と体を温めてくれるものの一つに「秋田チャンポン」と呼ばれるラーメンがあります。
秋田のチャンポンは、麺の上に熱々のあんがたっぷりのっているのが特徴で、その元祖といわれているのが、秋田市の「ラーメンショップ チャイナタウン」の味噌チャンポンです。

この店のメニューは、味噌、塩、醤油の3種のチャンポンが基本。加えて、サイドメニューや期間限定メニューも用意されている。
食券を購入ししばらく待つと、大きなどんぶりが運ばれてきた。
表面張力の妙! 食べる前からそのボリュームにたじろいでしまう。
火傷しないように慎重にあんをすすると、魚介や肉、野菜によるうまみが口いっぱいに広がる。あんの中に箸を潜らせると極太めんが登場。すべてがダイナミック、食べても食べてもなかなかゴールが見えない!
3種を食べ比べてみる。写真上がまろやかでコクのある塩。右が濃厚な中にほんのり甘みを感じる味噌。左が香ばしくシャープな味わいの醤油。
ちなみに、各種ミニサイズも用意されている。右が通常サイズ、左がミニサイズ……にしても、なかなかのボリューム。

大満足で完食。体の芯までぽかぽかになったところで、店主の菅野操すがのみさおさんにお話を伺います。

創業37年のチャイナタウン

菅野さん
菅野さん
この店は、昭和59年(1984)の12月、主人と二人で始めました。まもなく創業37年になります。

私は宮崎県出身、夫は由利本荘市ゆりほんじょうし鳥海町ちょうかいまちの出身。東京で知り合って、昭和54年、夫の実家の旅館を継ぐためにこちらに来たんです。

付き合って長かったんですが、秋田に来たのはそのときが初めて。「雪は全然ないよ」って、騙されたように連れて来られましたね(笑)。
菅野さん
菅野さん
旅館に食堂を建て増しして、宴会用の食事を作ったり、ラーメンや定食を提供したりしていたんですが、鳥海町は冬場は出稼ぎが多くて人がいなくなっちゃうんです。

「これから商売をしていくなら秋田市だ」ということで旅館を畳んで、昭和59年に秋田市に引っ越してきました。

——秋田市では、すぐに今のようなラーメン店を始められたんですか?

菅野さん
菅野さん
夫は、銀座の中国料理店で修業していたので、本当はそういうのをやりたかったんです。でも、この店は狭いでしょ。それに、中国料理専門店となってしまうと高価になってしまう。

低価格で回転をよくしたほうがいいということで、中国料理を応用したラーメン屋を始めることにしました。

——その頃から店名は「チャイナタウン」だった?

菅野さん
菅野さん
当時は、ラーメンを中心にしながら中国料理の一品メニューも提供していたので、名前も「チャイナタウン」と付けていたんです。

夫は修業時代、八宝菜、炒め物、春巻きなど、一通り習ってきたようなんですが、なんでも自分のオリジナルで作りたい人でね。営業が終わってから開発の時間が始まるんですよ。毎晩毎晩研究していましたね。

——チャンポンもその研究の末できたものなんですか?

菅野さん
菅野さん
そうですね。食べていただくからには、中途半端でない、「食べた〜!!」という満足感があって、栄養満点のものがいいなと。そして、秋田は寒い地域だから、あったまる味噌味のあんかけがいいだろうということで、研究が始まりました。
菅野さん
菅野さん
味噌をいろいろと取り寄せて、さらに、肉やら調味料やら野菜やらを入れて練って、煮立てて、オリジナルの味噌を作って……そういうのを繰り返して、やっと味噌チャンポンができました。

——チャンポンというと長崎のものを連想しますが、それとは全く違う雰囲気ですよね。

菅野さん
菅野さん
長崎は関係ないんですよ。「10種類の具がごちゃまぜに入っているからチャンポンみたいでしょ」という、軽い気持ちでね。私が九州出身だからとか言われたりしますけど、そうじゃないんですよ。
菅野さん
菅野さん
当時はチャンポンは味噌味だけで、他に、野菜炒めがのった細麺のラーメンもあったんですよ。期間限定で、すり鉢で梅の実をすり下ろした「梅ちゃんラーメン」とか、モツを使ったラーメンを出したこともありましたね。

この人は間違いない

菅野さん
菅野さん
夫には本当にしごかれました。「あそこの店は夫婦喧嘩ばっかりしてる」って有名でしたよ。喧嘩というよりは私がずっと怒られていたんですけれどね。

何でもできる夫にとってみれば、私は気が利かないし、経験もないし……付いていくのがやっとでした。
菅野さん
菅野さん
でも、いくら怒られても逃げようとは思わなかったんですよね。夫は音楽もやっていたんですが、「この人の舌と耳は間違いない!」って信じていたので。

それに、店は一人ではできないでしょ。「なんぼ言われても店には行かなくちゃ」という気持ちでやっていました。
菅野さん
菅野さん
でも、夫は体がすごく弱くてね。10年くらい入退院を繰り返していたんです。
その間、店は従業員に助けてもらいながらなんとか営業して、私は病院に行って、また店に戻って……という生活でした。

——お互い、大変な時期でしたね。

菅野さん
菅野さん
私はいつも、夫が病院の晩ご飯を食べるのを見てから店に戻っていたんです。すると、夫はゆ〜っくり食べるんですよ。私は「早く食べればいいのに!」ってヤキモキしてましたね。

——心細かったし、少しでも長く一緒にいたかったんでしょうね。

菅野さん
菅野さん
食事制限もあって苦しかったんだと思います。あの頃は大変だったけど、とにかく夢中でしたね。

夫が亡くなったのは平成13年。享年46歳でした。そこから、チャンポン一本槍でいこうと決めて、塩味と醤油味のチャンポンを新たに考えたんです。
店内に飾られている、ご主人の雅春さんの写真。

カウンターから見える景色

——今日は平日ですし、ピーク時を外して伺ったつもりでしたが、ひっきりなしにお客さんが来ていましたね。

菅野さん
菅野さん
最近は落ち着いているほうで、コロナが流行する以前の3年くらい前はもっともっと忙しかったんですよ。

——それでも、週末はいつも店の前に長蛇の列ができていますよね。

菅野さん
菅野さん
おかげさまで、5〜6年前からにわかにメディアに取り上げられるようになってね。

秋田出身のモデルの佐々木希さんの影響が大きいんです。彼女は小さい頃からうちに来てくれていたらしいんですよ。それがテレビ番組で紹介されて。それからですよね、急に忙しくなったんです。
菅野さん
菅野さん
若いお客さんの中には、チャンポンは秋田だけのものと思っている人までいるようで「え? 長崎にもあるんですか?」って(笑)。だから最近になって「秋田チャンポン」って言うようにしたんですよ。

——メディアの効果があるとはいえ、ここまで人気が続いて、もはや秋田の定番にまでなっている。やはりこの味が愛されているからなんでしょうね。

菅野さん
菅野さん
「飽きられるから常に次のメニューを考えておいたほうがいい」って、夫にもよく言われていたんですけれど、うちはずっと同じメニュー。
それでもこんなに愛してもらって、こんなに長く続いているっていうのは、あらためて、この味を作り出した夫はすごい人だったんだなって思います。
菅野さん
菅野さん
私はいつもカウンターの端に立っているんですが、お客さんの姿がずらりと見えるんですよ。食べている顔を見てると愛おしくなってくるんですよね。もう、ハグしたいくらい(笑)。

夫にも見せたかったですよね、こうやって賑わっているところを。夫が立ち上げてがんばってくれたから今があるんだって、その感謝を忘れないようにしています。

チャイナタウンがあるから

——ご主人が亡くなって、店を閉めようとは思わなかったんですか?

菅野さん
菅野さん
それはなかったですね。夫が基盤を作ってくれたけど、まだまだこれからと思っていましたし、従業員もいましたしね。がんばってやっていかなきゃなって、それだけ。店はとにかく守らなくちゃって思っていましたね。

夫に厳しくしごかれた経験があったからこそ、今があると思っています。

——そこから見事に人気店となったわけですが、これから目指すところは?

菅野さん
菅野さん
私もそろそろ歳になってきたから、次の人にバトンタッチして、チャイナタウンを盛り上げていってもらいたいということですよね。でも、私には子どもがいないんです。親戚にあたったこともあるけれど難しくてね。

今まで無我夢中でやってきたけれど、これからの引継ぎがうまくいくのかどうか……というところですね。

——操さんは、宮崎のご出身とのことですが、いまや秋田での生活のほうが長くなりましたよね? 秋田という場所をどう見られていますか?

菅野さん
菅野さん
不思議なものでね、秋田での暮らしが長くなるほどに宮崎を思うんですよ。知らないうちに宮崎の風景を絵に描いていたりしてね。宮崎に戻ることも考えたんですよ。
店内に飾られている絵の数々は操さんの作。長年、趣味で絵画を続けており、展覧会などへも多数出品している。描かれているジープはご主人が生前愛用していたもの。
菅野さん
菅野さん
だけどね、やっぱり秋田のほうがいいなって。こっちでがんばったし、友だちもいるし、家族もよくしてくれるし。ふるさとは、小さい頃のことを思うだけ。宮崎も、私も、弟たちも変わってしまったんですよね。

だから、「秋田に骨をうずめるか!」と思っているんですよ。何より、夫が作ってくれたチャイナタウンがあるからね。
この店に勤めて15年になるという、店長の石黒さんと。

【ラーメンショップ チャイナタウン】
〈住所〉秋田市卸町2丁目2-1
〈TEL〉018-824-5925
〈HP〉http://chinatown-akita.net/