秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:矢吹史子 写真:高橋希

椅子の向こうに見る景色
椅子修理ISUKA

2021.12.15

秋田市にある「椅子修理ISUKAイスカ」。飲食店や企業、個人からの依頼による椅子の修繕や張り替えをはじめ、修理した椅子の販売なども行っています。
この12月で開業から丸4年。オーナーの加藤直哉なおやさんは、時間をかけながらも着実に、自分の働き方や人との関わり方と向き合ってきました。工房を訪ね、お話を伺っていきます。

秋田市土崎にあるISUKAの工房

椅子修理という仕事

加藤さん
加藤さん
今手掛けているのはこのソファなんですが、お客さんが「こんなイメージのものが欲しい」と写真を持ってきたんです。
それを見たとき、知り合いの箪笥職人が、自分の親方が作った椅子を処分しようか迷っていたことを思い出して、有償で譲ってもらいました。

お客さんのイメージに近いデザインではあったけれど、幅が足りなかったので、真ん中を切断して増幅しました。
元のソファの木部。1500mm幅だったものを1700mm幅に変えた(写真:ISUKA Instagramより)。

—— 今回のようにお客さんの要望に添った制作が多いんですか?

加藤さん
加藤さん
ほとんどがそうなんですが、要望のままではデザインのバランスが良くない場合はアレンジもします。

椅子を作る際は、総高さ、シート部分の高さ、総幅、アームの内側の幅、座面の硬さ……いろいろと考える箇所があるんですが、修行時代の先生からは「どんなに座り心地が良くても、見た目が良くない椅子は捨てられてしまう」とよく言われていました。

デザインも機能のうちと考えて提案していきます。
シートの素材や色は、カタログを見ながら選ぶことができる。
加藤さん
加藤さん
今回、お客さんの要望では総高さが700mmだったんですが、全体のバランスをみて750mmに変えました。50mmの違いで見た目がぐっと変わるし、「700mmって言われたので」と、そのまま進める職人もいるかもしれないけど、僕はそういうのは嫌なんです。
後日、ソファにシートを張る工程を見せていただいた。
細部を整えながら、きれいに張っていく。
と思ったら、張ったものを剥がし始めた?

—— え!? 剥がしちゃうんですか?

加藤さん
加藤さん
ここ、ちょっと絞ったほうがいいなと思って。洋服を作るときのような感覚で。木工なら寸法がきっちりしていれば出来上がるけど、椅子張りは現物に合わせて何度も微調整していかないといけないんです。
ミシンがけした糸を全てほどいて、また縫い直していく。

——ここまで手間がかかるものとは思いませんでした。

加藤さん
加藤さん
どんなに熟練した職人でも一度でぴったり合わせられることはないんですよ。
今度はぴったり合ったよう。
全体を整えて、完成!

「自分」があって、ない仕事

加藤さん
加藤さん
家具職人になろうと決めたのは15歳の時。家具業界は2000年代初頭あたりから、大手家具メーカーほどの規模ではないけれど木工家ほど専門性の高いものでもない、その中間のようなブランドがいくつか現れたんです。

工房にカフェが併設されていて家具に触れることができたり、家具のセミオーダーやリフォームなんかをするような。その感性や立ち位置に思いっきり影響を受けました。
加藤さん
加藤さん
家具職人の登竜門ともいえる、東京の木工訓練校へ通ったあと、湯沢市の「秋田木工」という家具メーカーに4年、その後、秋田市の「高和たかわ製作所」という椅子の張り替えの会社に2年勤めました。
加藤さん
加藤さん
「30歳になったら独立する」と決めつつ、ずっとやりたかった指物さしもの(板を合わせて作る、たんす、机など家具)の技術を学ぼうと長野県の松本市にある工房へ。
そこから、京都や宮城の椅子張り職人の元などで働いたあと、秋田市へ戻って予定通り30歳で独立しました。

——ゼロから椅子を作るような職人ではなく、修理をすることを選んだのはなぜなんでしょう?

加藤さん
加藤さん
最初は指物師を目指していたけれど、やってみて「自分がやらなくてもいい世界かもしれない」って思えて。

——逆に、椅子張りは「自分じゃなきゃだめだ」と思えた?

加藤さん
加藤さん
そうですね。指物は作品を作って売ることが仕事だけど、椅子修理というのはサービス。作品を売るのとは違うんですよね。
その場で出会った人に合わせて自分のできることで応えていくのが大前提で、そこには「自分」というものはないほうがいい。
加藤さん
加藤さん
そして、僕がやりたいのは「いくら払うとこのサービスが手に入ります」みたいな形式的なことではなく、修理を通して「自分」という人間を売っていくようなことをしたいと思っているんです。

——修理そのものにおいて「自分」は必要はないけれど、お客さんとは「自分」を持って向き合う。

——椅子を通して、人と関わりたいという思いが強くあるんですね。

加藤さん
加藤さん
自分がここまでやってきた時間は身分証になるんですよね。
それが欲しくて椅子をやってきたと思います。椅子という生業があるからこそ自分の話を聞いてもらえるし、椅子のあるところには話を聞きに行ける。

「椅子が好きで好きで」というよりは、あくまで人に会う手段で、椅子張りや修理だといろんな世代と付き合うことができるんですよね。

——修理には、それを通して持ち主や場所の背景を知ることができたり、一緒に未来を見たりと、新しいものにはない魅力がありそうですね。

加藤さん
加藤さん
椅子の仕事には、アーティストになるのか、職人になるのか、経営者になるのかの3つくらいの関わり方があると思っていて、僕はちょうどそれらの中間のような立ち位置でありたいんです。

アーティスト的な美意識は大事だけど、自分にはずば抜けた才能があるわけではない。職人のように技術に特化すると人との関わりが必要なくなってしまう。仕事を次の世代に繋げていくためには経営者の視点も必要。

なので、どの要素も適度に持ちつつ、どれにも偏らないバランス感覚を大事にしたいと思っているんです。
加藤さん
加藤さん
そして、そういう修理の仕事と並行して、椅子職人の作品の座面づくりに関わらせてもらうことで、自分だけではできないものを一緒に作っていくことができるんですよね。

自分は作家ではないからこそ、それができることにも意義を感じるんですよね。

【執着と愛着】

——修理をしながらも、使われなくなっていくものを目の当たりにしているのではないかと思います。ものや伝統を残していくことについて、どのように考えていますか?

加藤さん
加藤さん
長野での修行時代、先生に言われたのが「執着と愛着は違う」ということ。
他人は価値を感じないような椅子でも「亡くなったお父さんが使っていたものだから」というような、その人だけの愛着に答えて修理することで、ものとして延命させることができる。
加藤さん
加藤さん
でも、繋がってきたことを過剰に守ろうとする意識は執着になってしまう。僕は、今が一番大事だと思っていて、今の人が今あるものを使って生きていかなければいけないなかで、それよりも守ることが大事になってしまうのはちょっと違うかなと思うんです。
守るフェーズに入りすぎてしまうと思考が短絡的になってしまうし。伝統産業もその都度変わってきたことで、今残っているわけですからね。
加藤さん
加藤さん
自分自身も、立場をどんどん変えていかないと次の人が入ってこれないので、先に進んでスペースを空けていこうと思っています。

独立して4年かけて、繋がっていくべき人に出会うことができてきたので、次は空間づくり。去年、この工房を10年返済で買ったんです。10年かけて、自分の工房としての機能だけじゃなく、飲食やシェア工房にしたり、一緒にやる仲間も作っていこうと思っています。

そして10年経ったら自分は次のところに移って、ここは誰かに引き継いでいけたら。そのために、今はこの場所を作り上げて、一緒にやる誰かが現れるのを待っているところです。

【椅子修理ISUKA】
〈住所〉秋田市土崎港北7丁目8-11
〈TEL〉018-802-0820