ハタハタの未来のためにできること

ハタハタの未来のためにできること

2022.02.16

編集・文:矢吹史子 写真:高久至

2021年12月。秋田の県魚「ハタハタ」にまつわる写真絵本が出版されました。
『ハタハタ〜荒海にかがやく命』(あかね書房)。この絵本は、全編にわたりハタハタが主役。臨場感あふれる海中での姿から生育状況、そして漁業全体の課題までが、丁寧にまとめられています。

これを読めば、誰もがハタハタ博士になれそうな一冊。いったいどのような思いから作られたものなのでしょう?

著者であり水中カメラマンの高久至たかくいたるさんのお話から、あらためて、秋田県民が愛してやまないハタハタの魅力とその課題が見えてきました。
(高久さんは現在、屋久島にお住まいのため、オンラインでインタビューを実施しました)

おじさんたちに魅せられて

絵本の著者であり、水中カメラマンの高久至さん。今回の絵本以外にも、海や魚にまつわる写真絵本を多数出版している。

——今回、ハタハタに注目されたのには、どんなきっかけがあったのでしょうか?

高久さん
高久さん
私は神奈川県出身なんですが、両親が秋田出身なんです。祖父母が秋田に暮らしていることもあり幼少期はたびたび訪れて、とくに夏は海で遊んでいました。
高久さん
高久さん
祖母からは「昔はハタハタがたくさん獲れて、飽きるくらい食べた」と、さんざん聞かされていたし、「食卓にハタハタが出ると父ちゃんは饒舌になるな〜」と思ったり……。だけど、自分自身はそこまでの量を食べる経験はありませんでした。
写真:なんも大学
高久さん
高久さん
その後、大学時代にスキューバダイビングに出会って、日本全国を巡り、潜っていたのですが、久しぶりに秋田を訪れたときも、ハタハタが大量に獲れた時代の話を聞く機会がたくさんありました。

ハタハタの昔といまの違いに疑問を抱くようになり、調べていくことで、その生態や食文化、漁獲量の変化などを知り、伝えていきたいと思うようになったんです。
屋久島の海に潜る高久さん。

——水中写真家という道を選ばれたのもユニークですね。

高久さん
高久さん
学生時代はダイビングショップでアルバイトをしていたんですが、そこに、有名な水中写真家や水中映像のカメラマンが出入りしていて、お話する機会はもちろん、撮影のサポートをさせてもらうこともありました。

そこでは「撮影してる伝える、魚たちとじっくり向き合う」という風景を見せてもらえて。学生の自分にとっては、新鮮な感動がたくさんあったんですよね。

——海に潜るだけでなく、伝えることへの関心も高まったんですね。

高久さん
高久さん
そして何より、みなさんがめちゃくちゃ面白そうに活動していたんですよね。写真家さんたちは50〜60代の方がほとんどでしたが「こんなに楽しいおじさんになれるんだったら、自分もやってみたい!」と思えた。

もちろん苦労もたくさんあったんでしょうけれど、そのときの自分には楽しそうにしか見えなかったんです。

ハタハタの海へ

——絵本ではハタハタの魚群がとても印象的ですが、カメラを向けても逃げないものなんですか?

高久さん
高久さん
逃げますね。なので、撮影ポイントを見つけたらその場に止まって、1分半くらい息を止めます。気配を消すことで自然に撮ることができるんです。

ただ、秋田でハタハタが獲れるのは産卵の時期なので、非常に興奮している状態。向こうからぶつかるように寄ってきたりすることもあるんですよ。
12月の初旬、産卵のために大量のハタハタが秋田沿岸にやってくる。写真の球状のものが卵、通称(ブリコ)。本来は海藻に産み付けられる。秋田県民はこのブリコを持つメスのハタハタを好んで食べる。

——いくら秋田県民がハタハタ好きとはいえ、その姿を海に潜って捉えているのは高久さんくらいなのでは?

高久さん
高久さん
少ないと思いますね。そもそも、こんなにたくさんのハタハタを水中で見られるというのは全国的にも珍しいことなんですよ。

隣の山形や青森でも水揚げされているとはいえ、全国のプロダイバーに聞いても、よそでは「卵は見たよ」「1〜2匹は見たかな」というくらい。こんなふうに群れになって見られることはあまりないんですね。
高久さん
高久さん
なので、今回の撮影にあたっても資料がなかなか見当たらなくて、秋田のダイビングショップ「シートピア」の金坂芳和かねさかよしかずさんにアドバイスをいただきながら撮影しました。金坂さんは、40〜50年くらいハタハタを撮影している、秋田の海のレジェンドなんですよ。

——数十年前は、いまの100倍以上獲れていたといわれていますよね。ということは、金坂さんはその当時の魚群も見ていたということでしょうか?

高久さん
高久さん
そうなんです。もう、次元が違うらしいんですよ!金坂さんいわく、40年以上前はハタハタがくると海が真っ白になったらしいんです。

——海が真っ白に?

高久さん
高久さん
産卵した際の精子でね。それがあまりに大量なので、脂分で海がトロントロンになるそうで。

——え〜〜!!!

高久さん
高久さん
冬の秋田の海ってかなり荒れていて「こんな海に船が入っていけるのかな?」というくらいですよね。でも、当時は岸から100mくらいまでの範囲が白くトロトロになって、波すらなくなるんですって。だから漁師さんたちは手漕ぎの船で海に入っていけたらしいんです。

——海を脅かすほどのハタハタ?!

高久さん
高久さん
はい。そして、それだけのハタハタがいるというのが、当時の秋田では当たり前だったんですよね。

——かつて、ハタハタの獲れる時期はお祭り騒ぎだったというのも納得ですね。

高久さん
高久さん
いまでも秋田県民の「ハタハタが獲れる、獲れない」への関心は、尋常じゃないですからね!

最高の住処、秋田

——絵本には2016年〜2020年にかけて撮影されたものが掲載されているとのこと。数年間の撮影のなかで、海や魚の変化は感じるものですか?

高久さん
高久さん
明らかに漁獲量が変わってきていますよね。今期(2021年冬)は、ハタハタがとりわけ獲れなくて、いよいよマズいんじゃないかという、限界ギリギリの数値になっています。

——秋田では、1992年から3年間、ハタハタの漁獲量回復のために漁師たちが自主的禁漁を行っています。今期はその禁漁明けの年以来の漁獲量の少なさと言われていますよね。
絵本の中では、このような課題についても触れていますが、これはハタハタのことでありつつも、日本の水産全体に言えることですよね。

高久さん
高久さん
そうですね。いま、日本全体で魚が獲れなくなってきています。最近ではサンマやホッケ、カニなどが獲れていないと話題になっていますよね。マグロが準絶滅危惧種、ウナギは絶滅危惧種となりました。これにはさまざまな原因が考えられますが、自分としては人間が獲りすぎたからなんじゃないかなと思うんです。

——改善していくには、かつてのように禁漁することがベストなんでしょうか。

高久さん
高久さん
はい。そうは思っているのですが……いま、秋田の漁師さんの多くが70代以上で、あと10年やれるかやれないか。そんななかで「5年間禁漁しましょう」となるともう「生涯ハタハタを獲るな」と言っているようなもの。それはなかなか受け入れられない方が多いですよね。
高久さん
高久さん
それに、ハタハタの調査をしている機関では「生き物には増減のサイクルがあって、今は減っているサイクルだから仕方がないし、いずれ増えるサイクルも来る」という考えがあったりもする。さらに、何年か禁漁しただけではすぐには増えないという統計もあったりするようで……。

ただ、自分としては、これだけ減っているのにこれまで通り獲り続けるというのはちょっと異常にも思えるんですよね。

——消費者の習慣として「この時期にはこれを食べなければ!」という思いが強すぎる印象もありますよね。

高久さん
高久さん
秋田の海には広い砂地があるんですが、基本的に砂地って生き物があまり多くないんですよ。なので、秋田は日本全国的にみても漁業をする場所として恵まれているわけではない。

でも、そんな秋田の海にジャストフィットしたのがハタハタなんです。ふだんは砂や泥の海底に住む深海魚であるハタハタにとって、秋田は最高の住処すみかなんですよね。

——そんな奇跡的な巡り合わせを、もっと大切に捉えていきたいですね。

2月ころ、卵から孵化し始めたハタハタ。
高久さん
高久さん
そして、ハタハタはもはや秋田の文化。数十年前、ハタハタがものすごく獲れていた頃って、町じゅうが盛り上がっていたと思うんです。

——ハタハタを箱買いしては親戚や近所にお裾分けしたり、大量にハタハタ寿司を仕込んだり。

写真:なんも大学
高久さん
高久さん
漁師さんだけでなく県全体が活気付く、不思議な魚なんですよね。このような文化を子や孫に伝えていくためには、自分たち世代がちょっと我慢すべきじゃないかな?と思いながら撮影を続けてきました。

未来のためにできること

高久さん
高久さん
「海の未来のために、じゃあ、何をしたらいいんだ?」という話になりますが、じつは消費者が身近にできることって、多くないんですよね。

——絵本では「MSC認証」「ASC認証」などにも触れていますね。

高久さん
高久さん
はい。スーパーなどで販売されている魚にラベルが貼られていることがあるんですが、「MSC認証」のラベルが貼られているものは持続可能な漁業で獲られている魚。もう一つ「ASC認証」は環境に負荷がかからないよう育てられた養殖魚の印です。

——魚を買う際にこういう表示を意識するところからなら、自分たちにもできそうですね。しかしながら、店頭でこのマークを探しても、まだまだごく少数の商品しかありませんでした。

高久さん
高久さん
そうなんです。秋田に限らず日本は環境への意識が意外なほどに低いんですよね。だからこそ、消費者がこれらのラベルのものを積極的に選ぶことや、持続可能でなさそうなものを避けることは、とても大事なことだと思うんです。

それに、漁業を見直そうというムーブメントが各地で起こっていて、この絵本を出版したのもその一つ。こういうことについて考えることが、全国的にも当たり前になりつつあります。

——ハタハタとともに暮らしてきた秋田県民だからこそ、「獲れる、獲れない」というところだけを見るのではなく、その状況や理由を知ることが大事ですね。その一歩として、この絵本を秋田のたくさんの方に読んでいただきたいです。

高久さん
高久さん
ありがとうございます。自分はそれをとくに、絵本を通して子どもたちに伝えていきたいんです。若い世代に伝わっていけば、間違いなく漁業の未来が変わる。そして、子や孫たちがワクワクするような海を取り戻さなければと思っています!

〈高久至さんのHP〉https://itarutakaku.com/

写真絵本『ハタハタ〜荒海にかがやく命』は全国の書店などで販売中です。

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