秋田の新しい娯楽

秋田ノーザンハピネッツ

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文・鈴木いづみ 写真・鍵岡龍門

講師 秋田ノーザンハピネッツ 代表取締役社長(株) 水野勇気さん

③気持ちをひとつにする「県民歌」

「秋田初のプロスポーツクラブ」として誕生して10年。リーグトップクラスの観客動員数を誇り、地域活性の成功事例にも挙げられるほど、地域に愛されるクラブに成長したノーザンハピネッツ。その象徴ともいえるのが、ホームゲームで斉唱される「秋田県民歌」です。相手チームを圧倒する会場の一体感、この動画から伝わるでしょうか?

郷土愛と絆を深める「秋田県民歌」

鈴木
ノーザンハピネッツといえば、「県民歌」も有名ですよね。ブースターと選手の絆を感じさせる象徴のひとつだと思います。
水野
チームを立ち上げる活動をしていたとき、首都圏の秋田県人会などにも度々顔を出していたんですが、必ず県民歌を歌うんです。そこで初めて「県民歌というものがある」と知りました。しかも歌詞を見たら、秋田の魅力が詰まったすごくいい詞で。「チームができたらこれを歌いたいな」って思っていました。
鈴木
県民歌の導入は水野社長のアイデアだったんですね!
水野
「秋田を代表する曲をみんなで歌ったらいいんじゃないかな」とは考えていました。例えば、サッカーの日本代表が試合前に君が代を歌ったりしますよね。そういうのができたらいいなって。そうしたら「秋田県民歌」に出会って、ぴったりのものがあるじゃないか、と(笑)。
鈴木
私は岩手県在住なので知らなかったのですが、秋田県民歌って、秋田の人たちにとって身近なものなんですか? みんな歌っていて、すごいなあと。
水野
うーん。年代によると思います。少なくとも僕は知らなかったし、県民歌を聴く機会もありませんでした。実は最初、全然浸透しなかったんですよ。「やめようか」という話もあったぐらい。
鈴木
えー、そうなんですか! 
水野
1年目は、選手が入場する前にBGMとして県民歌を流していたんです。でもこれだと誰も歌わないということで、2年目からは選手がコート上に並んだとき、会場にいるみんなで斉唱する、という形にしました。そこから徐々に歌う人が増えていって、3年目ぐらいからみんなが歌ってくれるようになりました。
鈴木
ということは、ノーザンハピネッツをきっかけに県民歌を覚えた、という人もいるかもしれませんね。歌えたほうがより一体感を感じられるし、絶対楽しい。それに水野社長がおっしゃったように、あの歌詞とてもいいですね。郷土愛を揺さぶられるというか。
水野
はい。僕たちは「秋田の」クラブチームであることを常に意識しているのでそれをブースターにも意識させるいい仕掛けになっていると思います。それはコール(応援の掛け声)にも反映されていて、ノーザンハピネッツでは「レッツゴー秋田!」って叫ぶんです。だいたいチーム名を入れるところが多いと思うんですが、うちは県名で。
鈴木
ああ、確かに!
水野
実はうちも最初は「ゴー・ゴー・ハピネッツ!」だったんです。でももっと秋田を意識させるものにしたいと「レッツゴー秋田!」っていうパターンもつくりました。

誰もが参加でき、楽しめる場に

鈴木
年齢層が幅広いのも、ノーザンハピネッツブースターの特徴ですよね。小さい子もいれば、おじいちゃんやおばあちゃんもピンクのTシャツを着て、声を張り上げて応援していたり。それがすごくいいなあって。
水野
秋田は60歳以上の高齢者が人口の3割以上ですからね。元気な高齢者もたくさんいらっしゃるし、そういう人にも楽しんでもらいたいなと考えています。なので少しお得なシニアパスや、家族と一緒に観戦できるチケットを設定するなど、高齢者が足を運びやすい仕組みはつくりました。でも1年目からうまくいったわけではありません。試行錯誤の積み重ねです。
鈴木
総合案内で、薬を飲むための水を提供している、というのもおもしろいなと思いました。
水野
飲食は原則持ち込み禁止で、会場内で買ってもらうのですが、「薬を飲みたい」という人に「そこでお茶買ってください」というのもおかしいかなと。ホスピタリティの一環ですね。プロスポーツクラブといってもサービス業なので。
鈴木
そういう「おもてなし」の姿勢が、幅広い年代に支持されているんですね。
水野
僕らは秋田県のチームなので、たとえバスケットに興味がなくても秋田のみなさんに応援してもらいたいと考えています。だから会場に足を運ぶ理由やきっかけは何でもいいんです。例えば1年目は、お笑いライブを試合会場で開催したりもしました。それを目当てに来てもらい、ついでに観たバスケの試合を「おもしろいじゃん」って思ってもらえたらいいな、って。まずは足を運んでもらわないと、僕らが目指すスポーツエンターテインメントを知ってもらうこともないだろうと思ったので。
鈴木
子どもからお年寄りまで、そして初めて観に来たという人からコアなブースターまで、多様なお客さんが同じ会場に集まる。そのことで気を配っていることはありますか?
水野
応援スタイルをあまり強制しないことですね。初めて来た人も、一人で来た人も、楽しめることが大事だと思っているので。
鈴木
「内輪ウケ」しすぎない、ということですか。
水野
そうです。でも秋田のお客さんって基本的にノリがいいなあって思います。ピンクの応援シートを客席で掲げたりだとか、リーグ参入1年目のときから多くの人が参加して盛り上げてくれました。他のところだと恥ずかしがって躊躇する人も多いんですけど。
鈴木
そのノリのよさって、秋田の県民性なんでしょうか?
水野
以前、秋田出身の直木賞作家である西木正明さんが「秋田県民はラテン系だ」って講演で言っていたのを聞いたことがあります。でも当時の僕は「そうかなあ」って思っていました。秋田の人ってみんな静かじゃん、お酒が入ればおしゃべりになるけど、って(笑)。でも今は、観客席のみなさんが試合を盛り上げてくださるのをみると「確かにラテン系だよな」って納得します。
鈴木
試合がお酒代わり…(笑)というか、本来持っているノリのよさを発揮するいい機会になっているのかもしれないですね。
水野
それはあると思います。あと、秋田の人たちは「バスケを知っている」というか、試合の状況を理解するスピードが早いというのも感じます。前回話したように「バスケ王国」ですし、スポーツ少年団などでバスケットをやっている子ども多い。雪の多い秋田では、冬でも天候関係なく楽しめる室内競技が向いている、というのもあるのかもしれません。
鈴木
あー、なるほど!
水野
冬って、どこも行くところがなくて、家に閉じこもりがちになりますよね。そういう面でも「ノーザンハピネッツの試合を観に行く」というのは、秋田の冬の楽しみ方として向いているのかなと思いますし、そうなっていけたらと思います。

ノーザンハピネッツが秋田の人々に支持されているのは「郷土愛の表れ」でもあるのだな、と感じました。ホームゲームは、ふだんは物静かな人たちが「県民歌」を歌い「レッツゴー秋田!」と叫ぶことで、胸の奥にあるふるさとへの誇りを表出する場でもある。そんな風に子どもから高齢者まで、すべての世代が「おらほのチーム」に熱くなれる、夢中になれる秋田。すごくいいなあ、と思います。

次回は、「秋田の人にとって、ノーザンハピネッツはどんな存在なのか」を、ブースターの声とともに紹介していきます。

秋田の暮らしのそばにある へつづく

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