秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:菅原真美 写真:高橋希

甘酒が咲かす、こうじのチカラ。あまざけらぼ。

2020.04.29

秋田市雄和にある「あまざけらぼ」は、2019年にオープンした自家製甘酒の工房です。

「……あれ?甘酒ってこんなに飲みやすかったっけ?」はじめて口にした瞬間、身体の奥までスーッと広がっていく自然な甘み。原料となる米糀こめこうじから手作りする「あまざけらぼ」の甘酒は砂糖を使用しないため、どの年代の方々でも飽きずに飲み続けられる優しい味が特徴です。

ほろっとした柔らかさのある糀の粒感も楽しめる。

「甘酒を飲むと、すごく元気が湧いてきて、今日も乗り切るぞって気持ちになれるんです」自身も日々、甘酒にチカラをもらいながら、工房で甘酒作りと向き合い続けている打矢 うちや智己ともみさん。今回、工房がオープンに至るまでの「これまで」と、甘酒を通して実現したい「これから」について、お話を伺いました。

打矢さんは、大仙市にある種麹製造会社で働きながら、「あまざけらぼ」として活動を続け、1年前にご自宅横に工房をオープン。
商品名である「木花咲耶姫このはなさくやひめ」は、酒造りの神様として祀られている大山祇神おおやまつみのかみの娘の名前が由来。「木の花(桜)が咲く」ように美しい女神だったとされている。
甘酒は「白米甘酒」「5分づき米甘酒」「豆乳甘酒」の3種類あり、工房で月に数回、販売をしている。(※現在、工房での販売は一時休止中。)

遠回りこそ、近道。

——最初に甘酒を作ろうと思ったきっかけは何だったんでしょうか?

打矢さん
打矢さん
知り合いから手作りの米糀の甘酒を頂く機会があって飲んでみたら、その美味しさにすごく感動してしまって。それまでお正月におばあちゃんが作ってくれる砂糖入りの甘酒を飲んでいたので、その味に慣れている分、砂糖を使わなくても、こんなに美味しく甘く出来るんだと驚きました。

そこから、もっと飲みたい、自分で糀から作ってみたいと思うようになり、個人的に甘酒作りを始めました。

——作り方はどのように学ばれたんですか?

打矢さん
打矢さん
ネットや論文で調べながら、独学で学んでいきました。知識も経験もゼロからのスタートだったので、最初は失敗ばかりで……。何回も作っていくうちに完成はするけど、ただ作るだけでは物足りなくなってきたんです。段々と自分の理想の味を求めるようになり、いつ間にか夢中になって作っていました。
室温34度の麹室こうじむろで行われる「切返し」という作業。蒸したお米に糀菌をふりかけ、長時間保温させたものを手でほぐしていき、温度を均一にしていく。お米の隅々まで酸素を行き渡らせることで、麹菌が繁殖しやすくする。
お米は減農薬・減化学肥料の秋田県産ササニシキを使用。粘りの強いお米と比べて、食後の血糖値の上昇が緩やかになると言われている。
出来上がった米糀は水分を飛ばすために、一度、冷凍させて常温に戻す。
米糀に水を加え、2日ほどかけて煮ていくことで、甘酒が完成する。
打矢さん
打矢さん
ここで作る甘酒の材料は糀と水のみで、とてもシンプルなんです。なので、素材がそのまま生きてくる。工房はまだまだ設備的にも整っていないところもあるので、その都度、コンディションも違ってきます。その微妙な変化を見極めながら作業していくのは難しくて、今でもすごく緊張します。でも、なかなか思い通りにならないからこそ、面白くて続けられています。
現在、5冊目になった記録ノート。毎回、製麹せいきく(糀を作る作業)をする際の気温や作業ごとの時間などを書き留めている。
打矢さん
打矢さん
甘酒は、いわば微生物の賜物なんです。お米と糀菌を合わせて発酵していく過程で、微生物が自然に作り出す酵素が甘酒の美味しさになります。いかに自分の都合やペースを押し付けず、微生物がのびのびと動けるように手助けできるか。これも難しいですが、常に意識するようにしています。
工房の冷蔵庫上のメモに書かれてあるのは、打矢さんのマイルール。まだ身体に染み付いていないため、ふと見た時に思い出せるように貼っているそう。
打矢さん
打矢さん
今の作り方が正解とは限らないので、とりあえず、なんでもやってみることが大事だなと思っています。やり尽くした末に、やっぱり最初が良かったと戻るかもしれない。それはやったからこそ、思えることなので。遠回りこそ、近道と信じて、今はやっています。

心にずっと持ち続けてきた夢。

——打矢さんご自身は、現在のように商売をやってみたいという思いは元々、持っていたんですか?

打矢さん
打矢さん
そうですね。ここの工房は元々、私のおじいちゃんが縫製会社をやっていた建物なんです。会社は畳んでしまったのですが、いつの日かこの建物を活かして何かできればいいなぁと思っていました。
打矢さん
打矢さん
あと、自分が好きなことで食べていきたいという思いもあったので、昔はネイルや色彩などの習い事をやっていました。だけど商売につなげて考えようとすると、どれも気持ちが乗らず、全然続かなかったんです。

そうしているうちに甘酒と出会って、自分が作ったものを周りにお裾分けしていたら、みんなから「商売してみたら?」と言ってもらえて。
甘酒を作り始めたころは、商売にすることまで意識せずにやっていたので、「そうだ、これか!」と気づかされました。
打矢さん
打矢さん
でも、いざここに甘酒工房を作ろうと思った時に、甘酒は作れるけど、販路もない状態で始めるのは難しいと判断して。だから、まず種まきから始めたんです。良い糀と甘酒を作り、たくさんの人々に美味しさを知ってもらうために活動をスタートしました。

例えば、飲食店をやっている方々に、「自分はこんなことをやりたいんです」と話しに行って、甘酒を飲んでもらう機会を作っていきました。地道にコツコツと種まきをした結果、その縁がつながり、イベントに呼んでもらえるようになって少しずつお客様にも認知してもらえるようになりました。

——そんな打矢さんの姿を、ご家族は応援してくれていたんですか?

打矢さん
打矢さん
いえ、それが本格的に工房を作りたいと家族に相談したら、おじいちゃんとおばあちゃんからは、大反対されて。頼むから自分たちが死んでからやってくれとも言われてしまって……。

——元々、会社もやられていて、その大変さを知っているからこその言葉だったんでしょうか。

打矢さん
打矢さん
そうですね。会社を畳んだ後、二人は同じ建物でわらじ作りを始めたんです。今で10年くらいになるのかなぁ。その二人が元気なうちに、同じ場所で一緒にものづくりがしたかった。二人がわらじを作り、私が甘酒を作り、というふうに。そのことを伝えたら、やっと理解してもらえるようになりました。
わらじ工房にお邪魔すると、祖父のきよしさんと祖母のキワさんが元気に作業する姿が。お二人は全国でも数少ない現役のわらじ職人であり、作ったわらじは時代劇などの撮影小道具としても使われているそう。
打矢さん
打矢さん
この建物の2階に甘酒工房をオープンしてから、甘酒を買いに来てくれたお客様が1階のわらじ工房にも寄ってもらえるようになって、二人はそれがすごく嬉しいみたいです。私が作った甘酒もわざわざ買って飲んでくれていて、今は応援してもらっています。

今だからこそ、甘酒にできることを。

打矢さん
打矢さん
今は甘酒のみ作っているので、それしかないというプレッシャーもあるんですが、よりクオリティを上げていくために研究したい、追求したいという気持ちが大きいです。

——まさに名前の通り、「らぼ」なんですね。

打矢さん
打矢さん
秋田のお米を使っているので地産地消だねと言われることも多いんですが、他のお米でも試してみたいという気持ちもあるし、産地や品種を限定せず、自分がいいと思ったものを取り入れていきたいですね。何より自分がやっていて楽しくなっていくことを大事にしたいです。
打矢さん
打矢さん
今は新型コロナウイルスの影響もあって、商売をする立場としては大変な状況下ではあるんですが、その中でもこれから何をしていくべきかを見つめ直す時期でもあると思っていて。どんな状況でも前向きな姿勢で、甘酒をより価値のあるものにできないかと考えています。

——今後、どう生きていくかを選択していかなければならない時期でもありますよね。

打矢さん
打矢さん
今まではお客様に工房まで足を運んでもらい、購入していただく形をとっていましたが、事態が終息するまでの間、甘酒の配達をすることにしました。

外出自粛が続く中で、どこか緊張感があったり、イライラしてしまうこともあるかなぁと思うので、甘酒を飲んで、少しでも気持ちをほぐしてもらえたらと思っています。
打矢さん
打矢さん
甘酒は免疫力を上げる効果があると言われていますし、今、私にできることは、みなさんに飲んでもらうことなので。これから先、不安なこともたくさんありますが、今だからこそ甘酒にできる可能性を広げつつ、前に進んでいきたいです。

(取材日:2020年4月10日)

【あまざけらぼ】
〈住所〉秋田市雄和新波字山崎198
〈TEL〉080-4737-8833
Instagramアカウントはこちら。工房での甘酒販売は電話やInstagramにて事前予約制。

※現在、工房での販売は一時休止中。配達・発送のお申し込み方法や、各販売店での情報はInstagramの最新情報をご覧ください。