秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:矢吹史子 写真:高橋希

KACOMI。ひとりでは手に入らないもの。

2020.08.19

直径75センチもある、大きな大きな木皿「KACOMIかこみ」。これは、「誰かと食卓を囲み、言葉を交わし、ひとりでは手に入らないものをみんなで楽しむ」という「共食」をコンセプトに作られています。

制作しているのは、五城目町ごじょうめまちにある佐藤木材容器の佐藤友亮ともあきさん。「2年前、この器ができたことで、生き方が大きく変わった」とおっしゃる佐藤さん。そこには、どんな背景があったのでしょうか?お話を伺っていきます。

危機感から生まれたKACOMI

佐藤さん
佐藤さん
佐藤木材容器は、私の祖父が1965年ころから始めたもので、私は3代目。この世界に入って14年目になります。

祖父の時代は、桶や樽を作るための木のパーツを作っていたんですが、2代目にあたる父の代からは、スーパーなどの食品系の什器じゅうきを扱う問屋さんから注文を受けて、木のトレーなどを作るようになりました。
ショーケースに並ぶ肉や、焼き鳥、パンなどを乗せるトレーとして使われている。
佐藤さん
佐藤さん
私が仕事に加わってからも、これらの制作をメインに、今も全国に13支店ある大手の問屋さんなどから注文をいただいています。これらの商品を作って発送するだけで精一杯ではあったんですが、2016年に父が病気で他界して。

そのとき、うちで扱っている商品についてあらためて見直してみたんです。すると、問屋さんの商品が約95%も占めていました。それで「もしも、この業界で認められなくなったら、自分の商売が終わってしまう」という危機感に駆られてしまったんです。
佐藤さん
佐藤さん
そこで、独自の商品を作ろうということで、秋田市で企業に対してデザインやものづくりに関する支援をしている「(公財)あきた企業活性化センター」へ相談に行きました。
そこからの紹介で、東京や関西のデザイナーの方にも加わってもらって、アドバイスをいただきながら、新製品作りをスタートさせたんです。

KACOMIというチャレンジ

佐藤さん
佐藤さん
「うちの木材加工の技術をもとに何を作ろう?」というところから始まりました。
「一般的には木で作らないものに挑戦しようか?」「これまでにないような大きなサイズのお盆を作ろうか?」など、いろいろ考えたんですが、デザイナーの方とやりとりを重ねるなかで「友亮くんは食事を囲んで、酒を飲むのが好きなんだから、みんなで囲めるようなでっかい皿を作ったらいいんじゃない?」と言われたんです。

——ご自身の好きなことに寄せていったんですね。

佐藤さん
佐藤さん
はい。宴会の場で使ってもらえるような、その皿が一枚、テーブルに上がるだけで、その場がぱっと華やぐような……。そういうお皿にしたいなと。

——大きなお皿って、提供される側はもちろんですが、料理を作って盛り付けする側もテンションが上がりそうですよね。

佐藤さん
佐藤さん
そうなんです。そんなシチュエーションを思い描きながら、何度も試作を重ねてやっとできた型で、今度は木の種類を考えていきました。
そこで辿り着いたのが、秋田杉。こちら、持ってみてください。秋田杉って、とにかく軽いんですよ。

——わ〜!ほんとだ!軽いし、柔らかい。

佐藤さん
佐藤さん
そうなんです。秋田杉って柔らかいんです。秋田県内でも、木製の器を作っている人はいるんですが、秋田杉を使っている人は少ないんですよ。
それは、柔らかくて削るのが大変だから。木目によって、むしれてしまう(表面が逆立つように荒くなってしまう)んですね。なので、「杉は面倒くさい」というイメージがあって嫌厭されるんです。
上の木材が桜。下が杉。どちらも加工していない状態のものだが、杉は側面がむしれているのがわかる。
佐藤さん
佐藤さん
それでも、秋田杉は木目が美しいし、何より、秋田県民としてのアイデンティティでもあるので、使うことにしました。

——大きさの展開がいろいろあるんですね。

佐藤さん
佐藤さん
はい。大きいものは75センチ。45、36、33……小さいものは15センチまであります。
佐藤さん
佐藤さん
最大のものを75センチにしたのは、デザイナーさんから「どのくらいまで大きくできる?」と試されるように聞かれたのがきっかけで。できる最大サイズを元に展開したんですが、さすがにここまで大きいものは、みんななかなか作ろうとは思いませんよね。

——手間のかかる秋田杉を使って、さらに最大限のサイズにする。普通では考えられないことにチャレンジした器なんですね!

木材は、プログラミングをもとに機械でカッティングされる。
カットされたものは、ろくろと紙やすりを使って、一枚一枚、手作業で丁寧にやすりがけしていく。
手に持っているのが、やすりがけを終えたもの。滑らかで柔らかく、秋田杉の温かさが際立つ。

KACOMIというプロジェクト

——広告のビジュアルもとてもインパクトがあります。こういった大きな器は、使うシチュエーションやコンセプトを思い描けないとなかなか手が出しづらいように感じるのですが、丁寧に展開されていますね。

佐藤さん
佐藤さん
これも、活性化センターや、デザイナーさんにサポートしていただいたことが大きいんですが、ネーミング、ロゴマーク、フードコーディネート、写真撮影、デザイン……それぞれの専門の方に委ねたら、パズルのピースがはまっていくようにこの器のイメージができていったんですよね。興奮しましたね。本当に面白かったです。

——KACOMIという一つのプロジェクトとして、チームで形づくっていくというのは、これまでなかったものですよね?

佐藤さん
佐藤さん
そうですね。自分の考えだけでは絶対に生まれない、広がりや変化がありました。外からの視点の大きさを実感しましたね。

KACOMIが繋いだもの

約1年かけて完成したKACOMIは、これまでのような問屋さんを介したものではなく、雑貨店などに直接卸している。現在は、秋田、東京、千葉、福島、福岡、大阪、滋賀、宮城など、全国15店舗ほどで取り扱いがある。
佐藤さん
佐藤さん
KACOMIは、これまでの商品と違って、お客さんとダイレクトに繋がることができるんですよね。
購入された方のSNSを通して「ああ、使ってくれている!」っていうのが感じられたり、全国のイベントや展示会に出店した際にも、「大きい!」とか「軽い!」というような反応を間近に見れるのも嬉しいですよね。

そういった反響がモチベーションにもなって、これまでの問屋さんからの注文商品も、より丁寧に作るようになったし、効率も上がったように感じます。

——購入された方は、どんなふうに使われているんでしょう?

佐藤さん
佐藤さん
大きなサイズのものは、ケータリングやパーティーなどで使ってもらっているようです。目的に合わせて、オリジナルのサイズでのオーダーもいただいたりしていますし。
ただ、今は「一つの皿を囲んでみんなでワイワイ」というのができないので、なかなか厳しい状況ではあります。実は私、この4月に入籍したんですが、友人を呼んでのパーティーもできていないんですよ……。

——ご自身の晴れの日に、「KACOMIを囲む」ということができなかったのは残念でしたね……。

佐藤さん
佐藤さん
でも、この器を介して、人との縁がどんどん繋がっていくんですよね。友だち付き合いもガラッと変わりました。
秋田で作家活動をしている人たちとの繋がりもできて。金工、陶芸、彫刻、ガラスなど、素材や手法は違えど、お互いのやり方や考え方に触れられることがすごく刺激になっています。

——それまでは、作家同士の繋がりはなかったんですか?

佐藤さん
佐藤さん
一切ありませんでしたね。それで、去年はその作家仲間たちが「五城目に行ってみたい!」というので、案内したんですよ。
一日かけて、五城目のシンボルでもある山「森山もりやま」、陶芸作家さんの窯、カフェ、古本屋などを巡ったり、「ここの水が美味しい」「ここのダムは木製なんだよ」って紹介したり……。

——「KACOMI」のご縁が、五城目の魅力を伝えることにまで発展しているんですね!

佐藤さん
佐藤さん
みんなからも「なんなの?その五城目愛は!」って言われて。みんなは、自分の地元をそこまで詳しく知らないらしいんです。私自身としては当たり前のことだったんですけどね。でも、案内することで、あらためて五城目の良さを知ることもできるんですよね。
佐藤さん
佐藤さん
その土地に根を張って暮らしてきた人たちが、外からの刺激を受けてさらに根を伸ばしていく……。町っていうのは、そうやってできていくんじゃないかと思うんですよね。

——「ひとりでは手に入らないものをみんなで楽しむ」というKACOMIのコンセプトが、もはや佐藤さんの生き方になっているようにも感じます。

佐藤さん
佐藤さん
この器がなかったら、今の自分はありません。だかこそ、これからも丁寧に作っていきたいと思っています。

【佐藤木材容器】
〈住所〉南秋田郡五城目町大川谷地中字堰添35
〈TEL〉018-852-4748
〈HP〉http://satomokuzaiyouki.jp/