秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:矢吹史子 写真:高橋希

八郎潟の、小さな「森」に迷い込んで。

2019.06.12

秋田県で一番面積の小さな町、八郎潟町はちろうがたまちを巡るなか、JR八郎潟駅前で、時が止まったかのような懐かしい趣きの喫茶店に出会いました。お店の名前は「アップルの森」。看板は色あせつつも、80年代ころのものであろう、ポップな佇まいを現代も貫く潔さに惹かれ、扉を開けてみると、そこにはまさに「森」が広がっていました。

店内にあしらわれた木々と無数のりんご。
入ってすぐにある小窓の奥には、この店を営むご夫婦の姿が。ご主人が調理、奥さんがホールを担当。残念ながら、お二人とも顔出しはNGとのこと。
「私たちの写真だけはごめんなさい!メニューを見てイメージを膨らませてもらったほうがいいんじゃない?」と、言われるがままに、メニューを開くと……。
すべて手描き!
そして、緻密に描かれたイラストもいっぱい。
さらに読み進めていくと、各メニューに添えられたコピーも気になる。ピラフとラーメンには「私のハートはあなたのもの」。ハンバーグとスパゲティーには「失恋 これを食べて元気をつけて」。
「ホットなのみもの」に「クールなのみもの」まで充実。

独特なメニューの世界に、注文するのも忘れて見入ってしまいましたが、迷いに迷って決定。しばらくすると、目が慣れてきたのか、りんごばかりかと思っていた店内に、いろいろなものが見えてきました。

不思議な世界感のステンドグラス。各テーブルにはかわいらしいガラスのランプシェードも。
りんごといえば、白雪姫。白雪姫といえば……ということで、小人たちも勢揃い。
雪国らしく、わらぐつまでぶら下がる。
店内に流れるJ-popもいいムード。

——内装、すごい力の入れようですね! これはご自身で装飾されたんですか?

奥さん
内装はうちの人(ご主人)が全部やりました。
窓辺には、伊達政宗?!しかも……
店主のお手製!?

——伊達政宗、手作りなんですね!

奥さん
そうですね。あちらにある「パリの貴婦人」もね。こういうのを作るのが趣味なんですよ。ステンドグラスやランプシェードもそうなんですよ。
ご主人お手製の「パリの貴婦人」。

——え! ステンドグラスまで?! なんだかご主人の美術館みたいですね!!

奥さん
ふふふ。メニューもボロボロなんですけど、こちらもうちの人が、中の絵も文も全部描いたんですよ。さあ、ご注文の品、できましたよ〜。

と、やってきたのがこちら!

「おすましやの彼女もニッコリ」というコピーのハンバーグランチ。ハンバーグはふっくらやわらかいので箸で簡単に切れる。付け合わせもバラエティ豊か。
「おいしいを連発しないで下さい」というコピーのエビグラタンは、マカロニがたっぷりでとろっとろ。忠告どおり、「おいしい」以外の言葉を探しながらいただきます。
「女性人気No1アイドル」というコピーの「ピラフとスパゲティー」は、言葉どおりの華やかさ。バターの香りがしっかりと効いたピラフと喫茶店の定番のナポリタンの両方が楽しめる。汁物以外の食事メニューにはすべてに味噌汁がつくのも嬉しい。
「おいしさをてんこ盛り」というコピーの「森のかつ丼は」は、揚げたての香ばしいカツと、ふわふわ卵、甘〜いタマネギのバランスが最高。
「肉のチーズ焼き」は、チーズの中にトマトベースの豚肉や野菜が隠れる、意外にもさっぱりとした一皿。コピーのとおりの「感無量」な味わい。
奥さん
うちは農家なのでお米も自分たちで作ったものを出してるんですよ。

——農業もやりながら、喫茶店もやられているんですか?

奥さん
そうなんです。美味しいものを提供したいからね。ごはんがまずかったらイヤでしょう? うちはあきたこまちを使っています。みなさん美味しいって言ってくれますよ。それに、野菜も作ってるんですよ。最近、きゅうりやトマトなんかの種を蒔いたところです。
なるほど、看板にも「農家お食事カフェ」とある。

——となると、毎日忙しいですね。

奥さん
そうなんです。5時頃から起きて、水撒いたりたり、草取りしたりしてるからね。なので、夜はあんまり遅くまでやってられないんですよ。眠くなっちゃうから、営業は夜7時頃まで。

——他にも気になるメニューがあるんですが、ここに書いてにある「パフェ 子供の夢」というのは、大人も注文できるんですか?

奥さん
はい、大丈夫ですよ。ご用意しますね。
そして、やってきたのがこちら! チョコ、イチゴ、抹茶、バニラの4種類のアイスに、たっぷりの生クリームとフルーツ、そしてイチゴのチョコレートまで乗った、まさに「子供の夢」!

——こちらのお店は何年くらい続けられてるんですか?

奥さん
平成5年に新しくして、その10年くらい前からやってるから、かれこれ35〜36年くらいかな。
お店のマッチ。最近は禁煙制にしたので、ほとんど出番がなくなった。「アップルの森」と付けたのは、「あ」から始まると呼びやすいなと思って。そこからこの内装が決まっていったという。

——どういう思いでお店を始められたんでしょう?

奥さん
日中に、女性が気軽に入れるお店がなかったんですよね。だから「ちょっとお茶したいな」っていう時に入れるようなお店があれば、と思って。昔は居酒屋さんしかなかったから。だから、うちは圧倒的に女性客が多いんですよ。

——駅のそばだと、学生のお客さんも多いんじゃないですか?

奥さん
昔はそうでしたけど、今はみんな車で送り迎えしてもらっているから少なくなりましたね。昔、学生だった人が、今は孫を連れて来たりはしますけどね。
近くにあった大きな会社も地元のスーパーもなくなってしまって、町は寂しくなりましたよ。
ご主人の手作りで溢れるなか、唯一の奥さんのお手製品という、かわいらしいカーテンも存在感たっぷり。

この日は平日のランチ時間を外して訪ねたので、お店はとても静か。じっくりと店内を見せてもらい、満腹で店を後にした取材班でしたが、後日、再び訪ねてみると、土曜日ということもありお店は大混雑! そして、奥さんが話していたとおり、女性客ばかり。客足が途切れません。

——驚きました。先日と違って、今日は大盛況ですね。

奥さん
このあいだはたまたま空いていたのよ。土日なんかは、開店の11時からこんなふうに賑わうんですよ。昔はいつも予約でいっぱいでした。

——開店当初の「女性のためのお店」は今でも健在なんですね! 変わらず賑わっている、その秘訣というのはあるんでしょうか?

奥さん
席どうしが木で仕切られてるから、ゆっくりできるみたい。それに、みなさん何十年も来てくださっているから、顔ぶれはだいたいわかるんですよ。いつも私が対応するので、その人の好みもわかるし。電車に乗る人には、時間に合わせて早めに作ってあげたりね。

——長年の付き合いや経験からのおもてなしが、居心地の良さに繫がっているのかもれませんね。農業との二足のわらじは大変ではないですか?

奥さん
外での仕事(農業)に比べたら、店の中の仕事は楽しくやれますからね。体が続く限りはがんばりますよ。また来てくださいね!

手作り感たっぷりの店内、目が離せないメニュー表、美味しい食べ物、そしておもてなし。お二人が農業をしながらもお店を続けているのは、ここが、好きなことや楽しみを惜しみなく表現できる場だからかもしれません。八郎潟の「森」に、みなさんも迷い込んでみませんか?

【アップルの森】
〈住所〉南秋田郡八郎潟町中田60-24
〈TEL〉018-875-5126
〈定休日〉不定休
〈営業時間〉11:00~19:00