秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:矢吹史子 写真:船橋陽馬

八郎潟が生んだ、甘くてしょっぱい宝石

2019.02.13

みなさんは最近、佃煮つくだにって食べていますか?
あの、茶色い、ごはんのおともの、佃煮です。

潟上市かたがみしを巡っていると、「佃煮」の看板をよく見かけます。それもそのはず、秋田県は魚介の佃煮の消費量が全国でもトップクラス、なかでも潟上市は秋田県随一の佃煮の生産地なんです。
今回は、そんな佃煮のお話。読み終わるころには、みなさんのなかの佃煮のイメージが少しだけ変わるかもしれません。

訪ねたのは、昭和7年創業の佃煮店、佐藤食品株式会社。代表の佐藤賢一さんに案内していただきます。

佐藤さんの曾祖父で創業者の名前「長之助」から、佐藤食品の屋号は「カクチョウ」という。

美しき手仕事の世界

まずは、工場内を見学。甘さと魚の香ばしさが混ざったいい香りが漂うなか、扉を開けると、そこここで、もくもくと湯気が立ちこめています。

——目立った機械がないようなんですが、もしかして、すべて手作りなんでしょうか?

佐藤さん
そうなんです。うちの佃煮には水飴を使っているんですが、水飴は粘性があってベタベタしてしまう。だから機械化するのが難しいんです。
ミネラル分の多い麦芽水飴を使用。砂糖だけでは出せない奥行きが出るという。水飴には魚の水分を引き出す力があり、煮る時間が短くできるそう。


秋田のお茶受けの定番「いかあられ」。のしイカに、砂糖、水飴、寒天、塩で作られたタレを絡める。ここまでは全国的にも見られるそうですが、ここにカラフルな「手亡豆てぼうまめ」が入るのが秋田流。
完成した「いかあられ」。好みによって、豆派とイカ派に分かれるという。ちなみに佐藤さんはイカ派。


こちらは八郎潟はちろうがた産「若さぎからあげ」。二度揚げしたものにタレを絡めて味付けする


「若さぎの甘露煮」。1匹ずつ丁寧に並べた網を鍋に重ね入れて炊いていく。


事務所に場所を移して、さらにお話を伺います。

八郎潟と佃煮

佐藤さん
もともと佃煮というのは、江戸時代に東京の佃島つくだじまで生まれたもので、好漁の際に多く獲れた小魚の活用と不漁の際の備えとして、しょっぱく煮付けたものを作ったのが原型と言われています。

それが参勤交代などの機会に全国各地に広まるなか、秋田に伝わったのは明治時代。潟上市に面した八郎潟は、かつて琵琶湖に次いで日本で二番目に大きな湖で、そこで獲れるワカサギやフナを佃煮にしたのが始まりです。
茨城県の霞ヶ浦の人たちよって帆掛け船の操作方法や佃煮の作り方が伝えられた。そのなかには、歌手の坂本九さんのおじいさんもいたという。
佐藤さん
ピーク時、八郎潟周辺には、80〜100軒の佃煮屋さんがあったといわれています。
また、佃煮は保存がきくので軍事物資としても重宝されたようで、戦地に持って行けるものだったんですね。太平洋戦争の頃ですと、佃煮を作るために砂糖が特別に支給されて、かなりの量を製造していたと聞きます。

——今、佃煮屋さんはどのくらいあるんですか?

佐藤さん
秋田県佃煮組合に加入している会社は9社です。

——そこまで減ってしまったのには、八郎潟の干拓も関係があるのでしょうか?

佐藤さん
1960年代に、八郎潟の約80%が干拓されて農地となりました。軒数が減ったことにはいろいろな理由はあると思いますが、干拓もその一因といえるかもしれません。

ワカサギ事情

——そういったなかで、ワカサギ自体は今、どういう状況なんでしょう?

佐藤さん
自然保護の観点から、漁師さんが魚を獲る量、我々が購入できる量というのが組合で決められているので、毎年同じくらいの量が入ってきます。
また、漁師さんや漁協で卵の放流もしているので、これまであまり不漁ということもなかったんですが、一昨年はがくっと少なくなったんです。その理由もいろいろと考えられるんですが、まあ、自然のことですからね。

——人間が自然の方に合わせていくべきところもありますね。ワカサギの収獲は、主にいつごろなんですか?

佐藤さん
うちでは、八郎潟産のワカサギは、生後半年くらいの小さなもののみを使用しています。
これらは9月〜10月に獲れるのですが、小魚は鮮度落ちが早いので、朝獲れのものを一度揚げして保存しておいて、そこから、必要な量を製造の度に取り出して調味していきます。
専属漁師さんが朝一番で直接ワカサギを持ってきてくれるので、鮮度抜群なんですよ。
一度揚げしたものには、変形しているものや、ほかの魚も入っていることがあるのでしっかり選別する。それもすべて手作業。はじかれたものは別の商品に活かされる。

——ということは、一年で作れる量が決まっているんですね。

佐藤さん
はい。砂糖のように、無くなったら注文して買うっていうことはできないものですから。予測して買っておくしかないんですよ。

——すると、需要が増えてしまって応えられない可能性もある?

佐藤さん
そうですね。逆に多すぎて残してしまってもいけないし。
何年か前に欠品になってしまったことがあったんですが、「うちの子はおやつに“若さぎからあげ”しか食べないからないと困る」というご連絡をいただいたりして。申し訳なかったものの、そうやって愛されていることは、本当にありがたいですね。

バランスとバリエーション

——となると、需要と供給のバランスがポイントになりますね。佃煮の需要はどういう状況なんでしょうか?

佐藤さん
統計でみても、年々佃煮の消費量は減っています。その理由としては、核家族化であったり、各家庭に普通に冷蔵庫がある時代ですから、昔のように佃煮の保存性が必要とされなくなってきているというのは大きいですね。
それでもうちは今、おかげさまで需要と供給のバランスが合っている状況なんです。

——消費量が減る=窮地に立たされている、というわけではないのがすごいですね。

佐藤さん
佃煮は、お歳暮などの贈答品としてのご利用が多いのですが、近年は、贈答のマーケット自体が小さくなってきています。そんななか、ありがたいことに、うちの佃煮は、佃煮に馴染みのなかった新規のお客様、全国のお客様が買ってくださっています。
それは、口コミによるものも大きくて「以前いただいて美味しかったから、うちもお歳暮で使うことにした」というような声もいただりして。まだまだ可能性を感じますね。

——減っていくことに抗うのではなく、求めている人たちを確実に満足させることで、次に繫げているんですね。
ワカサギの量には限りがあるなか、ここからさらに需要を伸ばしていくとなると、違う原材料でバリエーションを増やしていくことが大事になってきそうですね。

佐藤さん
そうですね。ワカサギ以外にも、ハタハタ、白魚、昆布、くるみ、あんずなどさまざまな原材料を使っていて、商品は現在40種類ほど。社員からは減らせと言われています(笑)。

——この「佃煮あそび」という商品もおもしろいですね。

佐藤さん
「いろんな種類をちょっとずつ食べてみたい」という要望があったので、こういう規格を用意しました。

——たしかに、佃煮って、一度に大量にいただくことが多いので、そのまま冷蔵庫に眠っていて次に取り出すのはいつになるか……みたいなことが多いんですよね。

佐藤さん
そういう意味ではこの「佃煮遊び」は食べ切りサイズでちょうど良いと思います。

「ごはんのおとも」だけじゃない。

——「佃煮=ごはんのおとも」というイメージですが、食べるシーンも変わってきているんでしょうか?

佐藤さん
はい。おつまみとしての需要も多くて、96歳のおじいさんが「ウィスキーのアテに食べています」という声もありますね。

——ちなみに、佐藤さんはどういう食べ方をされていますか?

佐藤さん
くるみやアーモンドを使った商品「ナッツブラザーズ」なんかは、カレーに添えて食べています。カレーの具材って柔らかいものが多いんですが、かりっとした食感がアクセントになって良かったですね。

——わ〜やってみたい!

佐藤さん
ほかにも、「いかあられ」にマヨネーズを付けて食べるっていう方もいますし、小魚もすでに味がついているので、たまご焼きを作るときに混ぜてほかには味付けをしないで食べる、という方もいます。
そういった提案をしながら広げていきたいと思っています。

——正直、佃煮って、渋い食べ物という印象が強かったんですが、なんだか楽しくなってきました!

佐藤さん
そう思っていただけるように、もっとお客さんの方を向いていきたいと思っています。商品のラインナップを変えていくのはもちろんですが、昔からの定番の商品も、現代に合わせて、ここ数年で少しずつ味を変えているんですよ。

——そういうなかで、変えられない部分というのもあるのでは?

佐藤さん
それは、手仕事の部分ですね。
正直、精密さが問われる選別の部分は機械化してもいいのかなって思うんですが、職人が調理する部分や、お客さまにどういう商品を届けようか意見を出し合うような、人でなければできない部分を大事にしていかないと、淘汰されてしまうと思うんですよ。

そういう大事な部分を守りながらも、高みを目指して変わっていかなければ、と思っています。

【佐藤食品株式会社】
〈住所〉秋田県潟上市昭和大久保字片田千刈田26番地
〈TEL〉018-877-2054
〈HP〉 https://www.satousyokuhin.co.jp/