秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:矢吹史子 写真:高橋希

「無人販売」というコミュニケーション。阿仁合の本やさん。

2020.01.08

2019年11月、北秋田市にある秋田内陸線阿仁合あにあい駅のすぐそばに、書店がオープンしました。その名も「阿仁合の本やさん」。

古本の販売や貸し出しをする書店なのですが、じつはここ、無人販売の店なんです。

その仕組みや成り立ちが気になり、この店を営んでいる方々を訪ねました。迎えてくださったのは、「てんちょう」の柳山やなぎやまめぐみさんと、「ふくてんちょう」の長谷川拓郎さんのお二人です。

この書店の向かいにあるスペース「阿仁合コミューン」でお話を伺います。

——「阿仁合の本やさん」は、どんな経緯で生まれたんでしょうか?

長谷川さん
長谷川さん
2017年に、この、阿仁合コミューンを作ったんですよ。ここは、コミュニティスペースで、市などの施設ではなく、僕が個人で立ち上げました。

僕は普段は映像制作や写真の仕事をしているんですが、みんなにとってニュートラルな場所、世代に関係なくみんなが集まれるような場所が欲しいなと思って。

——具体的にはどういうことをしているんですか?

長谷川さん
長谷川さん
何って決めているわけではないんですが、石に絵を描く「WAROCKワロック」を体験できるようにしたり、「阿仁合の学校」っていうイベントをやって、阿仁の鉱山、民話、方言なんかを、年配の方に聞く場を作ったり……。
WAROCKとは、石に絵を描き、町のどこかに置いたり隠したりして、それを見つけた人が、またどこかへ移動させたり飾ったりしながらコミュニケーションを図っていくという遊び。

——それらの活動の一環として、書店を始められた?

長谷川さん
長谷川さん
一環というわけではないんですが、ここの向かいの建物が、30年近く廃墟のようになっていたんですね。ガラスも割れていて、草木もボーボーだったんです。
こちらが、改修前の建物。元はガソリンスタンドだった。(写真提供:長谷川拓郎さん)
長谷川さん
長谷川さん
でも、ここは駅前なので観光客がやってくるし、イベントをすると結構な数の人も来るので、そこに廃墟のような建物があると、それだけでネガティブなイメージになってしまう。

「ここに何かあったらな」って、ずっと思っていたんですよ。書店以外の選択肢もあったかもしれないし、ほかの誰かがやってくれても良かったんだけれど、何も動き出さなかったので自分でやろう、と。
建物の改修はほぼDIY。施工費をクラウドファンディングで募りながら、壁の塗装から本棚の制作まで、阿仁合コミューンに集う仲間たちと3ヵ月かけて行った。(写真提供:長谷川拓郎さん)
こちらが、完成した「阿仁合の本やさん」。

——ほかでも良かったなか、書店を選んだのはどういうところからなんでしょう?

長谷川さん
長谷川さん
本がある景観を見せたいという思いはありましたね。
本があるだけでも町が文化的なイメージになるとも思うので。それに、いま、全国にも無人販売の本屋が増えてきているんですよ。無人が成立するなら人件費をかけずに済むのも魅力だな、と。

——本自体はどうやって集めたんですか?

柳山さん
柳山さん
本は全部譲ってもらいました。地域の人や、秋田出身の県外の方からも。

——それは、元々繫がりがある人たちから?

柳山さん
柳山さん
それが、ほとんどが繫がりのない方なんですよ(笑)。新聞で取り上げられたのを見て持ってきてくれる方が多いんですが、記事の中で「譲ってください」と言ったわけでもなかったんですよ(笑)。

——それを買い取るというわけではなく?

柳山さん
柳山さん
みなさん、無償でくださるんです。
長谷川さん
長谷川さん
この段ボール箱がまさにそうで、昨日いただいたものですね。これは、阿仁合の方が持ってきてくれました。
書籍の売り上げは、主に建物の電気代や改修費に充てられているとのこと。
長谷川さん
長谷川さん
湯沢市の方からは、段ボール9箱分も送られてきたり。いま、僕の家のひと部屋が本で埋まってしまってます。もう倉庫を持たないといけないかって、考えてますよ(笑)。

——お客さんは、どんな方がいらっしゃるんでしょう?

柳山さん
柳山さん
近所の方や、観光で内陸線に乗ってきた方も寄ってくれたりしていますね。
各書籍には価格シールが貼られており、記載された金額をこのボックスに入れて会計する仕組みになっている。
長谷川さん
長谷川さん
昔、阿仁合にも本屋さんがあったけど、なくなってしまったそうなんですね。なので、周辺のみなさんからは「阿仁合に本屋さんが復活した」って、喜んでもらえているみたいです。

——貸し出しもやっているんですよね?

長谷川さん
長谷川さん
はい。合併前の阿仁町時代の本が結構たくさんあるんですよ。阿仁鉱山の本とかマタギの本とか。そういう、手に入りにくいものは貸し出しにしています。
緑色の棚は貸し出しコーナー。名前や連絡先を記入すれば、無料で借りることができる。

——地域の貴重な資料をストックする場所、という点でも、とても意味がありますね。

柳山さん
柳山さん
貸し出しを利用された方はまだ1人しかいないんですけど、秋田市から、秋田に関連する本を探しに来て、ごっそり買って行かれた方もいましたね。
長谷川さん
長谷川さん
このへんは買い取ってくれる店もないから、本はみんな家の中にしまいっぱなしなんですよね。思い入れがあって、捨てるにも忍びないということで持ってくる方も多いので、そういう意味では本も人も救われてるのかもしれません。

——空いている建物があって、処分できない本があふれていて、無人販売できる……。この本やさんの仕組みは、ほかの地域でも活かせそうですね。

長谷川さん
長谷川さん
ぜひやってほしいですね。

——ところで、お二人は阿仁合のご出身なんですか?

長谷川さん
長谷川さん
僕は湯沢市出身なんですが、それも生まれただけで、青森とか、マレーシアとか、新潟とか、家族の仕事の関係で転々としてきました。阿仁合に来たのは2013年です。
柳山さん
柳山さん
私は秋田市出身で、今は潟上かたがみ市に住んでいます。普段は秋田市で仕事をしているので、休みの日、週1回くらいここへ来ているんです。

——柳山さんは、どういう経緯で関わられるようになったんですか?

柳山さん
柳山さん
阿仁合コミューンに頻繁に来るようになったのは1年前くらいかな。はじめは、WAROCKがきっかけだったんですけど「石に描いてみたい」というよりは、ここでやっていることが不思議というか。「どうしてこういう場所ができたんだろう」っていうことに興味があったんですよね。
書店には、てんちょうの柳山さんが週1回来るほか、阿仁合コミューンにふくてんちょうの長谷川さんがいるときは対応ができるようになっている。
柳山さん
柳山さん
そうしているうちに「向かいで本屋をやる」って聞いて、「私も一緒にやりたい!」って思ったんですよね。

利益を上げようとかそういうことではなく、純粋に人と関われるっていうのが良いじゃないですか。その上、毎日来なくてもいいなら、やらない理由がない!って。

——でも、潟上市から阿仁合までは、車で1時間くらいかかりますよね。雪深いし、通うのはなかなか大変じゃないですか?

柳山さん
柳山さん
慣れもありますけど、そんなに遠くは感じません。実際の距離ではなく心の距離ですよね。そういう意味でいったらもう、ここは家の隣くらいの感覚です(笑)。ここに着くとほっとする感じもあるし。

——本屋という関わりができたことで、さらにその思いが強くなっているかもしれませんね。

柳山さん
柳山さん
完全にそうですね!

——長谷川さんが阿仁合に来たのは、どういうきっかけだったんですか?

長谷川さん
長谷川さん
最初は仕事で来たんですが、初めて来たときに偶然この地図を目にして。
長谷川さん
長谷川さん
ひと目見て「何この町!?」って思ったんですよ。
秋田市から車で1時間半くらい離れた山の中にあって、言ってしまえば、超ど田舎。
なのに、鉄道が残っていて、お寺や神社があって、中学校、小学校、保育園、スーパー、公民館の中には図書室、診療所や、警察の駐在所、消防署の分署もあるんですよ。こんな町、なかなかないですよね。都市ではないのに、暮らしに必要な機能がコンパクトにまとまっている。
長谷川さん
長谷川さん
それが気になって、3ヵ月後くらいにまた来たんですよ。そのときは1日、この地図を見ながら歩いて。それで住みたいなと思ってすぐに移住したんです。

子どもの頃から、家族の転勤で暮らしてきた場所って、だいたい都市だったんですよね。それなりに人口が多いところに住んできて、社会人になってからも、東京、山形、仙台……と都市に住んで。

でも、どこも同じようなシステムでできているんですよね。会社があって、そこからお金もらって仕事して……と。人口と予算の規模が違うだけで、基本のシステムは一緒。それってすごくつまらないなって思っていたんですよ。
長谷川さん
長谷川さん
そういうなかで、阿仁合は全く違っていたんですよね。都会に比べて、与えられる仕事は少ないかもしれないけれど、やらなければいけないことは圧倒的に多いんですよ。

それに、都会には、仕事の上で自分の代わりになる人がたくさんいて、枠の取り合いになっているけれど、こっちでは一人一人が本当に必要とされる。

——こちらのほうが、役割やチャンスが明確に見えるのかもしれませんね。

長谷川さん
長谷川さん
そうですね。自分で考えて「これだ」と思うことをやっていきたいんですよね。映像も写真も、店を作るのもそうですけど、作りたいものを作りたい。
それができるのは、この地域だからとも思います。

——これからは、阿仁合コミューンや本やさんを通じて、阿仁合を盛り上げていくのが目標となるのでしょうか?

長谷川さん
長谷川さん
この本屋が盛り上がるわけではないと思うんですよね。でも、本が身近にあれば、それを読んだ人の世界や認識が変わるかもしれないし、こういう場所ができたことで、町がどう変わっていくのか……。
期待というか、実験というか、その変化を見ていくことが楽しみですね。

【阿仁合の本やさん】
〈住所〉 秋田県北秋田市阿仁銀山下新町119−23
〈TEL〉0186-67-7030(阿仁合コミューン)
〈営業時間〉10:00〜18:00
〈定休日〉月曜日
〈HP〉https://aniai-books.localinfo.jp/