秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:矢吹史子 写真:高橋希

本日も、チャッキチャキ!
美郷町「おやつの店」のおばあちゃん。

2019.07.03

子どものころ(30年以上も前のことになりますが)、私が暮らす秋田市には、歩いて行ける距離に駄菓子屋やかき氷店がいくつもありました。
お店の人に叱られたり、友だちと交換して食べたり。子どもの自分にとっては、家族とは別の人や場所に触れることはとても特別な時間で、それは社会への最初の入口だったようにも思えます。

美郷町みさとちょうにある「本間菓子店」は、そんな時代を思い起こさせてくれる店。「おやつの店 本間」と書かれた、赤と黄色のテントをくぐり抜けると、子ども時代にタイムスリップ。

店内を眺めていると、店主の本間ヨシ子さんが、店の奥から現われました。

本間さん
本間さん
いらっしゃいませ! 何にしましょう?

——お好み焼きがいいかな……「豚玉」と「チーズベーコン」でお願いします!

——この店はどのくらいやられてるんですか?

本間さん
本間さん
40年くらい。60年前は和菓子屋をやってたんですよ。そこから、牛乳の配荷もして、パンを製造していたこともあります。そうしているうちに「氷(かき氷)やお好み焼きもやってみませんか?」って、業者さんに薦められて。そしたら大成功。当時は売れましたよ〜。

——60年前……となると、今、おいくつなんですか?!

本間さん
本間さん
内緒(笑)。

——え〜(笑)。ここはご主人と一緒に?

本間さん
本間さん
(亡くなって)もう15年になります。昔はお父さん(ご主人)と一緒にやっていて、バイトもいたんだけど、今は一人のほうが気楽です。平日はヒマだし、土日は自分がやれるだけやるの。昔は人気で、お客さんには泣かれたこともありましたよ。

——泣かれた?! どうして?!

本間さん
本間さん
お客さんは待てないんですよ。秋田県人ってせっかちなの。だから「待てないけど欲しい」って、泣くの。みんな自分が一番。マイペースなの。

——たしかに、秋田は並んでまで買う人は少ない印象ですけど、泣くほどですか……。

本間さん
本間さん
今は時代が違うから大変です。3年前に近くにコンビニができちゃってからね。この町は人口が2万人くらいなのに、今、コンビニが8店舗、スーパーが4店舗もあるんですよ。どういうこと?!

——でも、ここには、コンビニとは違う魅力があるのでは?

本間さん
本間さん
子どもも歩いていないんだもの。学校へはスクールバスか、親が車で送り迎え。

——学校帰りに寄り道ができなくなった?

本間さん
本間さん
そう。それに小学生は、何か買いに行くときは一人ではダメ。親や目上の人と行かなきゃならないの。中学生は財布は持っていっちゃいけないみたいだし、高校生はお金がない。携帯代もかかるし、それ以前に親の収入が少ない。

——自由に買えないし、そもそもお金がない……と。

本間さん
本間さん
ほんとに悲しいもんです。最近はみんな、ここに食べに来るというよりは、注文して持ち帰る人がほとんど。世間話できるおじいちゃんおばあちゃんも、みんな帰ってこられない場所に行っちゃったし。

——施設とか?

本間さん
本間さん
施設に行った人もいるし、亡くなった人もいる。

——この40年の間で……。

本間さん
本間さん
40年の話じゃなくて、この2〜3年のことなのよ。
できあがったお好み焼きは具がぎっしり! キャベツの甘みが効いている。これで300円台とは……近くにあったら通い詰めてしまいそう。

時代の変化による寂しい話題がどうしても先に立ってしまうのですが、食べながらじっくりお話していくと、本間さんの前向きでブレない姿勢が伝わってきました。言葉の一つひとつから、溢れるエネルギーを感じずにはいられないのです。

オランダ焼が大人気!

本間さん
本間さん
最近は「オランダ焼」があまりにも忙しくてね。

——オランダ焼。おもての看板にもありましたね。

本間さん
本間さん
大判焼きの生地に、マヨネーズとハムが入ってるの。暑い時期は出なくなるので夏場は休んでるんだけど、今日は、町で会合があるからって注文があってね。

——人気なんですね。

本間さん
本間さん
テレビや新聞でもかなり取り上げてもらったからね。もう、ごはんを食べてる場合じゃないくらい忙しいんですよ。1日に何十回と粉を合わせてね。

——そんなに! でも、どうして「オランダ」なんですか?

本間さん
本間さん
よく聞かれるけども、ただのゴロ合わせ! 意味はないの。テキトーに付けた名前!
この日は注文分だけとのことで、私たちの口には入らず。ちなみに湯沢市で販売されているオランダ焼は、中に入ったハムが交差して入っているのがオランダの風車みたいだから、という理由で「オランダ」と呼ばれているようです。

本間さん流・経営論?

本間さん
本間さん
どうぞ! これ、食べてみて。マンゴーのかき氷にソフトクリームが乗ったの。これは小さいカップのほうで150円! 人気なんですよ。

——わ〜ありがとうございます! すっごく美味しいんですが……安すぎる! お好み焼きもそうなんですが、価格、変えたほうが良いのでは?

本間さん
本間さん
もう20年も前からの値段です。ソフトクリームだけのも150円で売ってるの。

——……ん? おかしくないですか?

本間さん
本間さん
そんなこと言わないで! 儲けはありますよ! これ以上高くしたら、うちには誰一人来ません!

——え〜〜〜!

本間さん
本間さん
ははは! でもね、前に「ここのソフトクリーム、150円だと安すぎる。美味しくねぇんだべな」って言うお客さんがいたの。私、それにはカッチンときて……。
本間さん
本間さん
そりゃあ小銭商売だけど、味には自信があります。それに、280円のソフトクリームでも美味しくないのだってあるんですよ! それはなんでかっていうと、お客さんが来なくて機械が回ってないから。たとえ薄利多売でも、常に新鮮なもので回転させていかなきゃ!

町の風紀委員

——子どもたちがよく来ていた当時は、どんなお店だったんですか?

本間さん
本間さん
私はよく、子どもたちに説教するの。うるさい婆さんだけど、うちへ来る子どもたちは、タバコなんて吸わなかった。茶髪の人も入れません。ピアスの人も入れません!

——風紀委員なんですね。

本間さん
本間さん
そうそう。それにここは、テレビもないし、エアコンもつけてない、喫茶店みたいにマンガも置いてないでしょ。あるとみんな居座っちゃうから。そして、2時間以上もいる人には「そろそろ帰ってください」って言うの。お客さんに贔屓ひいきはしない。今ならインターネットで叩かれるかもしれないけどね(笑)。
高校時代から通っているというお客さんが来店。持ち帰りでかき氷を購入。「昔はコンビニもなかったからよく来てましたけど、先輩がいると入れなかったりしてね。それもいい思い出です」。

——でも、当時叱られた子たち、今も来るんじゃないですか? 

本間さん
本間さん
うん。来ますね。お孫さん連れたりしてね。

寝る間も惜しんで

本間さん
本間さん
もう、手の節もみんな曲がっちゃってね。働きすぎよ。私は、今も寝る時間は4時間しかないの。今日もパーマ屋に行こうと思ってたんだけど、時間がなくなっちゃった。

——何をしているんですか?

本間さん
本間さん
朝5時には畑に行って、昼間はお店をやって、夜9時になると、その日の新聞を隅から隅まで読むの。そうしたら昨日も寝るのは11時半だった。それから3度トイレに起きました。あとは、考えることがあると寝ながら考えるの。

——常に動いているんですね。

本間さん
本間さん
ここは、定休日は元日だけです。趣味の日は時々休みますけどね。昔は尾瀬にトレッキングにも行ったし、大雪山にも行ったね。
車の運転も現役。講習に行けば満点の腕前。免許取得当初から、マニュアル車にこだわって乗っている。
本間さん
本間さん
山菜採りは今年は20回行きましたけど、今年はもうおしまい。毎日スケジュールがいっぱいでね。もうすぐお祭りもあるからお宮の草取りもしなきゃいけないし。

本間さんの幸せ

——お店をやっていて良かったなって感じることはありますか?

本間さん
本間さん
この店はボケ防止にはなるね。でも、一番幸せなのは……私には子ども2人、甥っ子、姪っ子、計16人いますけど、全員結婚しています。孫も年頃の子たちがいますけど、その子たちもみんな。

——みんなが幸せに暮らしていることが幸せ?

本間さん
本間さん
そう。立派ではないかもしれないけど、み〜んな結婚したこと、それが一番鼻高です! 今は、結婚しなければいけないっていう時代ではないし、その人の好みだけども、私のような昔の人からすると、やっぱりそれが嬉しいの。

——こちらは跡継ぎは?

本間さん
本間さん
いない、いない。私が働けなくなったら終わり。でも、今の人は昔の人より弱いね。私は車の免許とってからも敢えて歩くようにしてたから、足腰は強いの。私が100歳のばあさんになったとき、80歳の娘のオムツを替えることになるかもしれない。それは覚悟してますよ!

——本間さんのそのエネルギーは、どこから湧くんですか?

本間さん
本間さん
くよくよしないこと! 栄養たっぷりとって。「なるようにしかならない」って考えるの。気にしない気にしない!

——でも、それって、とても気持ちが強くないとできないようにも思えます。

本間さん
本間さん
ただの頑固なの! グチグチしたくない、諦めが早いのよ!

自分の考えや信じるものの上に堂々と立っているようで、じつにたくましい本間さん。世の中の変化はめまぐるしく、抗えないことも多い時代ですが、そこで生き抜く一つのヒントをいただけたように感じました。

【本間菓子店】
〈住所〉仙北郡美郷町六郷米町9
〈TEL〉0187-84-0784
〈営業時間〉10:00~18:00(なくなり次第終了の場合あり)
〈定休日〉元日のみ