秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:菅原真美 写真:高橋希

「ただいま」と会いに行く宿。—小安峡温泉・元湯くらぶを訪ねて—

2020.02.12

また会いに行きたくなる。大切なあの人を連れて行きたくなる。
そんな気持ちが自然と込み上げてきた取材の帰り際。
訪ねたのは湯沢市・小安峡温泉(おやすきょうおんせん)にある「湯の宿 元湯(もとゆ)くらぶ」。

宿の周辺には、以前なんも大学でご紹介した「小安峡大噴湯(おやすきょうだいふんとう)」があり、紅葉の名所である渓谷沿いに温泉宿が軒を連ねる。

きっとそれは、私だけではなく、訪れた人々それぞれの中にも芽生え、連鎖していき、人が人を呼ぶ。多くの常連さんに愛されつづける「元湯くらぶ」の魅力は随所に光ります。

今回、案内してくださったのは、女将である佐藤 美佐子さとう みさこさんです。

お隣にある「旅館 多郎兵衛たろべえ」の三女である佐藤さん。社長である夫の利吉りきち()さんと結婚し、26歳の時に夫婦2人で「元湯くらぶ」を創業。
落ち着いた風情の館内。「小安こけし」が可愛らしくお出迎え。

客室は全12室あり、各タイプごとに造りや内装が異なります。

この部屋にも、あの部屋にも泊まってみたい!扉を開けるたびに、心惹かれる空間が広がります。

純和風造りのスタンダードな客室 「いちょう」(2〜6名様用)。温泉熱を利用した床暖システムで、冬場でも足元からポカポカと温かい。
「みずき」「こぶし」「けやき」の3室(2〜4名様用)は、同じ間取りでも、見比べると、梁、柱、壁、畳、インテリアなど、それぞれに違いが見える。
素材のこだわりと細やかなセンスは、夫の利吉さんによるもの。 仕事で全国各地の宿を回られていた際に集めた知見が活かされているという。
こちらは風呂付きで和風モダン造りの「かつら」(2〜4名様用)。
木張りの室内に映えるシックな陶器風呂。源泉掛け流しの内湯が楽しめる。

——それぞれのお部屋に魅力があり、来るたびに違う空間に泊まるのも楽しいですね!

佐藤さん
佐藤さん
そうですね。一度他の部屋に変えてみたけど、「やっぱりこっちがいい!」と、同じ部屋に泊まられる方もいらっしゃいますね。
佐藤さん
佐藤さん
こちらの「どうたん」のお部屋は毎年、大晦日に必ず同じご家族が泊まりに来てくださっていて。娘さんが幼稚園の頃からなので、もう二十数年になるのかな。
来る度に来年の予約を取って帰られます。
一部屋が1階と2階に分かれる珍しいメゾネットタイプ。
お肌にも優しい薬木である「きはだ風呂」の内湯付き。子ども連れの家族でもゆっくり過ごせる空間。
佐藤さん
佐藤さん
「もしも娘が結婚して来れなくなってしまったとしても、私たち二人だけでも来るからね」とご両親は言ってくれているんですが。これから家族が増えたとしても、お二人が下に寝て、娘さん家族が上に寝るみたいにして、みんなで来てくれたら良いなぁと思っていて。

——「これからもずっと」と思ってくださる気持ちが何よりも嬉しいですね。

大浴場の湯は無色透明、弱アルカリ性の単純温泉。外にある露天風呂では、季節によって、山桜、イチョウなどを楽しめる。日帰り入浴も可能。
床には大館市で産出される十和田石とわだいしを使用。湯で濡れると、表面の美しさが増す。
宿の一番奥にあるのは、元湯くらぶの自慢である3種類の貸切風呂。
木製浴槽は写真の「ひのき風呂」と、「きはだ風呂」の2種類。
露天風呂は、春になると屋根部分が取り外され開放感溢れる空間に。予約は宿泊客のみ可能だが、空いている場合は日帰り客も利用できる。
佐藤さん
佐藤さん
うちの貸切風呂はね、一回ごとに新しいお湯を入れ替えられるようになっているんですよ。お客様にお風呂の栓をしてもらって、内線で電話をもらえれば、3分ほどでお湯が溜まります。

「いつでもあなたが一番風呂よ」という感じで。

——贅沢!なかなか他では見ないサービスですよね。

佐藤さん
佐藤さん
おそらくこの辺りの宿では、うちだけかなぁと思いますね。

乗り越えながら、辿りついた今

ここからは佐藤さんに「元湯くらぶ」の創業時から現在に至るまでのお話を伺いました。

佐藤さん
佐藤さん
この宿は最初、客室3つの民宿のような形から始めたんです。

その頃は景気が良い時代で、この辺りも土日になれば、観光客がぞろぞろ歩くぐらい賑わっていました。ここへもお客様が途切れることなく来てくれて。

部屋3つだけではもったいないなぁと思って、前足し後ろ足しで、今の形になっていきました。
佐藤さん
佐藤さん
その後、岩手・宮城内陸地震、東日本大震災とたて続けに大きな震災が起きてしまって。それまで岩手や宮城から来てくださる方々も多かったし、震災後3〜4年は状況的にもなかなかお客様がいらっしゃらず、ほんとうに大変でした。

当時、この辺りで大きかった旅館もどんどん潰れてしまって。うちは家族経営だったのと、仕事で利用してくださるお客様もいたので、なんとか凌いでいましたね。

——かつての賑わっていた時代から、震災が続いた大変な時期も経て、少しずつ状況も変わってきていると思いますが、いかがですか?

佐藤さん
佐藤さん
ここ2、3年ですね、かつての岩手や宮城からのお客様が来ていただけるようになったのは。今は有り難いことにご予約もたくさんいただいて、土日はお断りをしなければいけないこともありますね。
佐藤さん
佐藤さん
日本の人口も減ってきているので、この辺りが元の大賑わいに戻ることは難しいかなと思っていて。だからこそ、お客様一人一人をより大事にしたいですね。

——現在は娘さんたちも宿の運営をサポートされているとお聞きしました。

佐藤さん
佐藤さん
次女が事務処理やインターネット業務、三女が調理を手伝ってくれています。

昔は、私一人でやらなければならないことがほとんどだったから、娘たちに「私は今のあなたたちの3人分は働いていたよ」って言うと、「お母さんみたいな人は今の世の中にはいない!」と返されてしまうんですけど(笑)。
佐藤さん
佐藤さん
でも、「あれしなさい、これしなさい」って言わなくても、自分で見て、覚えて、やってくれているので、すごく楽になりましたね。

——今は家族で支え合いながらやられているんですね。

佐藤さん
佐藤さん
「支え合う」より「補い合う」かなぁ。それぞれできないことを指摘するんじゃなくて、足りないところをやっていくという感じで。

ゆくゆくは二人に任せて、お互いができるところを、力を合わせてやっていってほしいなぁと思っています。

磨きつづけ、ここで光るもの。

佐藤さん
佐藤さん
私は昔から旅館の仕事をやっているので、新しく宿を始められる方々にアドバイスを求められることも多くて。

その時は「人の真似しなくていいから“私はこれが得意だよ”っていうものを磨いてね」と伝えています。

お出しするお菓子一つでも良いと思うんです。「あそこの宿に行けば、あれが食べられるから」って、お客様が求めて会いにきてくれる。
佐藤さん
佐藤さん
そして、「とにかく自分を磨きなさい」とも言っていますね。「あのお母さんと話すのが楽しみだ」と思ってもらえるだけでもいいと思うんです。

——佐藤さんとお話ししていても、どこか、実家に帰ってきて、お母さんに出迎えられているような、そんな安心感があります。

佐藤さん
佐藤さん
お客様にそう言ってもらえることもありますね。「おかえりなさい」なんて出迎えたりして(笑)。

——そういうなかで、佐藤さんご自身が磨きつづけてきた「元湯くらぶにしかない魅力」とはどんなことでしょうか?

佐藤さん
佐藤さん
「お料理」かなぁ。やっぱりここに来たら、ここでしか食べられない料理でなきゃいけないなぁと。
あきたこまちを使った「だまこ鍋」や「稲庭うどん」など郷土料理、地元産の食材を手作りで味わい尽くす宿泊用夕食コース。
歯ごたえがパリッと心地よい自家製の漬物。
程よい酸味でさっぱりとした味の、山芋、カニ身、もずく入りのゼリー寄せ。彩りあるミョウガと菊は、知り合いのお母さんからのいただきもの。
渓流で釣れるイワナの甘露煮。一回、焼いてから煮るという珍しい調理法。香ばしい身に甘辛の旨味がギュッと閉じ込められる。
自家栽培の古代米を使用した名物のちらし寿司。赤紫色の艶やかな酢飯に、とびっこやいぶりがっこ、卵焼きなどの具材の相性は抜群。お酒飲みのお父さんたちも思わず箸が進むそう。
湯沢・皆瀬みなせ地区特産のみなせ牛()とキノコを使用した朴葉焼ほうばやき。岐阜の朴葉味噌お料理をヒントに地元産の食材でアレンジしたもの。牛刺しでも食べられるほど新鮮で、キノコの出汁と溶けた甘い味噌の味がたまらない1品。
佐藤さん
佐藤さん
すべて手作りだと手間はかかるけれど、それが一番必要だと思っていて。でも、それぞれの作り方は誰でも簡単にできるようなものが多いんですよ。お客様にレシピを渡したりすると、すごく喜んでくれます。

ここの料理を楽しみに2カ月おきに予約してくれる方もいて、「また来るね」って言ってもらえるのが一番嬉しいですね。次は、何を食べてもらおうかなぁ。

「元湯くらぶ」が磨きつづけてきた光に今日も人は集まり、その温もりにまた触れに来たくなる。今度また、私も会いに行きます。

【小安峡温泉 湯の宿 元湯くらぶ】

〈住所〉秋田県湯沢市皆瀬字湯元100-1

〈TEL〉0183-47-5151 
〈HP〉http://www.motoyukurabu.jp/