
文・鈴木いづみ 写真・高橋希
鈴木いづみ/岩手県一戸町出身・盛岡市在住。30代半ばでいきなりライターになり8年目。「北東北エリアマガジンrakra」をはじめとする雑誌、フリーペーパー、企業や学校のパンフレットまで幅広く(来るもの拒まず)活動中。
白岩焼を現代に伝える唯一の窯元である和兵衛窯。葵さんとご両親の3人が手がける「秋田のやきもの」は、これからどんな歴史を刻んでいくのでしょうか。2代目である葵さんの思いや、描いている未来について伺いました。

- 鈴木
- 葵さんのお話を伺って、昔途絶えたやきものを復活させた、ということだけでなく、新しいことを積極的に取り入れているんだなあと感じました。金彩という技法だったり、アクセサリーのシリーズだったり。
- 渡邊
- 白岩焼って「伝統工芸」や「民藝」などにカテゴライズされたりもするんですが、そういう枠にとらわれないものでいいのかなって。かつて白岩焼を作っていた人たちも、型にはまらずいろんなものを作っていたと思うので。
- 鈴木
- あ、確かに。作り手同士が切磋琢磨して、ほかの産地からも技術を学んだりしていたんですものね。

- 渡邊
- 先人たちのそういう「古いものは作らない」という姿勢は、受け継いでいきたいなと。これは、両親も同じように思っていると思います。
- 鈴木
- 葵さんが言っていた「今生きている人に使ってもらう」というのは、白岩焼らしさでもあるんですね。おもしろいなあ。
- 渡邊
- でも私、逆に「新しいものを作らなくちゃ」って必死になりすぎた時期もあったんです。白岩焼って、ちょっと古めかしいイメージがあったから。
- 鈴木
- へえ〜!


- 渡邊
- 器の外側に流れる釉薬の「垂れ」が古く見える理由かなと思って、器の内側にだけ釉薬をかけたシリーズを作ったりもしました。
- 鈴木
- 白岩焼の特徴である海鼠釉のイメージを軽くする、というような?
- 渡邊
- そうです。でも県外の陶器祭りに参加したときに、いろいろなやきものの中であらためて自分の作品を眺める機会があって。遠目からでも海鼠釉の色って「すごくインパクトがあるなあ」って気づいたんです。そのとき、もっと海鼠釉を受け入れたほうがいいんじゃないかって、思い始めました。
- 鈴木
- うんうん、なるほど。

- 渡邊
- それまでは、どこか受け入れきれていないところがあったんだと思います。今は素直に、海鼠釉の魅力や面白さを感じられるようになってきました。作り手として「海鼠釉でどうモダンなものを作れるか」というのは意識していますが、無理やり「今までにないものを」って考え過ぎなくてもいいんだ、って。
- 鈴木
- 先ほどおっしゃっていた「古いものは作らない」というのは、型にとらわれ過ぎないというだけでなく、新しさにもこだわり過ぎない、ということでもあるんでしょうね。

- 鈴木
- 今、白岩焼の窯元は和兵衛窯さんだけですが、これから増えていけばいいな、という思いはありますか? かつて6つの窯が切磋琢磨していた頃のように。
- 渡邊
- 今は両親も現役で制作に携わっていますが、その後の白岩焼がどうなるのかというのは、やっぱり考えますね。実は、両親が白岩焼を復興させた後、他にも窯元がいくつか出来て、10年ぐらい前までは3、4軒あったんです。
- 鈴木
- あ、そうなんですか!
- 渡邊
- でも、今はうちだけになってしまいました。
- 鈴木
- うーん、窯元として続けていくのは簡単じゃないんでしょうね……。

- 渡邊
- 私はこの仕事がすごく好きなんですが、実際、大変なことも多いですし。好きじゃなければ続かないけど、好きだけじゃ続かない仕事だと思っています。誰にでも気軽に「白岩焼、やりましょう」って言えるものではないなあって。
- 鈴木
- ご両親が葵さんに「白岩焼を継いで」と言わなかったのは、それもあるのかもしれないですね。「苦労してもこの仕事が好き」って思えないと続けられないから。
- 渡邊
- そうですね、そう思います。
- 鈴木
- 誰か「やりたい」という人が現れるといいですね。
- 渡邊
- ゆくゆくはちゃんと考えなければいけない部分ではありますが……なかなか難しいです。

- 鈴木
- お話を伺っていて「和兵衛窯の2代目である」こと以上に、純粋に作るのが楽しい、好きだという気持ちが葵さんの制作活動を支えているのかなと感じたのですが……。でもやっぱり「白岩焼を継いでいく」というのも意識しますか?
- 渡邊
- 実家に戻り制作を始めたばかりの頃よりも、今のほうが強く意識していると思います。白岩焼は江戸時代に生まれたので、全国の有名なやきものに比べれば歴史が浅いんですけど、秋田の人に「家にも昔からあるよ」などと声をかけていただいたりすると、白岩焼は「秋田のやきもの」なんだな、と改めて思いますし。
- 鈴木
- はい。
- 渡邊
- それと、白岩焼は秋田の風景を表現しているんだ、と思うようになって。
- 鈴木
- 秋田の風景?

- 渡邊
- 海鼠釉って東北のやきものにも多いですし、全国各地にあるんですが、それぞれ土地によって表情が違うんです。私の感覚ですが、例えば九州の海鼠釉ってさらさらした質感で、なんというか「海」っぽいんです。
- 鈴木
- へえ〜!
- 渡邊
- それに対して東北の海鼠釉は、九州や他の地域のものに比べるとぽってりしていて、ちょっと厚みがあります。
- 鈴木
- 白岩焼がまさにそうですね。
- 渡邊
- そのぽってりした感じが、夜に青白く見える雪みたいだな、と思うんです。白岩焼は、海鼠釉の下に赤い土が見える感じが、雪解け時期の秋田の風景に似ているなあって。

- 鈴木
- ああ、なんて素敵な表現!
- 渡邊
- 私たちが作っている白岩焼自体が、秋田の風土や人を映している。それが「秋田のやきもの」としての伝統ということでもあるんだなって。そのことを意識しながらいいものを作って、それをお客様が求めてくれる限りは白岩焼を続けていきたいなと思っています。
- 鈴木
- これからの白岩焼、こうなったらいいな、というのはありますか?
- 渡邊
- 秋田の人にとっての「行きつけのやきもの屋さん」になりたい、というのが目標のひとつなんです。今はたくさんの種類の食器を持つことを必要とされない時代ですが、家族が増えたり、家を建てたり、そういう人生の節目に迎え入れてもらえるような「身近にある上質な器」をお届けしていきたいなと思っています。
そして、県外や、もしかしたら海外の人が初めて白岩焼を見た時に「綺麗なブルーだね」、「美しいデザインだね」って、第一印象でまずモノとして美しいって思ってもらえるようなものを作れるようになりたいです。その後に秋田のやきものなんだってこととか、土地に根差している物語を知ってもらえたら、いちばん嬉しいなと思います。

取材をする前は「秋田の伝統的なやきもの」というイメージを抱いていた白岩焼。それを守り継ぐということは「昔のものを変えないこと」なのだと思い込んでいました。けれど葵さんからお話を伺って、白岩焼が受け継いでいくものとはスタイルや方法のことではなく、「秋田という土地で生き続けること」なのだと感じるようになりました。
あの独特な海鼠釉薬の表情が、雪深い秋田の風土を映しているのだというのも興味深かったです。この仕事がとても好きだと話す葵さん。これからどんな新しい白岩焼の世界を見せてくれるのか。柔らかく優しい声から感じる「ぶれない思い」が、その未来を照らしているようにも感じました。
渡邊葵さんの言葉が
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