• 第1回 研究員に学ぶ、ハタハタ
  • 第2回 家庭に学ぶ、ハタハタ
  • 第3回 漁師に学ぶ、ハタハタ
  • 第4回 未来に繫ぐ、ハタハタ

文・編集:矢吹史子 写真・高橋希

「♪秋田名物 八森はちもりハタハタ 男鹿おがで男鹿ブリコ♪」。
民謡「秋田音頭」でも真っ先に登場する、秋田県の魚「ハタハタ」。
12月、待ちに待ったその漁獲のシーズンがやってきました! 秋田ではあまりにもおなじみのこの魚ですが、県外では「食べたことない」というかたもたくさん。そしてこのハタハタ、調べるほどに、秋田の暮らしや県民性にまで深い関わりがあることが見えてきました。今月は、この「ハタハタ」について学んでいきます。

1.研究員に学ぶ、ハタハタ

まずは、ハタハタってどんな魚なの? というところから。最初に向かったのは秋田県男鹿市にある「秋田県水産振興センター」。ここでハタハタを担当している研究員、福田姫子さんにお話を伺います。

講師 田県水産振興センター 研究員 福田姫子さん

雷が呼ぶ魚

福田
ハタハタは、普段は水深200〜300m、水温が3℃〜4℃くらいのところにいる深海魚なんですね。それが、毎年12月ころになると、産卵のために秋田沿岸に寄って来て、岸近くにある藻場もばに卵を産みつけて帰っていく。その、岸に来たハタハタを漁獲する、わずか1ヵ月ほどの漁を「季節ハタハタ漁」といいます。
矢吹
ハタハタって、漢字では、魚偏に雷で「鱩」または、魚偏に神で「鰰」って書くんですよね? 実際に12月に雷が鳴るとハタハタが獲れるといわれていて、私も秋田に暮らしているので、ゴロゴロっと音がすると「おー!きたなー!」ってワクワクしてしまうんですが、雷とハタハタの関係って、学術的に解明されていることなんですか?
福田
じつは、はっきりした要因はわかっていないんですよ。11月末〜12月にかけて、天気が荒れて、雷が鳴って、海が時化しけて、海水がかき混ぜられると、その後にハタハタが接岸する、と。
矢吹
それは、言い伝えみたいなものなんでしょうか?
福田
いえ、実際にずっとそういう傾向にあってですね、ハタハタの接岸のスイッチ、産卵のスイッチと言うべきなのかもしれませんが、雷の衝撃なのか、振動なのか、音なのか……明確にはわかっていないのですが、何かが作用しているかもしれません。まだまだ謎の多い魚なんですよ。
矢吹
そのあたりも神秘的! 「神の魚」らしいですね。秋田ではみなさん、この季節ハタハタを箱買いしては、あらゆる調理方法で食べまくるんですが、関西でもハタハタを食べるそうですね。でも、秋田のハタハタとは味や食べ方が全く違うと聞きました。
福田
そうなんです。ハタハタにもいくつかの「系群」という、群れの系統があって、秋田のハタハタは青森から富山沖にいるもので、通常は沖にいて、12月になると秋田沿岸に接岸して産卵して帰っていくんですが、鳥取や兵庫で獲れるものは富山より西側の系群で、産卵の時期には朝鮮半島に接岸する群れなんですね。
なので、関西で食べられるハタハタは秋田のような産卵期のものではなくて、エサを食べて成長している時期のものなので、秋田で食べられているものよりずっと、脂がのっているんですよね。

ハタハタの塩焼き オス(白子)、メス(ブリコ)

矢吹
秋田の人たちにとってハタハタといえば、あのネバネバプチプチ食感の「ブリコ」(メスの持つ卵)が命! みたいなところがあるんですが、よそではブリコを食べることすらしないんでしょうか?
福田
そうですね。産卵期のハタハタを漁獲しているのは秋田と隣県くらいなので、ブリコを食べるというのも独特の文化だと思います。だから、オスとメスでは、メスのほうが2倍〜3倍は高値が付くくらい、ブリコを持ったメスは人気ですよね。漁師さんにはオスのほうが好きっていうかたも多いんですけれどね……。
それに季節ハタハタは卵や精子に栄養を蓄えることもあって、エサをあまり食べないので、西で食べるもののように脂はなくて、淡白で何匹でも食べられるんですよね。

獲れないハタハタ

矢吹
それにしても、今年はどこへ行っても「全然獲れない」って言われるんですよ。スーパーや市場にも例年ほど並んでいないし。「年々減ってきている」という話もよく聞くんですけれど、それってどういうことなんでしょう?
福田
例年であれば、11月末〜12月のあたまくらいに初漁を迎えて、そこから2〜3週間、まとまった接岸と漁獲があるんですけれども、漁獲量の一番多いとされている男鹿市の北浦きたうら漁港も今年は12月14日までまとまった接岸がなくて、例年よりも10日近く遅いんですね。
まだ漁期の途中ではあるので、漁期を終えてから全体の漁獲量や他県の状況をみながら判断していきたいと思っているんですが、主な原因というのはわからない、というところなんですよ。

例年は商品となるハタハタの選別でにぎわう北浦漁港も活気がありません。

やっとのことで網上げしてきた漁師さんが「大漁だ〜」と苦笑いして見せてくれたカゴには、ハタハタ5匹とゴンゴ(ホテイウオ)1匹のみ。

矢吹
う〜ん。年々少なくなってきていることについても、原因はわからないんでしょうか?
福田
はい。ハタハタは寿命が5年くらいで、1〜4歳魚までが漁獲されます。同じ年に産まれたものを「年級群」と私たちは呼ぶんですけれど、1歳魚が2歳になって翌年戻ってきて、さらに翌年3歳になって戻ってきて……と、たくさん産まれて、たくさん生き残ると、たくさん帰ってくる。そういうサイクルで4年間、その年級群が漁獲を支えるんですが、ここ数年、生き残りが良い年が少ないんですね。
矢吹
少子化で小学校のクラスが少なくなっていくようなかんじなんですね……。
福田
その生き残りが少なくなっている原因も、断定できないんですが、水温や潮流、エサの状況なんかも影響していると考えられていますね。

ハタハタバブル〜自主的禁漁へ

矢吹
でも、昔はものすごく獲れていたんですよね?
福田
はい。こちらに資料があるんですが……。
矢吹
えーーー!?  昭和40年代、ヤバい!
福田
一番獲れていた昭和40年代は、2万トンを越える漁獲がありました。
矢吹
2万トン! 

撮影:2015年12月

福田
それ以前の少ない時期を経て、昭和40年代でぎゅっと急増して、50年代に急激に減少して、60年代に入ると、もうほとんど獲れないような時期がきて、平成3年になると、70トンちょっと……。
矢吹
うわ〜。昭和40年代と比べると、天と地の差!
福田
さすがに「これはまずい」となって、平成4年〜7年の3年間、「漁業者による自主的禁漁」というのが行われて、解禁後は漁獲は順調に伸びてきていたものの、ここ数年はまた減ってきていて……。最近で生き残りが多かったのが2006年級(平成18年)までですから。

撮影:2015年12月

矢吹
逆にこの昭和40年代が異常っていうのもありますよね。もっと、ずーっとたくさん獲れていたものが、最近急に獲れなくなったのかと思っていました。昭和40年代……高度経済成長期というのも関係あるんですか?
福田
漁師さんが多かったり、漁具が良くなった、というのはあると思います。
矢吹
そして、そこを経ての「自主的禁漁」。実際どういうことが行われたんですか?
福田
はい。これは自然の再生産能力を100%活かして資源を増やしましょう、というもので、沖合も沿岸も3年間、ハタハタ漁を禁漁したんです。親のハタハタがしっかり子どもを産めば、次の年にまた子どもが産まれる……というサイクルをもう一度立て直そうという取り組みでした。

撮影:2015年12月

矢吹
漁師さんって、この期間は大変だったんじゃないですか?
福田
そうですね。ハタハタ漁が1年の収入の何割かを占めるという漁師さんもたくさんいらっしゃるので。

獲りながら、残していく

矢吹
でも言わば、秋田の人がこんなにいっぱい卵を食べちゃってるから、数が増えないんじゃないんですか?
福田
そうですね。ですが、数の子やタラコなんかもそうですけど、卵を食べることは消費者の要望もあるので「獲りながらも資源を残していく」ということが重要なんですよね。
矢吹
獲りながらも資源を残していく……。具体的にはどういうことをしているんですか?
福田
いま、秋田県では、ハタハタの漁獲枠を設けているんですが、こちらで「今年はこのくらいハタハタがいるでしょう」っていう、推定資源量を出すんです。そして、秋田県ハタハタ資源対策協議会で、その4割までは漁獲しても良いことにしましょう、6割は残しましょう、としています。
あとは、漁に使う網の目を大きくすることで、小型の魚は逃げられるようにして、生き残りを多くするような取り組みも投げかけています。
矢吹
なるほど。漁獲枠があると、おのずと高値がつくメスをたくさん売るほうがいいってことになりますよね。
福田
はい。当然のことなんですが、漁師さんにとって一番は、漁獲量よりも価格なので。我々もいかに収入を安定させつつ、漁獲量を抑えられるかっていうことを考えていて、これまでは需要の少ない、小型、中型のオスは獲れても販売されなかったり、安く買い叩かれたりしてきたんですが、そういう部分をしっかり流通に乗せる仕組みが大事だなと思っています。
矢吹
となると、食べる側の意識も大事ですよね。「ブリコしか食べない!」じゃなく。
福田
やっぱり消費者もハタハタ漁を支えていると思いますね。一方で、漁師さんも減少していて、地区をまわっていても、「60代でも若者」という世界になってしまってますし「あと5年後にはここの漁師の数は半分になる」って言われますからね。
矢吹
いろんな問題が絡み合っている……。人や資源が減って行くことはなかなか止められないかもしれませんが、獲れたものへの価値を見い出して行くということは、これからやっていけそうですよね。今は県内での消費がほとんどなのかもしれませんが、加工品にしてもっと外に流通していったり。ただ、かつては安くいくらでも手に入る魚だっただけに、その価値観を変えていくっていうのは、すごく難しいですよね。
福田
はい。私たちも試行錯誤しているところです。それにしても、こんなに県民が振り回される魚って、ほかにはないんじゃないかなって思いますよね(笑)。
矢吹
ははは〜! そうですね〜。
福田
新聞もテレビも、12月は毎日のようにハタハタの話題で。「まだ獲れていない」「やっと獲れた」「直売所の様子はどうだ」って。こんなことはほかの魚では考えられないですよね。でもじつは、秋田でいま一番獲れている魚って、ブリなんですよ!
矢吹
えーーーー!!
福田
今年のようになかなか獲れなくても「ハタハタがないと正月が迎えられない!」っていう声も多くて、やっぱり秋田県の魚だなあって思いますね。

ハタハタの歴史や現状を伺い、これからの課題もたくさん見えてきましたが、それでも秋田県民のハタハタ愛は独特なものであり、根深いものだと実感させられます。
次回は、このハタハタを調理、保存している、地元のご家庭を訪ねます。

2.家庭に学ぶ、ハタハタ へつづく

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