秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:竹内厚 写真:船橋陽馬

廃校を買い取って15年

2018.11.28

廃校の利活用といえば、国も地方も民間もいまや積極的に推し進めているトピックですが、約15年前、県外から藤里町へ通っていたひとりの女性が中心になって、廃校になった校舎を買い取り、現在にいたるまで維持・活用を続けているという話をご存知でしょうか。

決して個人的な取り組みではないので、あまり一個人にスポットが当たることをよしとしないのですが、とはいえ、その方なしではその小学校が残されなかっただろうことも確か。そんな彼女、佐尾和子さおかずこさんがちょうど神奈川から藤里町に来られているというので、会って話を聞きました。

旧・藤里町立坊中ぼうちゅう小学校は2000年に廃校に。教室に貼ったままになっていた手描きの歴史人物図。この絵を見るだけでもいい小学校だったんだなァと思う。

佐尾さんがはじめて藤里町を訪れたのは1987年。白神山地が世界遺産指定を受けるよりもう少し前、白神山地を縦断する青秋林道せいしゅうりんどうの建設計画に大きな反対運動が巻き起こっていた頃のことでした。
その後、岳岱だけだい小岳こだけ駒ヶ岳こまがたけといった白神山地の山々に惹かれて年2回ペースで藤里町へ通うようになり、「そんなに何度も通ってくるのなら、住む家があったら良いね」と地元の方の紹介で土地を借り、小さな家を建てて、ますます藤里町との縁を深めていったそうです。

——それだけ通っていると藤里町に知り合いも増えますよね。

佐尾
そうなんです。ちょっとずつ町とも仲良くなっていった感じで。地元の人間じゃないからって遠慮していたんだけど、講習を受けて白神山地ガイドの資格もいただいたので、町や白神山地とゆっくり関わっていこうと思っていた頃に、坊中小学校の廃校が決まったんです。

——それが2000年。

佐尾
もったいないなと思いましたが、最初は様子を見ているだけでした。それが2003年だったかな、藤里町で知り合った人たちと声をかけあって、なんとかしましょうと動きはじめました。ほんとに解体される直前だったので、準備する時間もほとんどなくて。

——どうして廃校の動きに関わることに?

佐尾
そそっかしかったのかな(笑)。えいやってみんなでやれば、なんとかなるだろうって思ってたから。いま思えば、NPOにしておけばよかったんだけど、当時はNPOの評判があまりよくなくて、手続きにも時間がかかったから、急いで「株式会社白神ぶなっこ教室」を立ち上げました。

——その会社の代表に佐尾さんがついたと。

佐尾
言い出しっぺだからね。個人として前に出るつもりは全然ないし、地元の人がやっていれば特に気にならないでしょうけど、外から来た人間がやってると「あいつは誰だ」ってなってしまう。それはあまり本意じゃないところ。

——ただ、やっぱり地元の方だけでは動かなかったのでは?

佐尾
そうかもしれません。実際、地元でも廃校にしたくはなくて、いろいろ案があったそうですが、具体的には決まらなくて、次の町議会で解体の予算がつくというところまで話が進んでいました。それをひっくり返しちゃったから、重荷も背負ってしまって、もしここをやめるとなったら私たちが建物を解体をしなければいけないんです。だから、やめられない(笑)。
小学校だった頃のまま変わらぬ状態で保たれているところも多い。白神山地のジオラマは、かつて白神山地世界遺産センターにあったものを引き取ったそう。

旧坊中小学校を買い取ってからは、学校の一部を宿泊できる形へと最低限の手を入れて、宿泊をセットにした自然体験教室を開いています。県や町と推進する移住促進のお試し暮らしや、藤里町の棚田を使った米づくり体験の拠点としても活用中。ただ、どうにも人手が足りず、白神ぶなっこ教室はホームページの更新さえも追いついていないのが現状だそう。

——単に宿泊施設として泊まることもできるんですか。

佐尾
はい、できます。でも、できれば自然教室を通して白神山地を体験してもらいたいので、フリーのお客さまよりは自然教室関連の方の利用が多いですね。

——どうして学校を買い取ってまで、自然教室を開こうと思ったのでしょう。

佐尾
私の体験が大きいと思います。私がはじめて藤里町を訪ねた1987年から、地元の方たちからほんとにいろんなことを教わって、おいしい料理を食べさせてもらいました。都会にいながら自然のことを考えたり、環境問題に取り組んだりということもできますけど、やっぱり実際に自然に触れて、自分で体験したり、そこで暮らしている方々から教わることは全然違います。私は、ほんとに藤里町からたくさんのものをいただいたので、それを都会の人にも返したいと思ったんですね。ちょっとおせっかいですけども。

——もっとリアルに白神山地や藤里町に触れてほしいと。

佐尾
そうです。泊まる時間までつくらなければどうしてもわからないことが多いので、1日で素通りするんじゃなくて、同じ釜の飯を食べてすごす時間もあわせて、もっと藤里の土地と仲良くなってもらえたらと考えました。

——といっても、宿泊できる体制を整えるのはかなり大変では。

佐尾
ほんとに大変(笑)。まず、1000㎡を超える木造校舎を消防法の基準にあわせることだけでも1年は試行錯誤しました。大変なのは私だけじゃなくて、お料理をつくってくださってる地元の方も含め、みんな大変なんだけど、やっぱり来てくださる方が喜んでいる顔を見るとやっぱりよかったなぁって、その繰り返し。

——自然教室なんだけど、人の関係性がやっぱり大事。

佐尾
人の存在というのは大きいですよ。私も最初はブナ林が好きで通ってたけど、地元の方々と仲良くなってなかったら、こんなに長くは続かなかったと思います。教室に何度も通ってくださる方にも、藤里のあの人に会いたいってことはよく言われますから。

——顔見知りの人がいるだけで、見知らぬ土地も親しいものに感じられますね。

佐尾
白神ぶなっこ教室と名付けてますけど、教室は学校のなかだけでも、森のなかだけでもなくて、誰かの家を訪ねたらそこが教室になるし、誰かと話をすればそこがもう教室に変わるのだと思っています。だから、みなさんも自分の教室を見つけてちょうだいね、ってそんな気持ちですね。
小学校は白神山地を源とする清流、藤琴川ふじことがわのほとりにある。運動場は原っぱのような状態。

この日、神奈川県に暮らす佐尾さんが藤里町に来ていた理由は、8年目をむかえた棚田での米づくり体験の日だったため。突然の訪問だったので、棚田での様子はちらと拝見しただけでしたが、みなさん和気あいあいととても楽しそうな時間を過ごしていました。

白神ぶなっこ教室は、佐尾さんが全体のコーディネイトを担当、白神山地のガイドや館内での食事、掃除などは藤里町の方の協力で成り立っています。 教室の募集は頻繁ではありませんが、機会があればぜひ訪ねてみてください。

【白神ぶなっこ教室】
〈住所〉山本郡藤里町藤琴字上坊中86
〈TEL〉0185-79-3130
〈HP〉http://bunakko.travel.coocan.jp/
  ※ぶなっこ教室開催情報も随時更新中。