


編集・文:矢吹史子 写真:船橋陽馬
井川町で出会った「油も売ってるアイス屋さん」??
2019.06.05
井川町周辺で、ガソリンスタンドを探していたときのこと。桜の名所として知られる日本国花苑という公園の真向かいに、おなじみのスタンドのロゴを発見!……とともに、不思議な看板が目に飛び込んできました。


「油も売ってるアイス屋さん」。 気になって立ち寄ってみると、店内には冷凍庫があり、ジェラートが売られています。

しかも、商品のラインナップには「さくらの花びら」「さくらのはっぱ」などがあります。ただならぬこだわりがそこここに感じられるなか、まずは「さくらの花びらジェラート」を購入してみることに。

実食。クリーミーで華やか!! 桜の香りが口いっぱいに広がります。まさか、ガソリンスタンドでこんなに美味しいものにありつけるとは!
たまらず、このスタンドを営まれている「有限会社佐々木商事」の代表、佐々木雅洋さんにお話を伺うことに。

ただのスタンドじゃつまらなくて
——看板が気になって立ち寄らせていただきましたが、ここはどんな経緯で始められたお店なんでしょう?
佐々木さん- 22年前、この場所でガソリンスタンドを始めることになったんですが「ただのガソリンスタンドじゃつまらないな、何か面白いことができないかな?」と会社のみんなと相談していたんですよ。目の前を見ながら……。
——目の前には国花苑。
佐々木さん- はい。この桜がある。

佐々木さん- 「やっぱり食べるものじゃない?しかも手軽に食べられるもの」「桜を使ったアイスはどう?」というふうな流れで。普通であれば、ガソリンスタンドだけやってれば良いところなんですが、私は性格的に、どうしても人とは違うことがしたくなるんですよね。せっかくやるなら面白い方に走りたくなってしまうんです。それで「スタンドでアイスが売ってたら面白いんじゃないかな?」と。
花びらのアイス、はっぱのアイス
——でも、一朝一夕ではできませんよね?
佐々木さん- はい。まずは、秋田市にあるアイスの工場に飛び込みで相談に行きました。でもそこの工場長さんがなかなかの昔気質の方で……。はじめはなかなか相手にしてもらえなかったんですが、「どうしてもやりたい!」と1週間通って、ついに作ってもらえることになったんです。

佐々木さん- それで、実際に作り始めるんですが、桜といえば、みなさん「ソメイヨシノ」のイメージが強いですよね?でも、ソメイヨシノだと色が白っぽいんです。でもどうしても桜のイメージのピンク色のアイスにしたい。そうして出てきたのが「八重桜」。
——八重桜はピンクの色が強い?
佐々木さん- そうなんですよ。そこにたどりついて、試行錯誤の末できたのがこのアイスなんです。


——使われているのは実際、井川町の八重桜なんですか?
佐々木さん- ここの桜も使っているんですが、かなりの量の八重桜が必要で、ここのものだけでは足りないので、県内の他の地域のものも使っていますね。
採取した桜の花びらを全て洗って、塩漬けして、使うたびに塩漬けしたものを塩抜きして、そこからアイスの原料に練り込んでいく。
——ものすごく手間がかかっているんですね。そして、気になるのが「さくらのはっぱ」。
佐々木さん- 「花びら」がみなさんに認知していただけるようになってきたころに、工場長さんに「桜の葉っぱでアイス作ってみねぇが?」と提案されて。「桜餅だって葉っぱは食べられるべ?」と。
——昔気質な工場長さんも、楽しみ始めてしまったんですね。
佐々木さん- 私はそんな話をされるとすぐに乗ってしまうので「やっちゃいますか!」と。

——はっぱのほうは、まさに桜餅!桜は華やかですが、こちらはいぶし銀のイメージ。塩が効いています。乙ですね〜。
佐々木さん- 花びらのほうが「洋」だとすると、はっぱは「和」。リピーターには、花びらよりもはっぱのほうが好きという方も多いんですよ。
油も売ってるアイス屋さん
——ガソリンスタンドでアイスを販売するなんて、とくに22年前は考えられないことだったのでは?
佐々木さん- はい。田舎のど真ん中で「アイス売ります」って言ったところで、みなさんはじめは簡単には手を出してくれないんですよね。逆に「なんでアイスなんか売ってるんだ」って怒られるくらいで。
なので「来てくれたお客さん全員に、1ヵ月間無料でアイスを食べてもらう」ということをしたんです。まずはその存在を知ってもらおうと。

佐々木さん- はじめは怪訝そうな顔をされましたけど、食べてみるとみなさん「なんだこれ!美味しいな」となって。そうやって地道に積み重ねてきました。
——最初の衝動は「面白そう」であっても、その後、情熱を伝える努力をしっかりされているんですね。
佐々木さん- でないと我々が作った味を誰も知らないままになってしまう。だからまずは口に入れてもらおうと。それでダメだったらしょうがないよな、という気持ちでやりましたね。
——そして今や「油も売ってるアイス屋さん」に。「アイスも売ってる油屋さん」じゃないんですね?
佐々木さん- はじめはそう言っていたんですが、アイスを買って行かれるお客さまに「油入れなくてごめんね」って言われることが多くなってきたので、気にしないで買ってもらえるように「うちは、アイスのついでに油も売っています」と言うようにしてるんです。

——給油はしなくても、アイスは買えるんですね?
佐々木さん- ウェルカムです! 近所の小学生は、普通にここまでチャリンコで買いにきますから。
——駄菓子屋さん感覚!なかなかガソリンスタンドに子どもだけでは来ませんよね。面白い光景ですね。
井川の味をジェラートに
佐々木さん- コーンで食べられるもののほかに、季節限定で、井川町周辺の農産物を使ったアイスもカップで販売しているんですよ。

佐々木さん- 「うぢで作ってるカボチャ、アイスになんねぇもんだべが?」って農家の方から相談をうけまして。そう言われると「やってみるスか!」って応えてしまう(笑)。
——振られた話にはまずは乗ってみる。
佐々木さん- そうですね(笑)。「普通に食って美味しいカボチャなんだから、ジェラートにしたって美味いだろう」と。それでも、何度も何度も試作をします。その素材が持っている風味を最大限に引き出したいので「ここギリギリでしょう?」っていうくらいまで熟れたものを、ふんだんに使うんです。
——井川産のブラックベリーや、大潟村のメロンもありますね。

——ブラックベリーは色鮮やか! 酸味が効いた大人の味ですね。
佐々木さん- 「お口の恋人」と呼んでます。ブラックベリーは柔らかすぎて、果実そのものとしては売りづらいので、逆に加工してシャーベットにするのが合っているようなんですよ。
——メロンはメロンをそのまま食べているような美味しさです!
佐々木さん- メロンは私の同級生の生田さんが作っているもので、カボチャもそうなんですが、パッケージに生産者の名前を入れています。みなさんこだわりをもって作ってらっしゃるので、その存在をなんとなくイメージしてもらえるように。
——アイスが並んでいるのを見るだけでも、秋田の豊さを感じますね。
佐々木さん- 秋田の人たちにわかってもらいたいのは、ふだん、いかに美味しいものを食べているか、というところなんですよね。
地元のためにアイスを
佐々木さん- 今、井川町は秋田で唯一の義務教育学校(小中一貫教育を行う新たな学校の種類の制度)「井川町立井川義務教育学校」があるんですが、その前進の井川小学校が最後の年に、何か思い出に残る会をしようということで、全校生徒を集めて、井川の農産物で作ったアイスを食べてもらいました。

佐々木さん- それから毎年、井川町の中学3年生には、受験の時期に「サクラサク」という意味をこめて、桜のアイスを食べてもらう会もやったりしているんですよ。
——アイスを通じて、地元と繫がっているんですね。
佐々木さん- その子たちが、高校にいって、大学にいって、社会人になって、結婚したり……その節目節目で報告に来てくれたりするんですよね。このあいだも「子ども産まれました」って来てくれて、なんかおじいちゃんになった気分でしたね(笑)。
——かつては自転車で買いに来ていた子どもたちが大きくなって、またアイスを買いにくる。良い光景ですね。
佐々木さん- これからはアイスに留まらずいろんなものを提供しようと、キッチンカーを用意して、イベントなんかで、比内地鶏のカレーとか、きりたんぽとだまこが両方入った「親子鍋」を販売したりと、挑戦しているところです。

佐々木さん- もはや自分の本業が何かわからないんですが(笑)。これからは、井川町に留まらず秋田の美味しいものを展開していけたらなと思っています。

【有限会社 佐々木商事】
ENEOS井川さくらサービスステーション
〈住所〉秋田県南秋田郡井川町小竹花字関合3-7
〈TEL〉018-855-6170
〈HP〉http://sasakishoji.net/