秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

文:成田美穂 写真:高橋希

街のレストランが
目指したのは
真珠のネックレスでした。

2019.04.24

以前、能代市二ツ井町ふたついまちには、私の祖母の家がありました。

幼いころ、夏休みに遊びに行くと、くしゃくしゃの笑顔で出迎えてくれた祖母。とても料理上手な人で、いつも作ってもらっていた定番のおかずは、かぼちゃの煮物でした。

「ふたついのばあちゃんのかぼちゃ」と呼び、毎回大きな器にたくさん詰めて、お土産に持たせてもらっていたのを覚えています。

「レストラン真珠」は、初めて来たはずなのに、そんな懐かしい記憶を思い出させてくれる不思議な場所でした。

二ツ井駅から徒歩5分ほどのところにある、「レストラン真珠」。創業した昭和9年から約85年間、ここで二ツ井のまちを見守っている。

「はい、こんにちは。今日は何がいいかな? オムライスにオムハヤシ、カツカレーも人気だよ。うちの卵料理はね、ふわっとしておいしいの。それに、お肉料理のソースはそれぞれ味付けが違うのよ。ま、どれを食べてもおいしいんだけどね〜」

と、明るく出迎えてくれたのは、「レストラン真珠」の森田玲子もりたれいこさん。初来店の私たちのために、人気メニューの特徴を教えてくれました。

森田玲子さんは現在、二代目シェフの奥様として、お店を切り盛りしている。
店内には、人気メニューのショーケース。本物そっくりの食品サンプルが並び、なんとなく懐かしい気分。
ショーケースの上には、玲子さんの手書きメニュー。うーん、迷う……。
なんとかメニューを選び、注文を終えて待つこと十数分……。

厨房からいい香りが漂いはじめ、どんどん運ばれてくる料理の数々。一瞬でテーブルの上がにぎやかになりました。

最初に到着したのは、ボリュームたっぷりの「カツカレー」。創業の頃から変わらないという甘〜いカレーは、一口食べると昭和にタイムスリップしそうな懐かしい味。サクサクカツともベストマッチ!
お次は、熱々の「鍋焼うどん」。鶏肉、ごぼう、ねぎ、白菜など、具だくさんで食べ応えもある。ホーローの鍋がかわいらしい。
野菜やフルーツが添えられた、色鮮やかな「オムライス」。シンプルなチキンライスがふわふわの玉子に包まれていて、カメラマンも一口食べるごとに「おいしい!」を連発。
玲子さん
玲子さん
うちのオムライスは、卵が特別。養鶏場から毎朝直接届けてもらっているから、新鮮なのよ。冬限定で出している「きりたんぽ鍋」の比内地鶏のお肉も、同じところからいただいています。
満を持して登場したのは、メニューの中でいちばんリッチな「ポークソテー」。鉄板の上でぐつぐつしているまろやかなソースは、柔らかくジューシーなお肉と絡み合い、舌がとろけそう。
厨房が見えるカウンターの上には「電話二九」の文字。手動交換機時代の名残だろうか。
楊枝入れコレクション。テーブルごとに顔ぶれが違って、眺めているだけで楽しい。
行列ができるお店として、食券売場を設けた時代もあった。この看板は捨てられない、と玲子さん。
玲子さん
玲子さん
この辺りは昔、秋田杉の伐採や運搬が盛んだったの。すぐそこの米代川よねしろがわを下ってきた木がトロッコに乗せられて、いつも店の前を通って行ったのよ。

近所に木材を運ぶトラックの会社もあって、そこのお偉いさんや作業員の皆さんがよく食べに来てくれました。

それに、若いお嬢さんたちは、着物の上にフリルの付いた前掛けなんかを着てね。当時はお店の一角にボックス席があって、そこで珈琲を飲みながらお見合いしていたお客さんもいらしたんですよ。
当時、この界隈は「宝来町ほうらいちょう」と呼ばれ、さまざまな料亭も立ち並んでいた。

——たくさんの人が集まるにぎやかな場所だったんですね。

玲子さん
玲子さん
お客さんが行列を作る時もあれば、閑古鳥かんこどりが鳴く時もありました。でも、健康で明るく、笑顔でいればいいの。毎朝起きたら、「はい、今日もがんばりましょう!」ってね。
厨房内の自分たちにだけ見えるように貼られた、玲子さんのスローガン。
玲子さん
玲子さん
先代のおじいちゃんが、秋田市の洋食屋で修行をしていたんです。当時は、メニューの作り方なんて教えてもらえなかったから、こっそりソースをめたりして、舌で味を覚えたそうなの。

それから、一生懸命がんばって再現した味を、いまこうして私たちが引き継いでいます。
厨房に立つのは、二代目シェフの正道まさみちさん(写真右)と、息子の道康みちやす(写真左)さん。
みんな大好き「ハンバーグ定食」。ピリッとした刺激のなかに甘さも感じられるソースに、レストラン真珠の歴史が詰まっている。
玲子さん
玲子さん
そうそう、うちはハヤシソースも人気でね、「ハヤシライス」は創業の頃からあるメニューなの。ずーっと変わらない味ですよ。
人気のハヤシソースを使った「オムハヤシ」。ふわふわの卵と濃厚なソース、そしてしっとりチキンライスの三位一体。思わず夢中で食べてしまう。
もうお腹いっぱい……と思ったら、食後のデザートが! この日はモンブランといちご。
玲子さん
玲子さん
デザートは私が担当なの。ケーキにお団子に駄菓子、何が出るかはその日のお楽しみ。

でも、珈琲はお父さんがれます。昔は電動ミルを使ってたけど、いまは手動にしてるの。なんぼでも手を動かしてやったほうがいいと思ってね。
「珈琲は趣味みたいなもんです」と正道さん。おいしく飲みきれる小さめのカップがうれしい。

——ふだんは、ご近所のお客さんが多いですか?

玲子さん
玲子さん
そうだね。あとは能代市内とか、お隣(三種町みたねちょう)の森岳もりたけからいらっしゃる方が多いかな。
能代市と隣接する北秋田市から訪れたご家族は、ハンバーグカレーやオムライスを注文。今日が初来店だそう。
いつも窓際が特等席、という常連のお母さん。
常連の
お母さん
「家がすぐ近所だがら、毎日通っているの。オムライスみたいなご飯ものが好ぎだけど、今日は「鍋焼きうどん」にしたの。若い人だぢも、たまにはこういう店もいいでしょ?」
娘さんの入学式を終えて、お昼ご飯を食べにやって来たというご家族。おめでとう、新一年生! 
新一年生の
お父さん
「我が家は、何かあると毎回ここに食べに来ますね。娘が頼んだハンバーグ定食も好きだけど、俺はいつもカツカレー大盛り! 中学の頃から通ってるから落ち着くというか、思い出の味なんです」
ちょうどお昼時、次々とお客さんがやって来て、徐々に高まるアットホーム感。初めてのお客さんには、各メニューの魅力を語ってくれる玲子さん。もちろん、常連さんとのおしゃべりも欠かしません。
玲子さん
玲子さん
それにしても、今日は初めてのお客さんが多いわ。あなたたち、福の神だったのね!

——そんなことないですよ(笑)! どこか懐かしくて安心するこのお店の雰囲気に、皆さん引き寄せられたんだと思います。

玲子さん
玲子さん
だといいんだけどね(笑)。常連さんでも初めましての方でも、ここに来てくれたお客さんとの交流は、本当に大切にしたいの。私たちは、お客さんに助けられてここまでやってきたんです。
玲子さん
玲子さん
昔からのお客さんで、結婚したりお子さんが生まれたりしたタイミングで、家族でお店に顔を出してくれる方々もたくさんいるの。生きるためにはお金も大事だけど、私にとっては、心の余裕と人との繋がりも大事ね。
天気の良い日は、一緒に山に登ったり出かけたりするという森田さん夫妻。その度にまた、さまざまな年代の人々との出会いがあるそう。

昔ながらの味を守りながら、新しい出会いを大切に繋げていくレストラン真珠。

最後に、玲子さんに店名の由来を尋ねると、

「お店を始めた昭和9年の頃、真珠のネックレスって巷ではとてもハイカラなものだったのよ。それで、そのネックレスのように、“みんなが輪になって、いつまでも仲良くいてくれますように” って、願いを込めてつけたの」

と話してくれました。

テーブルに料理を届けるたび、「はい、来たよ〜」「熱いから気をつけてね」「いっぱい食べてちょうだいね」と、一言添えてくれる玲子さんの優しさが、なんとなく祖母の姿と重なり、思わず肩の力が抜けていきます。

玲子さん
玲子さん
今日は、足を運んでくれてありがとう。つたない店ですけども、元気にがんばりますから! またいつでも来てね。

【レストラン真珠】
〈住所〉能代市二ツ井町三千苅6-1
〈時間〉11:00〜14:00、17:00〜18:00
〈定休日〉日曜日
〈TEL〉0185-73-2010