超天然温泉

秋田のあたらしい娯楽

約120ヵ所を数える温泉地、626もの源泉がある秋田県(環境省自然環境局、平成27年度調べ)。中には、流れ落ちる滝そのものが温泉だったり、川原に穴を掘ると湧き出る温泉もあるらしい。そんな秋田の「超天然」ともいえる温泉を巡っていくと、「気持ちいい~」だけじゃない温泉セカイとドラマが待っていました。

編集・文=竹内厚

大阪府在住。編集者として雑誌、単行本、フリーペーパーなどを手がける。Re:Sに所属。

写真=鍵岡龍門

蒸ノ湯温泉の天然力

まず向かったのは、秋田県鹿角かづの市、八幡平はちまんたいにある蒸ノ湯温泉。
秋田県の北東、岩手の県境に広がる八幡平は、国立公園にも指定された火山帯で、秋田県側には、湯瀬ゆぜ温泉、銭川ぜにかわ温泉、志張しばり温泉、後生掛ごしょうがけ温泉、玉川温泉、大深おおぶか温泉、そして蒸ノ湯温泉など、大小さまざまな温泉が点在する温泉ホットラインとなっている。

鹿角の市街地・花輪はなわから国道を南下し、県道の「八幡平アスピーテライン」を抜けていくと、30分ほどで蒸ノ湯温泉に到着。車を降りると少し肌寒い。よく整備された快適なドライブ道のため気づかなかったが、実は、蒸ノ湯温泉の標高は1100m。いつしか結構な高さまで登ってきたと知る。

蒸ノ湯は、1軒きりの宿が営業する温泉地。山のロッヂを思わせるような木造の宿には内湯と露天風呂、そして、宿から100mほど歩いた場所に「野天やてん風呂」がある。この野天風呂こそが、今回の取材のターゲットなのだが、宿泊客であっても18時以降は「危ないので」、野天風呂には入浴することはできないという。宿ですれ違った方に野天風呂のことを尋ねると、「そうですね、なんともいえない温泉ですよ」との答え。一体、どんな温泉なんだ……。

入浴セット一式を整えて、いざ、野天風呂へ向かう。ちなみに、野天風呂だけの日帰り入浴も可能。宿泊棟の前から坂を下っていくと、すぐに野天風呂の全貌が見えてきた。

大きな凹地になった斜面のあちこちから吹き上がる噴煙、ところどころ白く、あるいは赤い色に変化した地表、真っ黄色の熱湯がごぼごぼと湧き上がる噴泉もある。
雄大な自然といえば、動きのあまりない絵のような眺めが想像されると思うが、こちらの景観は思いっきりアクティブ。考えてみれば、活発な自然が相手なので当然のことながら、あまりのまとまりのなさ、天然ぶりにこちらのテンションもグッと持ち上がる。まるで温泉の実験場、あるいは自然にできた温泉テーマパークのようじゃないか。

気ままで奔放な自然の中、木組みのトイで温泉を誘導して、湯槽ゆぶねがしつらえてある。その横には簡易的な脱衣所。ほとんど案内板も何もない野天風呂にあって、唯一、脱衣所に記された「男」「女」の貼り紙が、この場所が入浴施設であることを思い出させてくれる。

脱衣所こそ男女に分かれているが、湯槽は共通。混浴だ。

ささっと服を脱いで、ざばっと温泉に入る。ややピリッとしたところのある硫黄泉にして、見事な適温。ワイルドな景観、その見た目に気持ちが引っ張られてしまったが、湯槽に入って落ち着いてみると、きっちり温泉施設として自然を手なづけていることに気づかされる。湯槽に体を浸していると、そこはやっぱり「蒸ノ湯温泉」なのだ。

ちなみに、このあたり一帯は「治山ちさんの森」とも呼ばれて、火山活動による影響で荒廃地が生まれる中、山の斜面を安定させるための山腹工や、渓流の岸を保護する護岸工といった治山の取り組みが継続的に行われている。野天風呂の施設だけに留まらず、人が自然をいかに御するのか、その最前線でもあるというわけだ。

男女別になった浴槽も。

そして、蒸ノ湯温泉の野天風呂で、ぜひ体験しておきたいのがオンドル。いわゆる岩盤浴と同じく、地熱で温かくなった地面に直接横たわって、温泉の熱や効能を吸収するというもので、ストレートかつ原始的な温泉といえる。

独特な世界観で熱烈なファンの多いマンガ家、つげ義春も60年代に東北の温泉や湯治とうじ場を旅した際に、蒸ノ湯温泉へ立ち寄って、「オンドル小屋」という短編マンガを物にしている。アスピーテラインなどの自動車道もまだ整備されていなかった時代、温泉地までは登山道を歩いていくしかなく、つげは、”地の果て、旅路の果て”のようだという率直な感想ものこしている。

現在の蒸ノ湯温泉のオンドルは、最低限の日除けがあるだけの簡素な小屋づくりで、その中でムシロを敷いて寝転がる。ちょうど地面から蒸気が吹き上がる位置に、小屋を据えてあるため、頭の位置をよく考えないと硫黄の匂いがムッと鼻をつく。眠ってしまえばよかったのかもしれないが、自然真っ只中に寝そべっているという興奮もあってか、 落ち着かず5分ほどで出てしまった。マンガ雑誌の1冊でも持ちこめば、ゆるりと過ごせるに違いない。

自然と人工がせめぎ合う蒸ノ湯温泉の野天風呂。個人的な実感としては7対3くらいで、自然の力が強くて、その中で裸になって温泉につかったり、噴煙を目の当たりにしながら、温かい地面に直接触れていると、ふと笑いがこみあげる。“地球と裸のつきあい”なんて言うと、広告コピーのようで気恥ずかしいが、蒸ノ湯温泉、八幡平、奥羽山脈、日本列島、地球と、お湯の中で想像のスケールが拡張していくのは確か。

実際、太平洋沖にある日本海溝から太平洋プレートが沈みこむときに摩擦熱が発生して、それがマグマとなって東北地方の中央に並ぶ火山体が形成されているという地球のメカニズム、その一端で恩恵に与っていると想像することは、野天風呂に身を浸していると、それほど突飛すぎるイメージとも思えない。何よりそんな壮大な絵を思い浮かべられることが、最高に心地よい時間だった。

野天風呂を漫喫していると、出かけていた蒸ノ湯温泉の女将さんが、間もなく戻ってくるとの一報が。次回はこの女将さんに、蒸ノ湯温泉についての話を伺います。

<蒸ノ湯温泉の情報はコチラ!>

自然にまみれた秘湯の人間ドラマ につづく

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