暮しの音楽 うだっこのけしき

毎年日本一となる唄い手を数多く輩出し、毎週必ずといっていいほど、どこかのステージで唄われている秋田の民謡。唄い継がれてきた楽曲は1000曲を超えるともいわれる民謡大国秋田では、民謡は「うだっこ」と呼ばれて親しまれています。

うだっこのなかに描かれてきた秋田の風土や人々の暮らし。それらの情景は県外に暮らす人々にはどのように映るのでしょう? そこで、県外在住のイラストレーターさんをお招きし、うだっこの情景をたよりに、秋田の暮らしを感じる旅に出ていただくことにしました。

旅人 寺田マユミさん

兵庫県生まれ大阪府在住のイラストレーター。2006年FM802主催digmeoutオーディションを通過したのち、雑誌、広告、個展、さまざまなアートワークなどで活躍中。最近では、2015年「UNKNOWN ASIA」(@大阪・中ノ島中央公会堂)参加「紀陽銀行×FM802×digmeout賞」受賞、2016年6月には、かもめブックスより、書籍「きっと いい日になりますように」を発刊。

「秋田長持唄」前編

秋田では婚礼の際「秋田長持唄」という民謡が唄われると聞いた。

関西に住む私にとって民謡は、お祭りだったり、お年寄りのものだったり、とにかく少し特別な、ちょっぴり離れたところにある印象。それが婚礼で唄われるなんて、驚きだ。
今回の旅では、実際にその様子を見せていただけるということで、結婚披露宴が行われる大館市へ向かった。

まず、はじめにお会いしたのが、民謡の唄い手、奈良のり子さん。
これまで数十年にわたって結婚式で長持唄を唄い、数え切れないほどの新郎新婦を見送ってきたという。まずは早速、その唄を聴かせていただく。

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※音が出ます

秋田長持唄

奈良のり子さんと長持唄

奈良のり子さん

「昔、秋田では婚礼の際、新郎側の使いのものが家紋入りの提灯を持って新婦の家まで迎えにきたそうです。新婦側では、母親が丹精込めて作った花嫁衣装や嫁入りの道具を長持(蓋付の大きな木箱)に入れて、花嫁とともに送り出し、道中、長持を担ぐ人たちが娘を嫁がせる親の心情を唄い上げたのが、長持唄。この唄を唄いながら、両親の労をねぎらい、娘の門出を祝い、幸せを願ったと言われています。

最近では、なかなか唄われなくなってきたけれど、10年以上も前は、秋田県の結婚式の定番でした。娘さん、その娘さんと、親子2代にわたって唄ったこともあります。今風の賑やかな入場と違って、長持唄で入場するときは、会場はし〜んとなって歌詞に聴き入って、新婦のお父さんはみんな涙を流していますよ。」

蝶よ花よと育てた娘。
はじめでもう、胸がいっぱいになる。あふれんばかりの愛。

けれどそのあと、「お名残惜しや」の一言以外、気持ちを表す言葉はない。自分たちの心配などせぬよう、精一杯の虚勢を張って送り出そうとする親心は、言葉のうしろにそっとしまわれている。

娘よ、どうか幸せに。ただそれだけを、ひたすら願う祈りの唄。

珠希さんとお父さん

つづいて、2日後に、奈良さんによるこの「長持唄」で披露宴を行うというご夫婦の新婦、松尾珠希さんとお父さんの秀一さんを訪ねた。
一緒に山へ出かけたり、ともに絵画の会に入り油絵を描いたり……性格も似ていてとても仲が良いという、珠希さん、秀一さん親子。

珠希さんは、この婚礼にあたって「ドレスも式の内容も全くこだわらないけれど、長持唄だけは絶対に譲れなかった」といい、自ら何人もの唄い手さんに掛け合ったという。

長持唄に描かれるような、娘を嫁がせる父の心情。それを秀一さんにお聞きしているはずが、いくら話を戻してもいつの間にやら、ご自身の好きな滝の話や市政の話に流れ込んでしまう……。その行方をやわらかく見守る珠希さん。

結局、その心情については、あまり語られなかった。けれども、語られないことこそが、多くを語ってくれていた。

親は、子をずっと見守り続ける。そして実は子も、
親をずっと見守り続けている。

本当に大切な思いは言葉にせず、胸にしまっておいていい。
劇的な演出など必要ない。父と娘とはそういうもの。
それでいいし、それがいい。
父の心の内を察すればこその「長持唄」。
珠希さんがこだわられた理由を私も察した。

2日後、珠希さんの嫁ぎ先であり、結婚式が行われる、永安寺えいあんじへ向かった。

>> 後編へつづく

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