午後6時すぎ、再び海岸にやってくると、ちょうど日本海に夕日が沈もうとしているところ。ここ、象潟海水浴場は「日本の夕陽百選」に選ばれるほど夕日が美しく見える場所で、盆小屋の向こうには見事なグラデーションが広がります。そして、これから始まる迎え火を前に、下荒屋の盆小屋の前には氏家さんもお待ちかねです。
文=矢吹史子
元デザイナーの編集者。秋田生まれ秋田育ち、筋金入りの秋田っこ。
フリーマガジン『のんびり』副編集長。
写真=船橋陽馬
動画=清永洋
- 矢吹
- こんばんは。今日は夕日がきれいですね!
- 氏家
- はい。これからみんな、ボチボチ集まってきて、7時になると火を点けます。
- 矢吹
- 今日は「キトーネ、キトーネ」って歌うんですよね。何度も歌うんですか?
- 氏家
- 何度も何度も。子どもたち、最初は声が出ないので、私が「わー!」と言わないと。最初は静かなんですよ。
- 矢吹
- ははは〜! 恥ずかしがったりしてね。
- 氏家
- そうそう。これは、下荒屋の老人クラブで作った提灯です。これに火を灯して、迎え火のときに持って歌うんです。
- 矢吹
- なんて書いてあるんですか?
- 氏家
- 「送火」「迎火」「千灯」「万灯」。
- 矢吹
- ずーっと灯していこうってことですか?
- 氏家
- そう。子どもたちには「中学生なったら自分の提灯を小学校1年生に渡してね」って言ってきたんだけども、みんなやってくれないもんで、続いていかないから、毎年作らなきゃならないんだ。
- 矢吹
- そうか〜。作るの大変なんじゃないですか?
- 氏家
- 1年がかりですよ。
- 矢吹
- でも、楽しんでされているように見えますよ。
- 氏家
- ふふふ〜。
- 矢吹
- 祭壇にもみなさん手を合わせに来るんですか?
- 氏家
- はい、それは子どもより大人だね。迎え火を燃やす前に拝みに来る。
- 矢吹
- 町内の人でない私たちも、拝ませてもらってもいいんですか?
- 氏家
- はい、もちろん。どうぞどうぞ。
少しずつ町内のみなさんが集まるなか、私たちもお参りをさせてもらいます。同じく、お参りをしていた若い女性に声をかけてみました。
- 矢吹
- こんばんは。お参りされてましたけど、地元のかたですか?
- 女性
- はい。
- 矢吹
- 毎年来られてるんですか?
- 女性
- はい。毎年あたりまえになってしまっていて。一度大学で象潟を離れたんですけど、お盆は帰ってきていたので、毎年必ず。
- 矢吹
- そうなんですね。お腹にお子さんがいらっしゃるんですね。
- 女性
- はい。もう一人いて、いま海で遊んでます。
- 矢吹
- お子さんたちも、いつかこの小屋を作るようになるんですかねえ……。
- 女性
- どうだろう。いまはもう大人が中心になってますからね……。
- 矢吹
- 氏家さんは当時もみなさんのお世話をされていたんですよね? 怖かったりしたんですか?
- 女性
- 小さい頃はね。「もっと声出せ〜!」って(笑)。
- 矢吹
- ふふふ〜。あ! 始まりそうですね。
- 氏家
- ほら! 小学生、集まって! 火を点けて歌うぞ〜!
いよいよやってきた迎え火の時間。小屋の横に用意された木材は、火を点けると一瞬で大きな火柱に。そして、それを囲むようにして子どもたちが並び、氏家さんの掛け声ととも歌い出します。
- 子どもたち
- ジーダ、バンバーダ、コノヒノアカリデ、キトーネ、キトーネ
- 氏家
- 声が小さいぞ〜! もう一度!
- 子どもたち
- ジーダ、バンバーダ、コノヒノアカリデ、キトーネ、キトーネ
- 氏家
- それだば、ご先祖様来ねぇど〜! いち、に〜の、さんっ!
- 子どもたち
- ジーダ、バンバーダ、コノヒノアカリデ、キトーネ、キトーネ
- 氏家
- もう一度!
このようにして繰り返される、子どもたちの歌。その様子を動画でもご覧ください!
子どもたちの歌が続くなか、参加している小学生の父親で、自らも子ども時代に盆小屋に参加されていたという、伊藤実さんにお話を伺いました。
- 矢吹
- 初めて見ましたけど、おもしろい行事ですね。
- 伊藤
- でしょ? ほかにはないかもしれないね。うちらはこの行事のこと「盆小屋」なんて呼ばないんだよ。「ジーダバンバーダ」って呼んでるの。
- 矢吹
- 伊藤さんが子どもの頃も、あんなふうに歌ってたんですか?
- 伊藤
- 歌ったね〜。人もめっちゃいたよ。
- 矢吹
- じゃあ大合唱だったんですね。
- 伊藤
- 「好きか嫌いか」っていったらわかんねぇけど(笑)。
- 矢吹
- 「やらなきゃいけないこと」みたいなかんじ?
- 伊藤
- んだんだ。もうあたりまえだね。
- 矢吹
- でも、これから続けていくのに、大変なことも多そうですね。
- 伊藤
- う〜ん……。子どもたちだよな。もう数えるほどしかいないからね。果たしてどうなるのかな……ってかんじだね。ほかのいろんな行事も、町内が合体してやったりするようになってきたしね。子どもたちも、今は意味はわからなくても「やったよね」っていうのが残っていけばいいなあとは思うけどね。
- 矢吹
- うんうん。
- 伊藤
- でも、準備するのも大変だしね(笑)。
- 矢吹
- 続けていきたい気持ちと、大変さとのせめぎ合いですね。
- 伊藤
- いま、氏家さんがああいうふうにやってくれてるからなんとかなってるけど……。
- 矢吹
- こういうことを通して、地域のリーダーができていくことも大事ですよね……。15日の送り火にも伺いますね!
子どもたちの歌声は、炎が消えるまで海岸に響き続けました。次回は、ほかの町内の盆小屋をレポート。下荒屋とはちょっと違う小屋の作りと、この町ならではのお盆の風習に出会います。