美味しいきりたんぽには欠かせない、比内地鶏のスープと肉。今回はその美味しさの裏側を伺うべく、JAあきた北央の加工所がある、北秋田市合川を訪ねました。お話いただいたのは、比内地鶏生産者の杉渕渉さんと、JAあきた北央加工部の吉田満さんです。
文=矢吹史子
元デザイナーの編集者。秋田生まれ秋田育ち、筋金入りの秋田っこ。
フリーマガジン『のんびり』副編集長。
写真=船橋陽馬
- 矢吹
- 比内地鶏って、そもそもどういう鶏なんですか?
- 杉渕
- もともとは比内鶏というのがルーツなんですが、それは今は天然記念物になっていて食べられないんです。そこで、食用に親鳥の比内鶏と、ロードアイランドレッドという品種を掛け合わせてできたのが比内地鶏なんですよ。
- 矢吹
- なるほど。 もとは比内鶏も食用だったんですね。
- 杉渕
- 昔は各農家で食べられていたり、聞く所によると昔、佐竹の殿様に献上したり年貢の米の代わりに納めたりしていたそうです。
- 矢吹
- そうなんですね。比内地鶏の一番の魅力ってどういうところでしょう?
- 杉渕
- きりたんぽでは煮て食べますが、焼いても美味しい。そしてなんと言っても出汁。ガラや肉からいっぱいいい出汁が出るスープが最高ですね。畜産試験場の先生の話だと、比内地鶏の出汁は醤油のようなアミノ酸と結合したときにものすごくいい風味が出るっていうことなんですよ。
- 矢吹
- なるほど〜。きりたんぽはそこがバッチリ合っちゃったと。
- 杉渕
- んだすね。運命的な出会いです(笑)。
- 矢吹
- 実際、きりたんぽはよく食べるんですか?
- 杉渕
- はい。このあたりじゃ、冠婚葬祭では必ず食べられるものだし。子どものころは家でたんぽも作って食べましたね。
- 矢吹
- やっぱり自分で育てた比内地鶏を入れるんですか?
- 杉渕
- そうですね。いっぱい飼ってると、小さかったり傷ついて出荷できないものが出てしまうので、そういうのは自分たちで。
- 矢吹
- それでも、ほかと変わらず美味しいんですよね? 高価な鶏なので、ちょっとうらやましい……。
- 杉渕
- はい。無駄なく使わないともったいないのでね。
- 矢吹
- 育てた鶏はここに運ばれて来るんですか?
- 吉田
- はい。生きたままカゴに入れてここに出荷してもらって、午前中には肉の状態になって、午後には出荷して、明日の午後には東京の飲食店に届きます。
- 矢吹
- ものすごいフレッシュ!
- 吉田
- 毛は脱毛機を使って取っていますが、それ以降はすべて手作業です。
- 矢吹
- 絞めるところも手作業で?
- 吉田
- はい。鶏を逆さまにして、首を切って、血を抜いて……。
- 矢吹
- そういうことがまさかここで行われているとは思いませんでした。そうやって毎日出荷しているんですね。
- 吉田
- はい。今の時期でだいたい、一日500〜600羽くらいですね。年中出荷していますが、やっぱりたんぽの時期はもっと多くなりますね。
- 矢吹
- となると県内が主ですか?
- 吉田
- いや、県外ですね。うちでは地方発送のきりたんぽセットの販売もやっていて全国から注文いただいています。そして、スープが美味しいっていうことで、ガラが先になくなっちゃうんですよ。東京の有名なラーメン屋さんにもけっこう使っていただいていて。
- 矢吹
- やっぱり違いますよね! 入荷してから発送までの全ての行程をここでやってるんですね。
- 吉田
- はい。農協で、鶏の生産から加工、販売までを行うっていうのは、全国的にも珍しいみたいで、首都圏の展示会でも驚かれますね。
- 矢吹
- 杉渕さんはいつ頃から比内地鶏の生産を始められたんですか?
- 杉渕
- 15年前くらいかな。もともと父親の代からです。私は今、稲作と養鶏の兼業ですが、親父は稲作とトラックで山からの木の運搬をする仕事をしていたんですが、山の仕事は経費の面でなかなか大変で。それならばと、鶏を飼い始めたんですよ。
- 矢吹
- 生き物ならではの大変さもあるんじゃないでしょうか?
- 杉渕
- んだすな。ながなが家を空げられないですね。
- 矢吹
- 毎日エサやりをしないといけないのが……?
- 杉渕
- エサはそうでもないんだけども、やっぱり水は毎日。あとはこういう田舎なので外敵が。クマ、野良猫、キツネ、タヌキ、イタチ、テン。あとは、空からタカ、カラス……。
- 矢吹
- わ〜!四面楚歌ですね。
- 杉渕
- まさに。常に狙われているので。
- 矢吹
- 美味しいから尚更なんじゃないですか? そうするとそれを見に行ったり?
- 杉渕
- はい。いつやられてもおかしくないので、一日2〜3回は見に行かないと。あとは冬は雪寄せなんかもあって。民家から離れた場所で飼育しているので、そこに辿り着くまでの道を、うちの場合は1キロ近く寄せないといけないんですよ。
- 矢吹
- そんなに!?
- 杉渕
- それと、鶏は卵を持つようになれば、死ぬ確率が高くなってくるんですよ。ほかの鶏にお尻を突っつかれたりして。鶏っていうのは、相手が死ぬまでそういうことをするんですよ。だから、見つけたら隔離しないとけないので。
- 矢吹
- 鶏同士で! となると、外敵にも鶏そのものにも目を配らないといけないんですね。
(加工所内の解体現場へ)
- 矢吹
- すごい手さばき! スタッフもたくさんいますね。一日500羽ですもんね。
- 吉田
- はい。みんな熟練さんです。
- 矢吹
- ここにはどのくらいの数の生産者さんが出荷しにくるんですか?
- 吉田
- うちは18戸ですね。
- 矢吹
- それで毎日500羽となると、みなさん相当な数を飼ってらっしゃるんですね。
- 吉田
- はい、そうですね。うちの農協では今年は年間10万5000羽を出荷する計画です。昨年で15万5000羽。
- 矢吹
- たくさん出荷されていても、高価でなかなか手が出せないんですよね……。なぜ高くなってしまうんですか?
- 吉田
- 飼育期間が長いんですよ。ふつうのニワトリが60日くらいのところ、比内地鶏は150日以上育てるというのが条件になっていますので。肉のうまみや甘みが一番いい状態が150日以上なんです。
- 矢吹
- 人間でいうと青年あたりの、油が乗ってきたころなんでしょうか?
- 吉田
- そうですね。ほかの地鶏のなかでも一番長いので、そのぶん、値段も高くなってしまうんですよ。それをなんとかするためにいろいろと試行錯誤してきたんですが、定着しなかったっていうのは、きっと今の状態が一番良いってことなんですよね。
- 矢吹
- でもちょっと高いほうが、特別なイメージが付いて良いのかもしれませんね。
- 吉田
- 美味しければ値段も納得してもらえるのでね。
きりたんぽの基礎、ルーツ、たんぽづくり、そして比内地鶏のことを教わった私たち。次回は仲間たちできりたんぽ鍋を囲む「たんぽ会」について、学んでいきます。