文=矢吹史子
元デザイナーの編集者。秋田生まれ秋田育ち、筋金入りの秋田っこ。
フリーマガジン『のんびり』副編集長。
写真=船橋陽馬
いぶりがっこのルーツを教わった後、木村吉伸さんの案内でいぶし小屋にやってきた私たち。もくもくと煙が立ち上るなか、今回はいぶりがっこの製造工程を学んでいきます。
- 木村
- ここにある丸太は、薪にして燻しに使います。ほぼサクラとナラですが、イタヤ、ケヤキもあります。
- 矢吹
- これは商品ごとに使い分けるんですか?
- 木村
- いえいえ、一緒にブレンドして使うんですよ。
- 矢吹
- 混ざったもので燻していく。
- 木村
- はい。サクラを燃した香りは特徴的で、お香のような、雅な香りっていうんでしょうか、少し入れるだけでも、良い香りがしてくるのが分かりますよ。
- 矢吹
- へ〜! ナラはどうですか?
- 木村
- ナラは昔から薪の定番で、香りも良く、長く燃えています。燻しのベースとして期間中ずっと使います。ナラやケヤキ等の広葉樹はヤニが少ないんですね。スギやマツなどの針葉樹はヤニが出るのと、鼻にツーンとくる刺激臭があっていぶりがっこの燻製では絶対ダメなんですよ。
- 矢吹
- これらの木は、この近くのものなんですか?
- 木村
- そうですね。近くの山の間伐材を使っています。
- 矢吹
- こんにちは〜。わ! ニンジンがたくさん!!
- 木村
- ここでは、紐で野菜を編む作業をしているんですが、大根が終わったので、今はニンジンを。ニンジンは地元で生産している人が少なく、いぶりがっこに合うものが手に入らないので、県外のものを使っています。
- 矢吹
- ニンジンのいぶりがっこも美味しいですよね!
- 木村
- そうですね、最近は認知されるようになってきましたね。
- 矢吹
- 大根も同じようにここで編んでいたんですね? 大根はどのくらいの本数作ったんですか?
- 木村
- うちは、55万本。
- 矢吹
- 55万本?! うお〜!それを全部手で? ここにいる6人くらいでやっているんですか?
- 木村
- ええ。
- 矢吹
- すごーい!! 大根はとくに大変ですよね?
- 作業中の女性
- はい。重いからね。
- 矢吹
- 全部繫げたら、ものすごい重さなんじゃないですか?
- 女性
- はい。
- 木村
- 一本一本編んでいくのも、かなりの技術が必要ですしね。
- 矢吹
- 全部、形がちょっとずつ違いますからね。
- 矢吹
- むこうでお母さんがたが編んだものを、こうやって小屋に吊るしていくんですね。これも全部手作業なんですね。
- 木村
- そうですね。大根も同じように吊るしていきますが、ニンジンはそっとやらないと、三角なので抜け落ちてしまうんですよ。
- 矢吹
- 寒い中の作業で、みなさん大変だと思いますが、やっぱり「重い」というのが一番大変なところですか?
- 木村
- そうですね。漬物っていうのは、なんでも重いんですよ。大根も、漬け樽も重いし、重しにする石も重いし……。
- 矢吹
- 薪も重い……。
- 木村
- 運搬などは重機を導入し、以前よりは楽になりましたが、編み、吊り下げ、燻製、漬けの工程は手作業ですので、やはり重労働ですよ。
- 矢吹
- それでも手作業でなければできない作業なんでしょうか?
- 木村
- そうですね、いろいろ試しましたが、品質を左右する大事な部分ですし、絶対に手を抜けない部分ですので、一つ一つを目や手の感触で確認できる手作業が一番ということに辿りつきました。例えば、大根を紐で編まないで吊るさずに棚に並べたりして燻煙乾燥してみたりもしましたが、干し上がったものを見ると、編んで吊るして干した物にはかないませんでしたね。手間はかかりますが、昔の人の知恵といいますか、昔からの作り方というのは理にかなっているというか、完成された製法なんだなということを、この仕事をしているとよく感じますね。
- 木村
- では、こちらに……。
- 矢吹
- ここがいぶし小屋!
- 矢吹
- うお〜!!! 待って! 待って! 待って! 目が開かない〜!! 煙で何も見えない!!
- 木村
- ここにあるもので、2日目かな。明後日であらかた燻し終わるんですが。
- 矢吹
- やっと見えてきました。うわ〜! すごい数の大根!! ここにはどのくらい吊られているんですか?
- 木村
- この小屋は小さめで、3500~4000本ですね。一番大きい小屋だと6000本くらいですね。
- 矢吹
- ひゃ〜! 圧巻ですね! 一つの小屋でかなりの数の薪を焚いているんですね。
- 木村
- ここまで木を燃して、この火力で干し上げるところはほかにないと思いますよ。これがいぶりがっこの干し方で、きむらやは昔からこれです。火力を調整しながら4日ほど燻して仕上げます。
- 矢吹
- 一瞬で私も全身燻り臭になっちゃいました!香りが強いといわれるのも納得ですね。この大根は県内で穫れたものですか?
- 木村
- はい。湯沢市皆瀬の農家の皆さんと契約して栽培していただいてるものです。白首の大根で昔からの地大根を改良した品種です。一般的な生食向けの青首大根よりも辛くて肉質が固い大根ですが、燻すとちょうどいいんですね。
- 矢吹
- やっぱり、燻したときの水分の抜けかたと風味が合うんですか?
- 木村
- 大根の繊維もしっかりありますし、長時間の焚き木干しによる風味がよくのるんです。いぶりがっこには最適と、きむらやでは考えていますね。
- 矢吹
- こうやって火をずっと焚いていないといけないとなると、誰かが付いていないといけないんじゃないですか?
- 木村
- 夜は当直で。私と父と社員で交代で行っているんですよ。
- 矢吹
- 木村さん自ら?!
- 木村
- 日中はみなさん手伝ってくれますけれど、さすがに、夜までとなるとね。
- 矢吹
- となると、この時期は体力的に本当に厳しいですね。
- 木村
- それでも、以前と比べたらだいぶ良くなりましたよ、従業員も多くなって。7年くらい前だとこんなに男手もありませんでしたから。(小屋に大根を)吊るして、燻して、24時間……。
- 矢吹
- よく続きましたね。気持ちがないとなかなか難しいですよね。
- 木村
- それでも、燻し作業はいぶりがっこ独特の風味をもたらす工程ですので責任もありましたし、何よりもお客さんに喜んでもらえると思うと、それが励みになり続けてこれました。本当にありがたいと感じます。
(小屋の扉が開くなり、煙が立ちこめる)
圧巻の燻しの光景を見せていただいた私たち。次回は燻した大根を漬けていく様子を見せていただきます。