食と暮らし学 もろこし

秋田銘菓「もろこし」をご存知ですか? 秋田のおなじみ「なまはげ」や、毎年8月に開催される「秋田竿燈かんとうまつり」の様子や立派な秋田蕗あきたふきなど秋田にまつわる様々な意匠をかたどった、干菓子。秋田の人は誰もが知るお菓子、だけどなぜか、詳しいことを知る人は少ないようです。
だからこそ、学びがいがあるというもの。さあ、「もろこし」講義のはじまりです。

講師 博進堂 杉山久子さん

文=高木沙織

富山県出身。関西14年ののち東京在住、3年目の編集者。秋田は初心者だけど「食」を中心に前のめりに開拓中。わりとミーハーです。

写真=鍵岡龍門

謎に包まれた「もろこし」調査開始

秋田では知らない人がいない、銘菓「もろこし」。「あずきの粉」を使った干菓子です。実は意外と知られていませんが、干菓子といえば一般的には「米粉」を原料としたものが中心。だから、この「あずき粉」を使うという点は、秋田もろこしの大きな特徴のようです。

「もろもろ」のお菓子を「越えて」おいしい

もろこしのことを学ぼうと、最初に訪れたのは、秋田県立図書館。まずは自力で郷土資料のコーナーを探しますが……無い。早々に音を上げて、司書さんに相談したところ、3人がかりで探していただいて集まった資料は4冊。

しかし、どの本も数行の記述にとどまり、もっとも多いものでも2ページ弱。とはいえ中でもいくつかの本で原典とされていた『お菓子の歴史』(守安正・白水社1965年)から見つけたポイントが以下のとおりです。

*『もろこしの意味は、もろもろの菓子に越えて風味よし』であるという。
→なんと! あらゆるお菓子よりもおいしいという意味で付けられた名前だったとは! 確かにもろこしを漢字で書くと「諸越」です。ちなみにこれは秋田の殿様、佐竹候の言葉だということ。とてもシンプルだけど、食べた時の感動をダイレクトに表した素敵なネーミング!

*『秋田諸越』は寛永2年(1705年)藩主佐竹候が臣下の功をねぎらうための菓子に煎米を作らせたのが始まりで、その後煎米の粉に砂糖を加えてつくったのがこの諸越の起源だと考えられる。
→最初は、一般的な干菓子と同様に「煎餅せんべいの粉」つまり、米粉だったんですね。それが……

*その後、初代杉山良作がこの地方特産のあずきを粉末としてこれに加えて作り、以来、幾星霜いくせいそう改良を加えて今日に至った。
→そうなのです。あずきの粉を原料にした、今のもろこしの姿を作ったのは、「初代杉山良作」さん。ちなみに、この杉山さんが創業した和菓子店がもろこしの元祖として知られる「杉山寿山堂すぎやまじゅさんどう」に違いないでしょう。こちらの方にはあらためてお話をうかがわなければ。

まさか、もろこしがはるか300年も前から脈々と続いてきた銘菓だったとは。そうなれば気になるのは、本に書かれた、「幾星霜改良を加えた」、つまり、これまでに「多くの苦労や努力を重ねて改良してきた」という道筋です。もう書物で得られる情報はこれっきり。となれば……。

書を捨て、街に出よう

①秋田駅ビル「トピコ」・あきた県産品プラザ
おそらく秋田市内でいちばん土産物が集まる場所、秋田駅ビル「トピコ」に来てみると……あるわ、あるわ、手前の店もその隣も、そのまた隣のお店にも、しっかりともろこしが揃います。

秋田の特産が集まるアトリオン地下の「あきた県産品プラザ」にも訪れると、やっぱり同じように存在感を放つ、もろこしコーナー。ここには、常に約50種類ものもろこしが並ぶとのこと! やはり秋田銘菓の中でも抜きん出た存在のようです。

②地元スーパーマーケット
菓子コーナーに確かにもろこし発見。駅ビルに並ぶ商品とは異なり、ざっくりと袋に詰められたもろこしは、いかにも「家庭のおやつ」といった風情。こういう形もあるのですね。

③秋田市内の某和菓子屋
木造の立派な佇まいの和菓子屋さん。中に入って店主に聞けば「もう10年前に作るのを止めてしまったんです」なんと……! 外へ出てみると、別棟のお宅の塀には、もろこしづくりに使われていたと思われる木型があしらわれていました。

④和菓子屋「博進堂はくしんどう
アトリオン地下の「あきた県産品プラザ」で惹かれた、こけしの形のもろこしがとても愛らしい「博進堂」を訪れてみました。嫁いでから50年近くこの店の様子をみてきたという、杉山久子さんにお話をうかがいます。

高木
ずっと昔から作られているんですか?
杉山
そう。70年前からこの絵柄で。でも今の若い人はやれないの。もろこしを打つ人がいなくて。
高木
打つ人?
杉山
もろこしは「打ち菓子」っていって、木型に詰めて固めて打ち出すからね。今は機械でもやるところがあるけど、手でやるのには技術がいるから。
そうそう、これね、秋田市にある高校の校章で作ったお祝いのためのもろこし。ここの本部が県外にあって、そこでも配るからって2000個の発注があったんですよ。
高木
2000個!
杉山
今作り終わったんです。あったかいの、よかったら食べてみて。
高木
作りたてなんて贅沢! ほっくりして、おいしい〜
杉山
県外でも大評判だって。こんなにおいしいのに、みんな今流行りのお菓子に行くからね〜。
高木
どんな人が買っていかれますか?
杉山
やっぱり旅の人ですね。でもときどき、箱詰めで余ったもろこしをまとめて袋に入れて並べると、地元の人が来てすぐに売り切れてしまう。それが不思議なんだけどね。それも70歳以上の年配の人です。
結局、味がどうというより今は選択肢がいろいろあるからね。やっぱりみんな、目新しいものに惹かれるから。だからもろこしも、人にアピールして売れるものを作らないと、売れないよ。だって、今のままじゃ誰も納得しないもの。飛びつくようなものにならなければ。それが、難しいんだけどね。

その後、いくつもの和菓子屋さんをめぐりましたが、口を揃えて言われるのが「地元の人はあまり……お土産としてですね」「若い人はあまり……」という2つの言葉。スーパーには並んでいたし、今も地元の需要があるのは事実でしょう。でも作るのをやめてしまった和菓子屋さんもあったように、現実は予想以上に厳しいようです。

それにしても、これだけ存在感のある銘菓なのに、探せども探せども、詳しい情報が見つからないのが不思議です。発祥からこれまでの道筋はいったい?

次回は秋田市内で手に入る、様々なもろこしを集めてみます。そしてやはり、実際に食べてみないとわかりません。はたして何かあたらしいことが分かるでしょうか。

2. 「もろこし」コレクション2017 につづく

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