編集・文=竹内厚
大阪府在住。編集者として雑誌、単行本、
フリーペーパーなどを手がける。
Re:Sに所属。
写真=鍵岡龍門
県北の八幡平から、今度は県南の湯沢市へ。湯沢の川原毛硫黄山、通称「川原毛地獄」には、流れ落ちる滝そのものが温泉という、驚異の超天然温泉があるという。
秋田市から秋田自動車道で約90分走ると、湯沢に到着。湯沢市では、日本に現在43あるジオパークのひとつ、「ゆざわジオパーク」として、さまざまな“大地の遺産”の情報発信を行っていて、事前に依頼すれば「ジオガイド」を頼むこともできるそう。ジオパークにジオガイド、「ジオ」ということばの使い勝手のよさからすれば、ジオ飯、ジオガールなどなど、今後、ジオのいろんな展開に期待がふくらむ。
今回の取材にジオガイドとして同行いただいたのは、昨年まで「ゆざわジオパークガイドの会」会長を務めていた阿部哲矢さん。立ち上げ当初から比べると、年々、ジオガイドのなり手は増え続けていて、今では4班に分けて、順々にガイドの仕事をまわしているという。
阿部さんからは開口一番、「まだ温度が低くて、川原毛の天然温泉には入れないみたいですね」と残念な情報が伝えられる。実際、入浴に適したシーズンは7月上旬~9月中旬とされていて、今回の6月中旬の取材では、ちょっと時期が早いかなとは思っていたのだけど……。
羽州街道と雄物川沿いに広がる湯沢の市街地を離れて、山中へ。高さ40mの三途川渓谷を渡って、対向車がすれ違うのも難しい1本道を進めば、窓を閉じた車の中にまでだんだん硫黄の匂いが立ちこめてくる。もう、地獄が近い。
まぶしい新緑の合間に、その一角だけは真っ白になった荒涼とした山が現れる。吹き出す硫化水素ガスの影響で草木が一切生えず、白い山肌に覆われた川原毛地獄。青森の恐山、富山の立山と並んで、古くから信仰を集めてきた日本三大霊地でもあり、巨大な地蔵菩薩像が山を見守るように立っていた。
ジオガイドの阿部さんによると、ここにはかつて硫黄鉱山や小学校の分教場などもあったのだとか。「私は、小学校の秋の遠足で来ましたよ」と阿部さん。地元の方にとっては、地獄も遠足先のひとつ。霊地として功徳を得た人もいれば、鉱山として開発を進めた人も、鉱山の仕事中に命を落とした方もいる。不毛な荒れ地に見えて、人との関わりは曼荼羅のように複雑だ。
そんな川原毛地獄に湧き出ている温泉が、沢水と入り混じりながら下流へと流れていき、川原毛大湯滝という落差20mの温泉の滝になっているという。ただし、川原毛地獄からは大湯滝の姿はまったく確認できない。見えるのは、かなりの湯けむりを上げながら、少しずつ水量を増して流れていく沢水ばかり。
「そこの水は触ると熱いですよ!」。つい、沢水にも手を伸ばして触れてみたくなるが、阿部さんから注意が飛ぶ。もっと下流の方へ進まなければ、水温がまだ相当高いらしい。なお、源泉温度は98℃とのこと。
川原毛地獄から山道を15分ほど下っていくと、川原毛大湯滝が少しずつ姿を見せる。いかにも堂々たる滝というルックス、まさかこれが温泉だとは言われなければ決してわからない。滝壺には先客としてひと組のカップルがすでに入浴していた。
よくよく阿部さんに聞けば、取材日前日の計測では川原毛大湯滝の水温が31℃、入浴には温度が低めだというだけで、何度以上、何月何日以降でなければ入浴できないといった決まりは何もない。あくまでも国定公園にある自然の滝、すべての判断は自己責任ということだ。
そろりそろりとまずは川へ入る。ほどよくぬるい。そして、水質がフレッシュ。思わず頭のてっぺんまでずぶりと潜りたくなる、その感覚は温泉というよりもやはり川遊びのそれに近い。なのに、冷水ではなく温水という不可思議さ。目に入るとかなり染みる。味は酸っぱい。とても強い酸性のお湯である。
川原毛大湯滝の滝はふた又に分かれていて、中腹でワンクッションがある左の滝と、ダイレクトに20mの高さを落ちる右の滝がある。比較的ゆるい左の滝でさえ、どんな銭湯の打たせ湯でも味わったことのない、力強い水量と水圧、風圧に圧倒される。
この左と右の滝で温度が明らかに違っているのも不思議なところだが、そもそも、大湯滝の水温は、湧き出る温泉と沢水の割合次第。阿部さんによると、今年は雪解けが遅くて、沢の水量が多く温度も低いため、大湯滝の水温がなかなか上がってこないのだとか。考えてみれば、人間が心地よいと感じるお湯の温度なんてとても狭い幅に限定されている。広めに見積もっても38℃~44℃くらいだろうか。
降った雨水が地下に浸透してマグマにより加熱され、地上に湧出、沢水と混入したその結果が、人間にとってジャストな温度となる。これってものすごくミラクルなことではないだろうか。しかも、大湯滝では、滝壺がほどよい湯槽の形で人間サイズに形成されている。まさに自然のミラクルにミラクルが重なった僥倖、それが川原毛大湯滝なのだ。
ジオ的な情報を付け加えておくと、このあたり一帯で大きな火山活動があった約700万年前、田沢湖の約8倍という巨大なカルデラ湖が生まれたと考えられていて、その後、火山灰や土砂などが堆積して、現在の地形に。そして、約26万年前に噴火した高松岳のマグマがまだ地下には豊富にのこっていて、地表から近い位置にあるため、川原毛地獄や大湯滝があるのだという。
ジオ尺度の時間と規模にはあっけにとられるばかりだが、これだけのエネルギーが当然放っておかれるはずもなく、高松岳では、東北では5番目に完成したという「上の岱地熱発電所」がすでに稼働。2019年の稼働を目指す「山葵沢地熱発電所」もすでに着工している。
人の手がまったく入らない完全天然温泉。それだけに大地のエネルギーとミラクルに思いがいたる。ちなみに、ジオガイドの阿部さんは、遠足で川原毛地獄を訪れるほどの地元育ちにして、大湯滝にはまだ一度も入ったことがないそう。ジオ=地球、土地とどんな風につきあうかは、人それぞれ。自然に、自然体でいい。
次回は、この川原毛地獄大湯滝、前回訪ねた蒸ノ湯温泉、それぞれを巡る道中で立ち寄った超天然温泉をご紹介します。まだまだすごい超天然温泉がありました。