男鹿真山伝承館となまはげ館で、なまはげの基礎を学んだ私たち。続いてやってきたのは、真山地区にある「里山のカフェににぎ」。この店の店主である猿田真さんは、毎年なまはげ行事に参加されているということで、お話を伺います。
- 矢吹
- 猿田さんは子どものころから、なまはげを体験してきたんですよね? 実際、やっぱり怖いんですか?
- 猿田
- 怖い……(笑)。私は小学校5年生のときにお爺さんが亡くなってから、両親とこっちに引っ越してきたんですけど、洗礼を受けたのが、「かます袋」という農作業用の袋に突っ込まれて、そこの桜の木の下まで引きずっていかれて……。
- 矢吹
- ひゃ〜!! 怖っ!!
- 猿田
- 5年生なんで、それなりにわかっているんだけど、もう容赦ないですからね。
- 矢吹
- 泣きましたか?
- 猿田
- 泣きましたよ!! 「真山に来たらこうなるんだ、わかったか?」っていうのを知らしめられたというか。
- 矢吹
- うわ〜……(笑)。そこから、ご自身がなまはげになる側になったのはいつごろからなんですか?
- 猿田
- それはわりと最近で、この店を始める少し前の5年前くらいですね。私は一度県外に出て秋田に戻ってきたんですが、戻ってからも会社勤めをしていたので、その間は、なまはげを家に迎え入れる形でしか行事には関わっていませんでした。
- 矢吹
- そこから実際、初めてなまはげになったときって、どうでしたか?
- 猿田
- 1年目は、先立っていう、なまはげが来ることを予告する役から入ったんですよ。それで「ああ、こういうかんじなんだ!」と。
- 矢吹
- 見よう見まねで?
- 猿田
- もう、何を言ったらいいかわからないし。年下の人たちのほうが先輩なので。「猿田さん、あそこはああやったほうがいいっすよ〜」とか言われて「すいません……」って(笑)。
- 矢吹
- ふふふ〜。その翌年くらいからは、実際になまはげになって?
- 猿田
- 真山のなまはげは、金と銀、金が男で「爺さま」、銀が女で「婆さま」と呼び合うんですけど、メインは爺さまで、婆さまは「ウオ〜!」とか「んだ!」とか、相づちを打つほうが多いので、婆さまのほうをやって。それでも、家に入るときに四股を踏むんですけど、手と足が一緒になっちゃったりして(笑)
- 矢吹
- ロボットみたいに(笑)。実際、「ウオ〜!」と叫ぶ、そのテンションにはどうやって持っていくんですか?
- 猿田
- やっぱり、高揚感。
- 矢吹
- 出るんですか?
- 猿田
- 出ますね。お面を被ると、トランス状態に近いものになるのかもしれない。お面の中で声が反響するんですよね。すると、何かテンションが変わって気持ちも切り替わるんですよね。まあ、お酒も飲んでるし、お面を被ると視界も狭くなるし。
- 矢吹
- 違うものになり切ってしまうんですね。
- 猿田
- 完全になまはげ目線ですよね。
- 矢吹
- 神様が降りてくるのかなあ……。
- 猿田
- あるのかもしれないですね、そういうことも。そして、各家々での問答が始まると、役者になるというか、スイッチが入っちゃう。
- 矢吹
- 問答は、子どもを叱るだけじゃなく、自分より目上の人を正すこともあるんですよね?
- 猿田
- おじいさん、おばあさんだったら、叱るだけじゃなく厄を祓うっていうことがあるので「まめでらが?(元気だったか?)、どっか悪いどごろねぇが? 来年もまめで(元気で)いれよ」っていうようなことを言うんですよね。
- 矢吹
- 年に一度、集落の人たちとそういうやりとりができるっていうことでもあるんですね。
- 猿田
- そこで、地域の状況をなんとなく確認できるんですよ。去年よりも元気がなくなったなあとか、去年までいた孫が今年はいないなあとか。そういうのがいろいろわかる。そういう行事がないと各家々を訪ねることもないし。
- 矢吹
- そうですよね。
- 猿田
- なまはげって、風紀委員的な役割もあるなって思うんですよね(笑)。
その後、なまはげが身に付けているワラの衣装「ケデ」の制作を見せていただけるということで、現場にお邪魔しました。そこで制作を拝見しながら、集落の方々にもなまはげ行事について伺ってみました。
真山地区 畠山富勝さんのお話
物心ついたころは、なまはげが来る大晦日の晩は怖くてソワソワして。この日だけは親の言うことを聞いてね(笑)。面も怖いけれど、ケデのワラのガサガサという音、外から聞こえてくる唸り声、全てが怖くて。大晦日は朝から集落の雰囲気そのものが怖い感じになるんだよな。
なまはげが来ると、親父の着物にしがみついて。親父は連れていかれそうになるのを渾身の力で守って、体裁よくなまはげを帰してくれる。そうすると、なまはげもすごいけれど、親父もすごいんだなあと、尊敬の気持ちが湧くんですよ。
小学2〜3年になれば、兄弟と一緒に押入れなんかに隠れる。そこから、兄弟愛とか自立心が生まれてくる。そして、中学生くらいにもなれば「ああ、地域の若者がなまはげを演じているんだな」と思いながらも、訓戒される。
そういう一連の流れを汲むと、なまはげっていうのは道徳の原点であると思うんですよ。
それに男鹿では、なまはげは常にどこかに棲み着いているとされていて、日常生活のなかでも「言うこと聞かないとなまはげが来るよ」って言われるんですよ。だから、年中なまはげとは関わり合っているっていうかね。いまはだんだん薄れてきてしまってるけれどもね。
そして、よその家の主や年配者を訓戒するという立場になるんだから、なまはげになるっていうことは、地域のなかでの一人前の若者として認められたっていう心持ちになるんですよ。成人式に行って「あなたは今日から大人の仲間入りだ」って言われても実感が湧かないけれども、なまはげに参加することで、そういう自負が生まれるんです。
実際になまはげ行事に参加されているみなさんのお話を伺った私たち。ケデも完成して、次回はいよいよ、大晦日。なまはげ行事の本番です!