文=矢吹史子
元デザイナーの編集者。秋田生まれ秋田育ち、筋金入りの秋田っこ。
フリーマガジン『のんびり』副編集長。
写真=船橋陽馬
秋田県民ならば誰でも知っているババヘラアイスですが、
それが実際どうやって道路端に現われるのかは、未知なるところ。
今回は朝の準備時間からお邪魔して、その販売の様子に密着します!
AM 6:30
なんとか早起きをして、ちがま冷菓にやってきた私たち。工場に着くと、キンキンに冷やされたアイスの入った缶が、車に積み込まれているところでした。お母さんたち自ら、重たそうな缶を黙々と積み込んでいます。
- 矢吹
- おはようございます! 今日朝一番は何時に出たんですか?
- 千釜
- 5時50分。
- 矢吹
- 早いな〜。ずいぶんな力仕事ですね、これは。今日は暑くなりそうだから売れるんじゃないですか? 男鹿にドライブに来る人とかに。
- 千釜
- わがらねえ。今日はなんにも行事ねぇしな。この時期はまだ男鹿に人入ってこねぇし。
- 矢吹
- 今日は何軒出るんですか?
- 千釜
- 20軒以上。
(お母さんたちが次々やってくる)
- 矢吹
- おはようございます! お母さん、今日はどこまでいくんですか?
- お母さん
- 大館。
(ちがま冷菓のある男鹿から大館までは片道2時間ほど)
- 矢吹
- 遠いですね〜。いつも大館までいくんですか?
- お母さん
- そう。風穴ドライブインのところまで行くの。
- 矢吹
- これから運転手さんが来るんですね?
- お母さん
- いいえ、私が。
- 矢吹
- え!? お母さんが運転していくんですか?
- お母さん
- はい。運転大好きなの!
- 矢吹
- え〜! 売り子のお母さんたちが自分で運転して行くんなんて、知らなかった! 重い缶、降ろすの大変ですよね? これ、何キロあるんですか?
- 千釜
- 満タンだと60キロくらい。
- お母さん
- もう慣れちゃって。37〜38年もやってるもの。
- 矢吹
- そんなに!?
(車に乗り込むお母さん)
- お母さん
- 行ってきま〜す!
- 矢吹
- いってらっしゃ〜い! うわ〜かっこいいなあ〜! ひょいっと乗っていった。私、てっきり男性の運転手が他にいて、お母さんたちを乗せて行くんだと思ってました。たくましい……。
- 千釜
- んだ。うちは全員、自分たちで運転していぐんだ。
- 矢吹
- 自分で運転して、自分でアイスも売って帰ってくるんですね。すごいな〜。お母さんたち、平均年齢、何歳くらいなんですか?
- 千釜
- 60歳以上だな。さっきの母さんで72〜73歳だもんな。
- 矢吹
- 元気だなあ。一番若い人は?
- 千釜
- 55〜56歳だな。
AM 7:00
車1台に売り子3〜4人分の、アイスの入った缶、パラソル、カップ、水の入ったタンクなどを運び込み、お母さんたちも乗り込んで出発!
私たちは、男鹿市内に出店するグループに着いていくことに。ショッピングモール、運動公園、観光道路、各目的地に一人ずつ降ろしていき、各地でそれぞれが開店準備をしていきます。
AM 8:00
このグループの最終地、鵜ノ崎海岸に到着。「日本の渚・百選」に登録されている美しい海岸で、夏は海水浴やキャンプ客で賑わいます。まずは、ここで販売する船橋枝美子さんの様子を見させてもらいます。
- 矢吹
- 最後の人は、積み降ろしも全部一人でやらなきゃならなくて大変ですね。今日は何時くらいまでなんですか?
- 枝美子
- これから夕方6時すぎくらいまで。
- 矢吹
- え〜! 長い。丸一日だ……。
- 枝美子
- だから、ババがやるのよ。我慢強さでね(笑)。
- 矢吹
- 枝美子さんはいつもこの鵜ノ崎海岸にいるんですか?
- 枝美子
- そうですね、8割くらいはここにいますね。
- 矢吹
- まだ海水浴には早いけど、同じ場所にいると、移り変わりもよくわかりますね。アイスは何月くらいから売りに出るんですか?
- 枝美子
- 4月の中頃から10月いっぱいくらいまで。あとはイベントに合わせて出したりね。私はいつもここへ来て、準備できたら朝食とるんですよ。朝のおにぎりと昼のお弁当を用意して来るんです。
- 矢吹
- 今日は何時起きだったんですか?
- 枝美子
- いつもだいたい5時ですね。
- 矢吹
- 枝美子さん、今おいくつなんですか?
- 枝美子
- もう70歳近いですよ。
- 矢吹
- え〜! 全然見えない! 若々しい! この商売を始めて何年くらいになるんすか?
- 枝美子
- 私は6年くらいになりますね。元は車の部品を作る会社に勤めてたんだけど、辞めてブラブラしていたら「やってみないか?」って。
- 矢吹
- スカウトされたんですか?
- 枝美子
- はははは〜!
- 矢吹
- これから暑くなってくると大変ですね。
- 枝美子
- 私たち年配だと、暑いより寒いほうが大変。
- 矢吹
- 寒いとアイス出ないだろうしね。でも、いろんなお客さんが来るんじゃないですか?
- 枝美子
- ええ。いろんな人が来て、いろんな話をしていきますよ。前の仕事とは全然違うね。どっちかというとこういう接客業は好きじゃないんですけどね。 先輩から話し方のコツとかいろいろ聞いてね。
- 矢吹
- バラ盛りは、どうやって覚えたんですか?
- 枝美子
- これも、入ったばっかりのとき、先輩がたが、ざっと教えてくれるんですよ。右手にヘラ持って、左手ってそんなに使わないような感じがするじゃないですか。でも右手じゃなくて左手が痛くなるの。左はやんわり持たないといけないから、余計に力が入るの。それで手の甲のところが痛くなるの。これから1日何百ってやれば、マメもできますよ。
- 矢吹
- これ、1缶で600個くらいはできるって聞きましたよ。
- 枝美子
- そうですね、満タンに入ってればね。普段は時間が経てばある程度柔らかくなるんだけど、次から次へとお客さんが来ると追いつかなくて、固いから、も〜う肩は痛くなるし……。見かけより大変なの。
- 矢吹
- 朝の様子を見ていても重労働だし。そんな大変な商売だと思ってませんでした。
- 枝美子
- 私も思ってなかったですよ。最初は社長も軽い缶を持たせてくれたりとかしたけど。みんな腰痛くするからね。朝早いし、時間も長いし、暑いし、寒いし。大変な仕事ですよ。
- 矢吹
- それでもやってるのは……?
- 枝美子
- なんでなんだろうね? やっぱり入った以上は、そう簡単には辞められないし。辛いほうが多いかなあ……でも半年間だけだしね。常連さんが来たりして、楽しいことは楽しいですけどね。
そうやって話していると、さっそく一人目のお客さんがやってきました。次回は、ここから続々とやってくる、お客さんたちとの様子をお伝えします。