編集=矢吹史子 写真=鍵岡龍門
第3話で稲庭絹女うどんの工場を訪ねた際に、後日、早朝からの生地の捏ね作業を見せていただくお願いをしていた私たち。約束どおり数日後、ふたたび稲庭絹女うどんの工場へやってきました。工場の中へお邪魔すると、社長の高橋和彦さんが、粉と塩水を混ぜる作業をしている最中でした。
- 高橋
- (塩水を繊細に量りながら)びみょ〜うなところで、生地が柔らかくなってしまうんですよね。
- 矢吹
- ほんっとうに、わずかな差なんですね……。
- 高橋
- そうなんです。機械で粉と塩水を混ぜ終えたら、こちらで生地を踏んでいきます。
- 矢吹
- わ〜リズミカル! かかとで踏むんですね。柔らかさは足の感覚で測るんですか?
- 高橋
- そうですね。この状態で、硬い、柔らかいを判断して、調整が必要なものは温度管理で調整していきます。今日のはちょうど良さそうですね。踏んだあとは手で捏ねます。
- 矢吹
- うわ〜全身を使って捏ねるんですね。ムキムキになりそう……。
- 高橋
- 冬は、朝はコートを着てくるんですけど、捏ねたあと一旦家に帰るときは暑くてコートがいらないんですよ(笑)。
- 矢吹
- これは汗だくになっちゃいますね。
- 高橋
- これで1回目の捏ねは終わりですが、このあと寝かせて、踏んで、揉んで、というのを4回くらい繰り返しますね。
- 矢吹
- なるほど〜。こんなに捏ねるんですから「つるめき」も出ますよ!(笑)。見せていただけてよかったです!
生地を捏ねる、リズミカルで力強い様子を、動画でもご覧下さい!
- 高橋
- 実はちょうど今、うちのうどんを「もっといいのができないか」ってやっているところで……。
- 矢吹
- え?! もっと美味しくなっちゃうんですか?
- 高橋
- なります。今年の初めくらいから、粉の見直しをしていまして。
- 矢吹
- 粉を?! 材料が粉、水、塩だけのなか、そこを変えてしまう……ものすごく根本のところですよね?
- 高橋
- そうですね。今までは2種類をブレンドしていたんですけれど、1つはそのままで、もう1つのほうを変えたものを今作っていまして。ちょうど、タイミングの良いことに、今日、試作品ができたんですよ。
- 矢吹
- え!? すごい! これからはその麺に変えていくんですか?
- 高橋
- はい、その予定です。まだ試作段階ですけれど。
- 矢吹
- 今までのものと、どう変わるんですか?
- 高橋
- 表面に麺のハリも出てきましたし、つるめきも今までよりもありますし、コシも強くなったので。
- 矢吹
- すごい! 「絹女」がさらにしなやかな女性になっちゃうんですね!
- 高橋
- そうですね(笑)。ごく少量で試作して、先日その試食会をしたんですけれど、社内でも評判がよくて。
(麺を持って来てくださる)
- 高橋
- これなんですけれど……。
- 矢吹
- 見た目ではあまりわからないけれど……。色も少し違うんですか?
- 高橋
- そうですね。これ、どうぞ。食べてみてください。
- 矢吹
- え! いいんですか? 貴重なものを!! ありがとうございます!
- 矢吹
- 会社として、そういう時期に来た、ということなんでしょうか?
- 高橋
- はい。ちょうどうちは今年で創業50年なんで、これもいいきっかけかなと。実はこの間、試食会をやったときに、うちの社員の一人から「ショックでした」って言われたんですよ。
- 矢吹
- え? どういうことですか?
- 高橋
- 「今まで食べていたものが一番美味しいと思っていたのに、新しいもののほうが、一段階も二段階も上だった」って。「さらに上があるなんって」ってことで。
- 矢吹
- うわ〜!!「まだいけるんだ!」と。この変化をきっかけに、みなさんに探究心がますます出てきそうですね!
- 高橋
- はい。それに、ここ数年で男性社員がぐっと若くなったんですよ。みんな30代で。
- 矢吹
- それはものすごく希望が持てますね!
- 高橋
- はい。「ショックだった」っていう言葉も、若いスタッフから出てきたものなので。
- 矢吹
- 良い流れですね! でも、粉を変えるっていうのは、良くなる確信があったうえでのチャレンジだったんですか?
- 高橋
- 粉の問屋さんが変わった経緯もあって、そのときに、どうせなら新しい粉にチャレンジしてみようかなと。
- 矢吹
- このシンプルな材料と作りのなかで、変える怖さのほうが強くありませんか?
- 高橋
- そうですね。うちのお客さんは味を覚えているので。でも、怖い、というよりは、これに変えていくことで、もっとたくさんのお客さんに届けられるんじゃないかなって期待しています。変えた時の反応は、まだわかりませんけれど。これも常連のお客さんには試食していただいて、そのうえで変えていこうと。
- 矢吹
- なかなかのチャレンジですね。何かを加えて「新味登場!」とかならまだわかりますけれど、1種類しかないものを変えるっていうのは、勇気がいるし、材料を変えても安定させて作っていくには、技術の善し悪しも問われそうですよね。
- 高橋
- そうですね。お客さんの舌も肥えていくと思うんですよ。うちが常に同じものを出していても満足してもらえなくなってくるんじゃないかなと。だから、毎日麺と向き合ってそれで終わりじゃなく、やっぱり少しずつでもいい物に変えていかないと。それではじめて「あ、変わらないね」って言ってもらえるんじゃないかなって思うんですよね。
いただいた新しいうどんには、高橋さんがおっしゃる通り、一段階も二段階も上のつるめきがありました。
実直に美味しさを追求するその姿こそが、秋田の稲庭うどんが「上質」とされる所以のように感じられます。
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