文・鈴木いづみ
写真・鍵岡龍門、高橋希
鈴木いづみ/岩手県一戸町出身・盛岡市在住。30代半ばでいきなりライターになり8年目。「北東北エリアマガジンrakra」をはじめとする雑誌、フリーペーパー、企業や学校のパンフレットまで幅広く(来るもの拒まず)活動中。
「いちじく」と聞いて、みなさんはどんなものを思い浮かべますか? 秋田県にかほ市で栽培されている「北限のいちじく」は、実がきゅっと小さくて、一般的にイメージされる「いちじく」とはちょっと違います。さらに、その多くは生食ではなく、なんと甘露煮にして食べられるそうなんです。…と書いておいてなんですが、実は私、いちじくというものを生で見たことがありません。私が暮らす岩手では決して身近とは言えないいちじく。温かいところで育つはずのこの果物が、なぜ隣県の秋田では根付いているんだろう? その理由を知りたくて、にかほ市を訪ねました。
山形県と境を接するにかほ市は、秋田市から車でおよそ1時間のところにあります。西は日本海に面し、南には美しい裾野をひく鳥海山。平野には田んぼや畑が広がっています。
ゴツゴツと入り組んだ三陸の海を見慣れている私にとって、車窓から見るにかほの海は広々とおおらかで、どことなく南国ムード。聞けば「秋田で最も早く春が来る」と言われるほど温暖な気候で、積雪も少ない地域なのだそう。そのあたりも、いちじくの栽培と関係があるのでしょうか。
最初に向かったのは、海にほど近いJR金浦駅。ここで、今回の講師、佐藤玲さんと合流します。佐藤さんは、にかほ市でいちじくの加工と、地酒の販売を行っている「佐藤勘六商店」の4代目。
いちじくの生産が盛んな大竹地区は、ここから10分ほど内陸に入ったところにあるのですが、この駅舎内の食事処「おにぎり亭」に、いちじく生産者さんが働いているとのこと。佐藤さんの案内のもと、生産者の三船れいこさん、今野きえこさんに話を伺いました。
- 鈴木
- おふたりとも、ずっと大竹地区にお住まいなんですか?
- 三船
- 私は生まれも育ちも大竹。
- 今野
- 私は、同じにかほ市の芹田ってところの出身で、大竹に嫁いで来たの。
- 鈴木
- 私が住んでいる岩手では、いちじくを食べる習慣がないんです。実は私、生のいちじくも見たことなくて。
- 三船
- あらら、そうなの。岩手にはいちじくないんだねえ。
- 佐藤
- そういえば、岩手に甘露煮を売りに行ったら「これは玉こんにゃくですか」って真顔で言われたことある(笑)
- ふたり
- あははは! なるほど〜!(笑)
- 鈴木
- だから、お隣の秋田でいちじくが採れると聞いてびっくりしました。
- 三船
- いちじくが大竹の土に合うのよ。ほかの地域ではあまりならない(育たない)。いつ頃のことかはわかんないけど、昔、船で運ばれてきたいちじくの苗を植えてみたらよく育ったのが始まりだって、父親から聞いたことある。
- 鈴木
- 「北限のいちじく」と言われているそうですが……。
- 佐藤
- はい。最近は秋田県内のほかの地域でも栽培されていますけど、古くから営利栽培としてまとまった量が穫れているのは、この地域が北限と言われています。
- 鈴木
- なるほど。しかもそれを、甘露煮にして食べるんですよね?
- 今野
- この辺のは「ホワイトゼノア」っていう品種で、小ぶりで果肉がきゅっとしまってる。煮ても実が崩れにくいから甘露煮にいいの。
- 鈴木
- 生で食べることは?
- 三船
- 少し柔らかくなったのはね。割れたのとか、ちょっとやわくなったのとか、そういう出荷のはじきを食べる。でも生もおいしいよな。
- 今野
- 畑さ行って、カラスに取られる前に食べる。それが一番おいしい(笑)
- 鈴木
- 生産者の特権ですね! いいなあ。旬はいつごろなんですか?
- 今野
- 9月から11月ぐらいかな。1ヵ月ちょっとしかないの。
- 鈴木
- そんなに短いんですね! 出荷はどちらへ?
- 三船
- JAとか、勘六(商店)さんだね。
- 今野
- 柔らかくなればもう他所さ出されないの。すぐに悪くなるから。形が整っていて硬いのだけ、出荷できる。
- 佐藤
- 柔らかいと実が崩れて汁が濁ってしまうので、甘露煮用に使うのは硬いものだけなんです。
- 鈴木
- ああ、そうか。なるほど。だから収穫してすぐ甘露煮にしちゃうんですね。
- 佐藤
- でも、柔らかくなったのをジャム用に買い取ることもありますよ。(ふたりの方を向いて)今年はたくさん買うから(笑)
- ふたり
- あはは、よろしくね〜。
- 鈴木
- 甘露煮は、代々家で作ってきたものなんですか?
- 三船
- そうそう。人によって作り方が全然違うの。水入れて煮る人とか、砂糖入れてから煮る人とか、いっさい水を使わない人もいるし、さまざまなのよ。
- 今野
- 私はよそから来たから、作り始めたのは嫁いでから。姑さんが作るのを見たりして。今はワイン入れたり、レモン入れたりする人もいるね。
- 三船
- でも今の子どもはあんまり好まないよ。うちの息子たちも、甘露煮するとね、香りが洋服につくから嫌だって。
- 鈴木
- そうなんだ…。
- 今野
- 独特の匂いだもんな。「あ、あの家でいちじく煮てるな」ってわかる匂い。
- 三船
- 昔はお菓子がなかったから、これが代わりだったけど。今はいろいろあるしな。
- 鈴木
- 作った甘露煮は、主におうちで食べるんですか?
- 三船
- そう、冷凍しといてね。あとは知りあいに送ってやったり。去年作った分、まだ冷凍庫の下(底のほう)に残ってると思うよ。
- 今野
- うちはもう無くなっちゃった。人にあげちゃって。何かもらったら、何か返さないとだめだからね。今だとにかほ沿岸で獲れる牡蠣をもらったり。冬ならハタハタとかね。
- 鈴木
- 物々交換みたい。
- 今野
- そうそう(笑)。あるものはあげます、無いものはもらいますよ、ってね。ここは、お金はあまり持ってなくても、食べるものならたくさんあるね。山のものも海のものもいろいろ。米もとれるし。
- 鈴木
- 豊かだなあ。にかほのまちにおおらかさを感じるのは、自然とか、そこで採れる食べ物の豊かさもあるのかもしれないですね。
- 佐藤
- 秋田では「うちで煮たいちじく食べて」って、ちょっと自慢げに職場とかに持って行くのが秋の風物詩になってるんです。
- 鈴木
- へえ〜。甘露煮はコミュニケーションツールなんですね。
- 佐藤
- そう。秋になると「いちじく煮ねばね(煮ないといけない)」って、お母さんたちがちょっと殺気立つぐらい(笑)
- 鈴木
- 気合いが入っちゃうんだ(笑)
- 三船
- いちじくは、甘露煮にすれば保存できるもんな。だからみやげ代わりにあげられるの。
- 今野
- 大竹って言えばいちじくだからって、人さくれる(あげる)だけ。昔は、お金にするものというより「あげるもの」って感じだったよ。
- 鈴木
- あ、じゃあ昔は、いちじくを売ったりはしていなかったんですか。
- 三船
- 売ってはいたけど、年金もらってるような年代の人が栽培して、正月を過ごすための足しにする程度。小遣い稼ぎだったね。
お母さんたちの話から「北限のいちじく」は昔から栽培されていて、なぜか大竹地区でよく育つこと、「ホワイトゼノア」という品種が甘露煮に適していて、「おすそ分け」の文化が根付いていることなどがわかりました。一方で、若い世代の「甘露煮離れ」が進んでいるというのも気になります。「北限のいちじく」はどこから来て、どこへ向かおうとしているのだろう? それを探りに、今度は畑を訪ねてみることにしました。
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