文・鈴木いづみ
写真・鍵岡龍門、高橋希
鈴木いづみ/岩手県一戸町出身・盛岡市在住。30代半ばでいきなりライターになり8年目。「北東北エリアマガジンrakra」をはじめとする雑誌、フリーペーパー、企業や学校のパンフレットまで幅広く(来るもの拒まず)活動中。
実行委員を務めた去年の「いちじくいち」で、「北限のいちじく」のポテンシャルを再確認したという、甘露煮屋「佐藤勘六商店」の佐藤玲さんと、若手生産者の須藤聖也さん。ふたりは、可能性の詰まった「北限のいちじく」とともに、どんな未来を描こうとしているのでしょうか?
- 鈴木
- 聖也さんのところは、お父さんが専業でいちじく農家をしていて、おじいさんも現役ですよね。聖也さんは「これからこうしていきたい」とかありますか?
- 須藤
- 自分の中では、いちじく一本で生活できたらなって考えてます。
- 鈴木
- おおっ!
- 須藤
- でも、親父が絶対反対なんです。「おまえにはまだ早い」って。もっといちじくの収入を増やしていかないと、一家で専業では生活が成り立たないから。
- 鈴木
- 同世代の人たちとも、そういう話をします?
- 須藤
- みんな「今は他の仕事しながらやるしかないよね」って。でも何人かはいちじくで、というより農業だけで生活したい、って言ってます。今はまだ無理だけど。
- 鈴木
- おお、頼もしいですね! でも「いちじくで生計を立てる」となると、本人たちの努力はもちろん、地域全体や出荷先とも連携していかないとですよね。
- 佐藤
- そうですね。聖也たちだけが頑張っても行き詰まっちゃう。地域でやるってことが大事。去年の「いちじくいち」は、この地域ができる最大限をあきらかに超えていたんだけど(笑)、ある意味、器を広げてくれたのかなと思いますね。
- 須藤
- まだまだできるぞ、って。
- 佐藤
- あんなに大勢の人に来ていただいたのに、「今年はこぢんまりとやります」なんて言えないしね(笑)
- 鈴木
- これまでは「小遣い稼ぎ」だったいちじくが、外からの視線を浴びるようになって「次のステージ」に行こうとしているのかなって、話を聞いていると感じます。
- 佐藤
- おっしゃる通りです。だから「売る」ことに対して「なんか申し訳ない」っていう意識があると思うんですよね。特におじいちゃんの世代は。
- 須藤
- うん。そうだね。
- 佐藤
- 去年の「いちじくいち」では、生いちじくを1kg700円で販売したんです。「地元の人さ売るんだば500円でもいいべ」というみんなの意見を押し切って。聖也は「もっと高くていい、1000円でいこう」って主張して、それは僕も応援しているんだけど。
- 須藤
- みんなに即決で却下されましたけどね(笑)
- 佐藤
- でも、東京なら2000円でも買ってくれる。そのギャップをなくすというか、地元での価値をもっと上げていかなくちゃいけないなって。
- 鈴木
- 過渡期なんでしょうね。「いちじくは小遣い稼ぎ」っていう価値観からの。
- 佐藤
- 奥ゆかしさでもあるんだろうけど、高い値段で買ってもらうだけの自信がないんだとも思う。きれいに粒が揃った佐藤錦(さくらんぼ)みたいに、「どうだ」って自信持って売れるところまでいってない。
- 須藤
- 木によってもバラついちゃうからなあ。
- 佐藤
- これから「いちじくボーイズ」みたいな若い世代にもっと頑張ってもらって、産地としての質も高めていけたらいいのかなって。とりあえずみんなには「小遣い以上、本業未満」を目指してほしい(笑)
- 須藤
- まずはそこだよね(笑)。本業でやるとなれば、ビニールハウスとか安定して生産するための設備が必要になるから、いいいちじくを作って単価を上げるところから始めないと。
- 鈴木
- 玲さんと聖也さんのお話を聞いていると、若い世代も頑張っていて「北限のいちじく」の未来に希望を感じます。でも一方で「甘露煮を作る文化」は消えつつあるのかなって。家で作らなくなったとか、若い世代は食べないと聞いたので。
- 須藤
- 「いちじくいち」のあと、勤めてる会社の人たちに「甘露煮を作って食べてみたい」って言われました。40代ぐらいの人たちなんですけど。
- 鈴木
- へえ〜!
- 須藤
- 今まで食べたいとは思わなかったみたい。でも「いちじくいち」で興味を持ち始めたのか「いちじく売って」って。で、甘露煮のレシピもつけてくれって。
- 佐藤
- この前今年の「いちじくいち」に向けた生産者の意見交換会があって、聖也のお父さんが「売るならレシピつけないとダメだ」って言ってました。いちじくを買ってはみたけど、食べ方がわからないって人もいるだろうからって。
- 鈴木
- 甘露煮って、おばあちゃんやお母さんに作り方を教わって、その家の味として継承されてきたんだと思うんですが、そういう「文化」を持たずに育った人が、いちじくに興味を持ち始めていると。
- 佐藤
- 今ギリギリのところにいると思うんです。もう10年遅ければ、甘露煮の文化は忘れ去られていたと思う。だから今のうちに「秋田ではいちじくを甘露煮にするんだよ」ていうのを、ちゃんと秋田県民に浸透させておきたいなと。
- 鈴木
- じゃないと、文化がなくなっちゃう。
- 佐藤
- 甘露煮の商品自体は、東京やほかの地域で売ることもできます。でも「秋田の食文化である」ことが前提。秋田で忘れられてしまったものを、東京に出してもだめなんです。
- 鈴木
- ああ、そうか。単に新しい販路を探すだけじゃだめなんだ。秋田に根付いていることがベースになくっちゃ。
- 佐藤
- この地で受け継がれてきた歴史を大事にしながら、いい具合に発信していきたいなって。だから、甘露煮は甘すぎていいと思うんですよ。
- 鈴木・須藤
- あははは。
- 佐藤
- 「甘い〜!」っていうのが秋田の甘露煮なの。それでいろいろ話が広がるでしょ。保存食として作られてきた歴史とかさ。秋田に「ほどよい甘さの甘露煮」しかなくなったら、文化としての意味がなくなる。
- 鈴木
- ただのおいしい甘露煮になっちゃう。
- 佐藤
- そうそう。「うわっ、甘い!」の中にいろいろ詰まってるわけ。
- 須藤
- 昔ながらのやつは、ゾクッとするほど甘いからね……(笑)
- 鈴木
- 地域の文化を守りつつ、外からの視線も意識するというか。「あげるもの」から「売るもの」への価値観のスイッチングもうまくしていけたらいいですよね。
- 佐藤
- そうですね。まだまだこれからですけどね。
「今の子どもたちは、あんまり好まないよ」。「おにぎり亭」でお母さんたちの言葉を聞き、「消えゆくもの」だと感じた甘露煮の文化。だから甘露煮屋である玲さんは、甘さ控えめの甘露煮や冷凍いちじくを商品化して「別の場所へ行こう」としているのだと、最初は思っていました。
でも違った。玲さんは「秋田の食文化」として、いちじくや甘露煮を未来につなごうとしています。「そうじゃなくなったら意味がない」と話す玲さんの見ているものの大きさや、「いつかはいちじく一本で生活していきたい」という聖也さんの言葉の頼もしさに、よそ者ながら救われたような気持ちになりました。「北限のいちじく」のこれからが、本当に楽しみだなあと。
- 佐藤
- ……あ、そういえば「おにぎり亭」の三船れいこさんが、家で冷凍していた甘露煮を持って来てくれたんです。ちょうど解凍された頃だと思うので、食べてみますか?
- 鈴木
- え、わざわざ? うれしい〜!(試食して)ああ、勘六さんのとはまた違う味わい。これもおいしいなあ。聖也さんもどう?
- 須藤
- いや、俺は遠慮します(笑)。
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